第19話 孤人的に
最近、思うことだけれど、目を開けたときに誰かがいるというのは思ったより大きいのかもしれない。今日も孤独じゃないというか。そんな錯覚の中にいることができるから、なんだか誰かと住むというのはいい気がしてきた。
少し寝つきが悪かったりはするけれど、別に悪い気はしない。
でもまぁ、意外と魔法学校時代のおかげか慣れているもので、アイリよりは寝つきは良いらしい。逆に彼女は結構眠そうにしていることが多い。
初めて誰かと住んだのだから、そんなものかもしれない。
逆に私は気にしなさすぎなのかな。
たしかに順応が早かったという自覚はあるけれど。
アイリの雰囲気がとても私を歓迎してくれているからかもしれない。
けれど、今日は誰もいない。
大きなぬいぐるみを眺めながら、部屋の中で身体を横にする。
灯りを消して、眠気を待つ。
今日はまだアイリは帰って来ていない。
一応、日付が変わってから帰ってくる可能性もあるけれど。
なんか上から命令がどうのこうのと言っていた。あまりわからないけれど、同調者特有のものであることはわかる。私には何も来ていないから。
明日帰るか、今日の内に帰るか連絡すると言っていたのに、未だに連絡はない。多分、忙しいのだろう。だから、今日は多分帰ってこないと思う。
もう彼女とこうして一緒に住み始めてから、今日でちょうど20日らしい。
そのせいか、なんだかこの静けさがとてもうるさい。
意外と彼女と共に寝るだけの時間も悪くないと思っていたらしい。
というよりも、認めるのならば。
寂しいらしい。
私は。
孤独を感じる。
元より、夜というのは孤独な時間なはずなのに。
私は少し前までは夜が好きだった。
夜という灯りのない時間は、多くの人が孤独になる時間な気がしたから。
孤独な人は私だけではないと思えるような時間だったから。
けれど、今は違う。
夜でも誰かが隣にいる生活に慣れてしまった。
だから今、こんなにも深い夜が恐ろしいのかもしれない。
つまりそれは。
……そんなにもアイリとの時間が楽しかったらしい。
あんまり実感していなかったけれど。
でも、それは多分当然のことで。
彼女と話すのが楽しいというのはずっと前から気づいていた。
別に話していなくても、この家で一緒にいられるのは、多分すごく孤独をやわらげてくれていた。こうして独りになってみれば、それを酷く実感する。
……やっぱり。
「アイリのことが好きなのかな……」
こんなこと、本人には恥ずかしくて言えないけれど。
でも、その事実を私は認めているし、気づいている。
好きか。
うまくその感情と付き合えているかはわからないけれど、こういう時に孤独を感じるのはそれなりに煩わしいかもしれない。
誰かを好きになったことなんかなかったけれど、誰かを好きになるとこういう弊害があるらしい。全然知らなかった。
そう思えば、この寂しさも悪くはないような気もするけれど。
でも、なんだか魔力がぐるぐるするような。
こんなの感じたことがない。
ずっと私は独りだったのに。
独りで過ごしてきたのに。
こんな想いとは向き合ったことがない。
なら、たぶんこのぐるぐるも好きになった弊害なのかな。
アイリも同じように今寂しいと思ってくれているのだろうか。
……それは少し驕りすぎかな。
彼女がそこまで私を求めてくれているというのは願望がすぎる。そこまで彼女は弱くはないだろうし、寂しがりでもないはずだし。少なくとも私ほど孤独に耐性がないわけはない。
……私の方が孤独なのに、私の方が孤独に耐性がないとは随分と滑稽だけれど。
けれど、まぁもう19歳。自分がそういう人であるというのはわかっている。
わかっているのなら、もう少し上手く制御してほしい所だけれど。
でも、最悪の形で他者を求める気持ちが暴走したりはしていないから、それだけは褒めてもいいかもしれない。これで無理にでも孤独を埋めようとすれば、手痛い失敗をすることぐらいは火を見るよりも明らかなのだし。
けれど、アイリが今寂しいと思っていないとしても……アイリも私と一緒にいたいと思っているらしいことはわかる。それぐらいのことは私もわかっている。
そうでなければ、一緒に住みたいなんて言ってくれないだろうし。
それはとてもありがたいことだけれど、正直何故という気持ちもある。
私は何もしてないというか。
私のどこをそんなに求めてくれているのかはわからないけれど。
それこそ魔力形質みたいなものの相性が良かったのかな。
少し神秘的すぎる思考だけれど。
でも、もう少しわかることも増えた。
アイリの感情と、私の好きは違う。
少しとかではなく、全然違う。
少し前のアイリの言葉を思い出す。
『レーネを守りたくて』
私を守りたくて、彼女は毎日のように魔法を練習して、戦いに備えているらしい。そして多分、そう遠くない未来には、本当に戦いに行ってしまう。
あれだけ戦うことは怖いと言っていたのに。
……もしもアイリと私の立場が逆だったら。・
私が同調者だったら。
同じことができたかな。
それは考えるまでもない。
できるわけがない。
私の意思には恐怖に打ち勝つほどの力がないから。
状況に流されて戦うことはあるかもしれないけれど。
アイリのように恐怖に打ち勝つことは多分できない。
どうにも天秤が釣り合っていないというか。
そんな気はする。
私の感情も、アイリの感情も、多分全然違うもので。
今はたまたま一緒にいることができているけれど……
独りだからかな。
嫌な思考ばかり浮かんでくる。
こういう私はあんまり好きじゃない。
早く消え去ってくれればいいのに。
でも、こういう独りの時は最近少なかったけれど。
またこうして独りの時間が生まれると、つい考えてしまう。
はっきりと実感する。
アイリは私とは違うと。
もう何度目かもわからないけれど。
でも、最初は同じような人だと思っていたのに。
彼女といればいるほど。
彼女のことを知れば知るほど。
なんだかアイリのことを遠くに感じる。
最近は特にそうで、あの時に再開してからのアイリは前までと違う。
再会前と数カ月も経っているのだから、当然かもしれないけれど。
具体的に何が違うのかと言われると難しい。
口数が増えたとか、良く笑うようになった気がするとか。
そういうわかりやすい違いならあるけれど、それは本質ではない気がする。
でも、何が違って。
そのせいで私はアイリと遠くに感じている。
……まぁ、冷静になってみれば近くで感じるという必要もないのだけれど。
別に実際にはこうして一緒に住んでいて、なるべく多くの時間を共に過ごそうとしている。それが良い方向に転がるかはまだわからないけれど、一応歩み寄ろうとしたのだから、それでいいのかもしれない。
遠くに感じていても、同じ場所にいるのだから。
孤立しているわけではないのだから。
多分、それこそ1年前と比べたら全然良い状況になっている。
……いや、それどころじゃない。
1年前の私からしてみれば、こんな状況想像もしなかった。こんな風に誰かと話して、あまつさえ四六時中一緒にいることなんて。
けれど、なんというのかな。
余計にそのせいか。
私はまた良くない望みを持とうとしている気がする。
アイリと同じ場所にいたい。
……近くにいたい。
そんなことを考えているらしい。
高望みというか。分不相応な望みなのに。
でも、なんだか遠くに行ってしまったのは、置いて行かれたようで。
いや、私が動いていないだけなんだろうけれど、
それでも、置いて行かれてしまったのは。
「……寂しい」
ぽつりと呟く。
その言葉は暗い天井に消えていく。
視界の端には相変わらず巨大な泡がある。
なんだか久しぶりに見た気がする。最近は見ていなかったような。
その瞬間、端末が薄明かりを灯す。
それと同時に、私は想像以上の速度で、端末を拾い上げた。
そんなにもアイリからの連絡を待ち望んでいたらしい。自分でも意外な事だけれど……そうでもないのかな。
けれど、そこには彼女からの連絡はなくて。
そこにはほとんど見るはずのない名前が書いてあった。
「母……?」
約1年半ぶりの母からの連絡。
件名は、ニルヴァについて。
そこにはもうほとんど忘れていた妹の名前があった。
……なんだかあまり良い予感はしなかった。




