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第17話 意思が望まれる

 結局、その日は随分と帰るのが遅くなった。

 アイリは一通り術式構築したり、魔法を放ったりしていた。

 私も同じように魔法を使う練習をしてみたけれど、やっぱりアイリのようにはいかない。当然のことだけれど。


 でも、思ったより普通に訓練をしていた。

 正直、私がいれば、邪魔にしかならないと思っていたけれど。

 アイリが私のことをあまり気にしないでくれるのが助かった。私の魔法のことを気にされても困るというか。正直もう私はこれ以上自分の魔法力が向上するとは思っていないし。


 というか、今日を振り返ってみれば、私はただそこにいただけで、アイリの魔法訓練中に隣にいただけの人になっていた気がする。まぁそれを望まれているのだから、別に何かを思うことは無いんだけれど。

 ……それに私もアイリと共に居るのは好きだし。これは認めた方が良い。


 そしてまたしても私達は十字路で足を止める。

 いつかと違って、今度は私が。


「えっと、一緒に住むのなら、どっちの家にするの?」


 アイリに問いかける。

 一緒に住むとなれば、どちらかがどちらかの家に行かないといけない。

 この空中要塞都市では、大抵の家は居住する時に与えられるものであって、新しい家に引っ越すことはかなり難しい。

 一応無いことは無いけれど、すごく高い。富豪向けというか。道楽向けというか。


「えっと、どうしよう」

「考えてなかった?」

「……うん」


 こういうのはアイリらしいというのか。

 そろそろ気づいてきたけれど、アイリは思考より先に行動することが多いというか。

 多分、私と一緒に住みたいというのも本気ではあれど、思いつきに近いものではあるのだろう。


「……その、なんとなく私の部屋にレーネがいる想像だけあって。えっと、だから、私の家でどうかな。嫌じゃなかったらだけれど」

「うん。別に大丈夫」


 アイリがそう言ってくれて助かった。

 正直、私の家はあまり見せられたものじゃない。

 私の心と同じように何もない部屋しかないから。


「ええっと、じゃあこっちだよね」


 私は右を指さす。

 アイリは不思議そうに首を傾げる。


「だって、アイリの家に行くんでしょ?」


 なら、曲がる方向は右だと思ったけれど。

 なのに彼女はあわあわとした顔をしている。

 ……なんとなく、いじらしい。こんな思考はいじわるすぎるかもしれないけれど。

 でも、どうしてそんな顔をするのかはわからない。その答えは次のアイリの言葉を待たないといけない。


「あ、あの……もしかして今日から来るの?」

「そう、だったけれど……」


 あ、そうか。

 家に急にお邪魔するのも悪いか。アイリからの提案とはいえ、それなりの準備が必要なのが普通な気がする。

 こういうことは初めてだからわからなかった。私ぐらいの歳なら誰かと同棲を始めるということに経験がある人の方が少ないと思うけれど。

 ……同棲か。あんまり実感していなかったけれど、私はこれから同棲するのか。


「えっと。ごめん。あんまりアイリのこと考えてなかった。また今度からの方がいいよね」


 私は反対側を向く。

 私の家の方へ。

 するとアイリは私の手を掴む。


「う、ううん。今日からで。今日からでいいから」

「そう?」


 そうしてまたしてもアイリに手を引かれ始める。

 こっちの方に来たことは無かったけれど、いつも帰ってる道に比べると、建物が大きい。集合住宅も雑貨店や食料品店も、大概が大きい。


 それに少し道が複雑というか。

 アイリに手を引かれていないと迷子になりそうな感じがする。

 ……ここだけ切り取ると子供っぽいかもしれない。

 二重の意味で小さくなったような気分のまま、しばらく歩いていれば、アイリが足を止める。


「ここ?」

「う、うん。ここの4階」


 そこは集合住宅の一種だった。

 集合住宅といっても、私が住んでいる家よりは大分重厚だけれど。

 やっぱり同調者だとそれなりに待遇が良くなるものらしい。


 大扉をくぐり、昇降機で4階に向かう。

 4階の6号室。そこがアイリの部屋らしい。

 そこで彼女はようやく私の手を解放する。

 ……別に繋ぎっぱなしでも困ることは無かったんだけれど。


「あの、散らかってるから片付けてきてもいいかな」

「別に気にしないよ?」

「私が気にするから! ほんのちょっとだけで良いから待ってて」


 それだけ言って、アイリは扉を閉めてしまった。

 こうして独りぽつんと残されてしまうと、なんだか肌寒い。冬はもう終わったはずなのに。

 やっぱり北部の寒さは厳しいということなのかもしれない。


 手を開く。

 なんだか不思議な感じがする。

 この手のひらに熱を感じるというのが。

 さっきまでアイリに手を引かれていたからというのは考えるまでもないけれど。


 それからアイリは少ししてから出てきた。

 時間にしてみればそう長い時間ではないはずだけれど、思ったより長く感じた。慣れない土地だからかもしれない。


「お待たせ。その、まだ散らかってるんだけれど……」


 扉が開く。

 アイリが手招きする。

 一瞬、少し足が竦む。


「レーネ?」

「……考えてみれば初めてかも。こうして誰かの家に入るの」


 なんだか緊張してきた。

 当然だけれど、私のような孤立した人は誰かの家なんかに入ったことは無い。

 ……そして当然だけれど、そういう時の礼儀作法なんか何も知らない。なんだかうにゃうにゃとした気持ちになってきた。


「……えっと、入らないの?」

「あー、うん。入るよ。その、お邪魔します」


 自分でもわかるほどにぎこちない挨拶と共に踏み出す。

 アイリはそんな私を見て少し首を傾げる。


「あの、レーネ。お邪魔しますなの?」

「……違ったかな。誰かの家に入る時はこう言うものらしいって聞いたんだけれど」


 これで間違ってたのなら、どこかで読んだ本が悪い。

 でも、私の中の常識とは、大体が魔法学校の図書館で形成されたものだし。少し古かったりする可能性はそれなりにある。そうだったら、いきなり失敗したかもしれない。


「でも、ほら。今日からレーネの家にもなるわけだし」


 そんなことを言われても実感が湧くわけはない。

 けれど、まぁ。

 もしもここに住む人なら言うべき言葉は。


「えっとじゃあ……ただいま」

「おかえりなさい」


 にこりとアイリは笑う。

 なんだかほっとする。

 こんな風に家に入ったことはなかったから。


 アイリの手を引かれて、廊下を進む。

 その手は温かい。


 ……ほっとする? 私、この家にきて安心したのか。

 アイリに手招きされて。それだけのことで。


「……一応片付けたんだけれど、まだ散らかってて。その、あとで片付けるから」


 私の疑問を他所にアイリは言い訳みたいなことを口走る。

 なんだか誤解されているのかな。

 

「別に私はそんなに綺麗好きってわけでもないよ?」


 そう言いながら、私は広間への扉を開ける。

 廊下を抜けた先の部屋の中には巨大なぬいぐるみがいくつか横たわっていた。魔物の特徴を簡易的にとらえたもふもふが床に転がっている。

 あとは量は少ないけれど、魔法の教科書みたいなのも転がっている。あとはどこでもらったかもわからない広告紙とか。

 足の踏み場がないというほどでもないが、整理整頓されていると言えば嘘になる。

 

 たしかに思ったより散らかっている。

 アイリのことだから大袈裟に言ってるだけかと思ったのに。


「れ、レーネ?」

「……もしかして意外と片付け下手なの?」

「だ、だからそう言ったのに……」


 アイリの言葉尻がどんどん小さくなっていく。


「でもまぁ……なんていうか……」


 ちゃんとここで生活してきたという感じがする。

 私の何もない虚しい部屋とは違う。

 ここで彼女が生きてきたというのか。

 

「良い部屋だね」

「……無理しなくても」

「ううん。すごく部屋らしいと思う」


 部屋らしいというのは、少し言葉が変かもしれないけれど。

 ……でも、この部屋はとても人が住む場所であるという気がする。


 それから軽く片づけをして、寝る準備をした。

 夜も遅かったし、今日は2人とも食事の日ではなかったから、それ以外にすることは無かったと言った方が正しいのかもしれないけれど。

 そうしてその部屋の一角に腰掛ける。


 部屋は思ったより散らかっていたけれど、実際の所、座る場所がないほどでもなかった。

 それに散らかっていると言っても、すぐなんとかできるぐらいだったし。魔物のぬいぐるみが置いてあるのはどういう趣味なのかと思ったけれど。


 一応、私達の仕事は広義的には魔物を殺すことなわけだし、魔物のぬいぐるみというのはすこしなんというか……あまり魔法師の部屋には似つかわしくないものな気がするけれど。


 まぁでも、こうして2人で腰掛けていれば、居心地としてはあの部屋と変わらない。穏やかというか。

 ……アイリがいなくなってから気づいたことだけれど、あの部屋の居心地が良かったのは、彼女がいたかららしい。だから、ここも彼女がいるから穏やかと感じているらしいということはわかってきた。


 まぁ、だからと言って急にここが家だと思えるほどにはなれないけれど。

 でも、居心地が悪いという感覚はない。

 というより、意外とこんなものかという感覚がある。

 一緒に住んでみても、あまり変わらない。アイリがこんな時間になっても、同じ空間にいるだけで。それ自体は大きなことだけれど。


 でも、彼女との時間で得られるものが変わったわけじゃない。

 当然だけれど。でも、それは多分、私にとっては大切なことで。


 ……もう、数カ月も会ってなかった。 

 昨日再会して、今こうしているけれど、もっと気まずい関係になっていてもおかしくはないというか。そういう未来の方が簡単に想像できた。

 けれど、現実はそうはなっていない。

 ……これがアイリのおかげだろうということは、流石に私でもわかっている。


「アイリ、ありがとう。色々と」

「え、な、何?」

「まぁ、ちゃんと言ってなかったかなって」


 これぐらいは。

 まぁ、感謝を伝えるだけでいいのかと言われると首を捻るけれど。

 でも、これ以上今の私にできることなんかないし。


「……えっと、あんまりわからないんだけれど……どうしたしまして?」

「そう? アイリには助けられたって話だよ」

「……えっと、何かしたっけ?」


 何かって。

 私を待合室で待ってくれていたりとか。

 私の酷い言葉を許してくれたりとか。

 こうして一緒にいることを選んでくれることとか。

 それに。


「それこそほら、よく私と住むなんて言ったよね」

「……どうして?」

「まぁ、あんまり詳しくないけれど、それなりに勇気がいることなんじゃないの? 誰かと住むなんて」


 特にこうしてよく知らない人を自分の家にあげるなんて。

 自らあがっておいてなんだけれど、あまりにもアイリは私のことを信頼しすぎなんじゃないかという気はする。


「……私、親がいなくて」


 アイリがぽつりと呟く。

 それはこの家に入った時から何となく気づいていた。

 このそれなりに大きな家にはアイリ以外の痕跡がない。それは少なくない時間を独りで暮らしてきたことを意味する。


「正確にはお母さんはともかく、お父さんはいるんだけれど……あんまり会ったことはなくて」

「えっと?」

「まぁなんていうか、お父さんは忙しいみたいで」


 忙しい?

 まぁそれだけでほとんど会わないことも……あるのかな?

 多分、私の2人の母もそれなりに忙しかったはずだけれど、遅かったとはいえ保育園に迎えには来てくれていたし。

 

「だから、誰かと一緒に住みたかったんだ」

「そっか」


 その感覚はわからないでもない。

 ……いや、正直に言えば、結構わかる。

 そうやって寂しさに呑まれて人恋しい感覚は、私にとっては割と身近な感覚だと言える。ずっと、そういう感覚の中で生きてきたのだから。


「レーネは……やっぱりその、迷惑だったかな」

「どうして?」

「少し強引というか、急すぎたかなって……」

「まぁそういう節はあるよね」


 アイリとこうして話すのは久しぶりだけれど、彼女にこういうところがあるのは覚えている。祭りの日とか、結構強引に約束を切り出されたような気がするし。

 ……まぁ、強引というよりは意思が強いと言った方がそれっぽい気はするけれど。


「でも、別に嫌じゃないよ」

「そ、そう?」

「まぁ、うん」


 というか嫌だったらここにはいないし。

 それぐらいはアイリもわかっているものかと思ったけれど。それはちょっと傲慢すぎるのか。それとも、アイリが不安っぽいのか。

 両方のような気がするけれど。


「……というかまぁ。私も嬉しいよ。こうしてアイリと一緒なのは」

「そ、そっか……」

「まぁ」


 素直に言ったはいいけれど、それなりに恥ずかしい。

 自分の心をさらけ出すというのは。

 ……こういうことを言えるのは成長なのかな。それなりには。それが誰のおかげかは考えるまでもないのだけれど。


「あー、じゃあ、もしかして私がはじめて? ここに来たのは」


 明らかに照れ隠しの意味のない質問をする。

 思ったより心が落ち着かない。本心を言葉にすると。

 でも、不思議と悪い気分じゃないけれど。


「えっと……二人目かな。小さい頃はエル姉に助けられたから。」


 エル姉というのは半年ぐらい前に私も出会ったあの人のことか。

 あんまり名前は覚えてないけれど、そんな感じの名前だった気はする。


「生活のこととかはエル姉に教えてもらったから。生活のこと以外もだけれど。魔法とか」

「じゃあ、元はあの人と一緒に住んでたの?」

「一緒に住んでたっていうか……この家に手伝いに来てくれていたって言った方がいいかな」


 ……やっぱり、私から見ればあまりアイリは孤独には見えない。

 それがどうして私といることを望むのか。未だによくわかっていない。一緒にいたいという感情が先行してここに来てしまったけれど、大丈夫かな。


 というかその人も良く来たものだと思う。

 わざわざこの家にまで来て手伝いって結構大変だと思うんだけれど。親というわけでもないのに。

 ……うん? もしかしてだけれど。


「もしかして、近くに住んでるの? あの人」

「あ、うん。隣だよ」

「え」


 思わずアイリの指さした方を向いてしまう。

 この壁の向こうにあのやけに派手な髪型の人が住んでいるらしい。


「そんなに怯えなくても大丈夫だよ。エル姉は悪い人じゃないし」

「えぇ……ほんとに大丈夫?」

「多分。それに最近はほとんど帰ってきてないみたいだし」


 本当に大丈夫なのだろうか。

 これでも一応、あの人にアイリに近づくなみたいな感じのことを言われて、脅されたんだけれど。結構怖かった気がする。天罰がどうこうとかも話していたし。


「ふぁわ……」


 アイリがふわりと欠伸をする。

 その動きもなんだか綺麗なのはどういうことなのか。謎である。

 けれど、確かにもう時間も遅い。

 少し話しすぎたかもしれない。


「そろそろ寝ようか。明日も魔法訓練するんだよね」

「……うん。まだもうちょっと話したいけれど、もう遅いもんね」


 既に結構話した気がするけれど。

 でも、考えてみれば私達は数カ月ぐらいは会ってなかったわけだから、それなりに話すことがあるのかもしれない。

 対して私からは特に話すことは無いのは、あまりにも私は空っぽすぎるかもしれない。その辺りは相変わらずというか。何とかしたいとも思えないのが、あまりにもという感じはする。


「じゃあ、えっと、こっちの部屋で寝たらいいのかな」


 私は空き部屋らしい場所を指さす。

 さっきちらっと覗いた感じはそれなりに散らかっているけれど、布団を敷く場所ぐらいはありそうな部屋だった。あまりにも大きなぬいぐるみがあるぐらいで。この部屋にあるぬいぐるみもかなり大きいけれど、あれは多分私の身長の2倍ぐらいはある気がする。


「ぇ」


 アイリは驚いたように、小さな声をだす。

 何か間違えたかな。そういうことかと思ったのに。


「えっと、違った?」

「あ、あの……隣で寝たい……みたいな……ことを、その……言ってみたりしたり、しちゃったりとか……」


 綺麗な声で共に紡がれた言葉尻は随分と小さくなって言ったけれど。

 でも、言いたいことはわかった。

 

「一緒に寝たいの?」

「う、うん……だめ、かな……?」


 ……そんな目線を向けられて、断れると思っているのだろうか。

 まぁ別に良いけれど。どこで寝てもあまり変わらないし。アイリがそうしたほうが良いのならば、それに従っておくことに特に不満はない。


「じゃあ、ここで寝ようか。布団敷くよ」


 魔力を動かして、布団を2つ広げる。

 これぐらいの魔法が使えるのは、魔法学校に行っていた成果かもしれない。これぐらいの出力の魔法なら、意外と誰でも使えるような気もするけれど。


「あ、2つ……」

「えっと、違った?」

「あ、うん。そう、だね」


 どうしてちょっと照れたように視線を逸らすの?

 間違ってるかな……? 

 いや、2人で寝るのだから、2つ布団は必要なはずだけれど。

 

「えっと、じゃあ……おやすみ」

「おやすみ。アイリ」


 そして灯りが消える。

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