第14話 紡いでいれば
表情がころころと変わる。
そして俯いたところで固定される。
「……レーネ」
彼女が私の名を呼ぶ。
心に馴染む音がする。
「話がしたくて。いいかな?」
私の問いにアイリは悩むように首を傾げる。
どうしてそんなことを言うのかという風で。
「……うん」
もう誰もいない待合室で少しどう言えば良いのか悩む。
けれど、言いたいことはそこにあるはずで。
とにかく話してみるしかない。
それがまだはっきりとわからなくても。
「ごめんなさい。酷いこと言って。すごくアイリを傷つけた」
……この謝罪にどれほどの意味があるのかはわからない。
けれど、こうして告解しなければいけない気がする。
「アイリが私と同じだって思ってた。アイリに自分を重ねてた。あんな誰も来ないような場所にわざわざ来るんだから、世界から弾かれて、孤立していて、誰からも必要とされていないような人だって。私と同じだって。思ってた」
それが私の心だったらしい。
酷い期待というか。
私と同じような人であることを祈るなんて。
でも、仲間が欲しかった。
それで何かが変わると信じていたから。
「けれど、アイリは私とは違う。そんな簡単なことわかってなかった」
「……そんなに違うかな」
「違うよ。アイリはあの場所に逃げてきて、必要とされていても孤独を選んでいたんだから」
孤独を選ぶのと、孤独になるのは違う。
前者は進むべき道かもしれないけれど、後者は孤立でしかないのだから。
「同じとか違うとか……それって、そんなに大事なことなの?」
どうだろう。
勘違いぐらい誰にでもあるのかもしれない。
第一印象と違う風な人であることなんか日常茶飯事なのだろうし。
けれど、アイリには選択肢があって。
私にはない。
それがどうにも、あまりにも。
「……だって、寂しいから」
呟いてみれば、あまりにもそれっぽい。
私の心の正体としては、もっともらしいことを言う。
孤立してしまう精神なのに、孤独にはいつまでも慣れない。それはとても私らしいというか。
アイリには他にも行けるところがあって。けれど、私にはなくて。
そんなことをわかっていなかったから。あの時それをわかってしまったから。
だから多分あれは。
「だから、ごめんなさい。あれはその……八つ当たりみたいなものだった。だからそれを謝りたくて」
「……それだけ?」
「まぁ……うん」
違う。
これを謝るんじゃない。
私が本当に謝るべきなのは。
わかっている。
私の後悔の正体を。
泡の正体を。
酷いことをした。
八つ当たりのように言ったことも酷いことで謝るべきことだろうけれど。
でも、それは表層で。
アイリは何かを求めていた。
それに向き合うこともなく、私は逃げた。
そしてまた私は逃げようとしている。
「それだけ。言いたくて……それじゃ」
それだけ言って、踵を返す。
もう限界だった。私のなけなしの勇気はその辺りで。
もう逃げたくて、動かす足はだんだんと早くなる。
アイリの目を見れない。
彼女の顔を見ていられなかった。
何か言ってくれればいいのに。
いや、何も言わないほうが良いか。
何も言われたくない。
何かを言われない内に逃げよう。
怖い。失望されていることがわかるのが怖い。
失望の眼なんかもう見たくない。
だから、誰かに期待なんてされたくなかったのに。
……わかっていた。
アイリの中の私は何故かよく見られている。
だから、こうして話すほどその幻想が剝がれてしまうことぐらいは。
これ以上言えば、本当に全てが暴かれてしまいそうだった。
今までのアイリとの思い出を思い出のままにすらできなくなるかもしれない。思い出すだけで苦しい記憶にするかもしれない。それがあまりにも怖くて。
だから、こうして私は逃げ出してしまっている。
「レーネ!」
けれど、アイリは違う。
彼女は私の手を取る。
「待って……待ってよ」
声が震えている。
それでも綺麗な音が鳴る。
この声のせいかもしれない。私が絆されてしまったのは。
「私も話したいことあるから。だから」
「……何?」
努めて掠れる声を誤魔化す。
怖い。アイリにどんなことを言われるのか。
騙したとなじられるだけならまだいい。その温かな声で、失望されてしまうのは……やっぱり嫌だけれど。
でも、逃げられない。
この掴まれた手を無理やりほどけるほど、私に勇気も意志もない。
「……私、レーネに怒ってる」
「そっか」
びくりと震えたのはばれなかったかな。
上手く隠せていただろうか。
あまり自信はない。
「だってレーネは何にもわかってない。勝手に私のこと決めつけて。来ないほうがいいとか。もう会わないほうがいいとか。話さないほうがいいとか言って」
……えっと。そこまで言ったっけ。
言い方が悪かったのは認めるけれど。
「それに約束だって」
アイリはそこで言葉を閉じる。
けれど、私には何のことかわからない。
「……覚えて、ないよね」
「……ごめん。酷い、よね」
「うん。でも、私はレーネが最初にしてくれた約束に救われたから」
ぴくりと手を引かれる。
思わず彼女の目を見てしまう。
そこにはいつかと同じように私を捉える瞳があって。
「だから。だからね。レーネがそれを忘れても、私はずっと覚えてる。きっと何があっても」
アイリがまばたきをする。
ぱちりと開いた目が私を映している。
思えば彼女だけなのか。私をこんな風に瞳の中に入れてくれたのは。
「だから、私はレーネを独りにしないよ」
それに気づいたからか。
彼女の意外な言葉は思ったより実感を持って目の前に舞い降りた。
「寂しいっていうのなら、私が一緒にいる。それじゃあ、だめ?」
「……でも」
「レーネは私とは一緒にいたくないの?」
そういうわけじゃない。
そう否定するのは簡単な事だけれど。
でも、問題はいくつもある。
「アイリと私は一緒にいられないよ」
「……どうして?」
「アイリが同調者で戦わないといけないって言うのなら、あんな部屋にいる暇なんかないよね。あんな場所にいたら、死んじゃうよ」
私があの部屋にいても支障がないのは、私が魔法師としての能力を求められていないからであって、アイリは違う。
彼女は同調者として融合体と戦うことを求められているのだから。
あんな部屋にいたら鈍る。
それなりの魔法の練習というか訓練をしたほうがいいに決まっている。
そんなことはアイリだってわかっているはずなのに。
わかっているから、あの日から今日まであの部屋に来なかったはずなのに。
今更、その話をしても意味はないはずなのに。
「そんなの、どうでもいい」
「どうでもいいって。でも」
「……レーネは?」
アイリが小さく、けれど意思を込めて呟く。
私は、どうしたいのかと。
その答えは。
……そこまで鈍いわけじゃない。
いくら心が上手く動かないからって、この問いへの答えが見つからないほどに、鈍くはない。
わかっている。
わかっているんだけれど。
でも、これを言葉にすればきっと。
また後悔の火種になるかもしれない。
だから、声がでなくて。
「お願い。言葉にして」
でも、アイリは言葉を紡ぐ。
手は震えて、緊張のせいか涙も見える。
アイリは勇気を出して私に踏み出してきた。
だからか。
だから私はまた、言葉を漏らしてしまう。
心の声を。
「……私も、アイリと一緒にいたいよ」
言ってから、一瞬、後悔した。
けれど、後悔する勇気を持てば良いだけの話なのかもしれない。
だから私は後悔をしている。今。
未来への不安をまたしても持ってしまったことに。
でも、こうして笑うアイリを見れたのなら。
将来の後悔ぐらい、今は忘れてもいい気がした。




