第12話 今更言われても
その日から、アイリが叫んだ日から彼女はこの部屋に来なくなった。
そして私は独りになった。そんな私を上空の日が照らしている。
独りなのは別におかしなことじゃない。アイリがここにいる方がおかしかったのだから。
元より私は独りだったし、これからもずっとそうであることは知っている。基本的な性質というか。
もう生まれてから16年……いや、もう年をまたいだから17年か。これだけあれば、自分が孤独の中で生きるべき精神性であることはわかっている。同時に孤独に耐えられない精神であることも。
だからだろうか。
これが正常で天秤がつり合った状態なのに。私はどうにも違和感が拭えない。
この部屋に来て、ぼんやりと外を眺める。
ここに来て最初の半年も同じことをしていたのに、ここまで変な感じはしなかった。この部屋がどうにも広いというか……静かすぎるというか。
これがいわゆる寂しいという感情であることは分かっている。それを認められるかはともかくとして。
私から突き放したというのに。
……そっか。私が突き放したのか。
自分で思ってて少し笑いそうになった。
そんなことにすら気づいてなかったらしい。
でも、そうしたかったのかと言われると首を捻る。
……多分、アイリとあれ以上いるのが耐えられなかったから。
彼女には居場所があって、私にはない。
私は独りだ。
ずっと独りだった。
これまで、ずっと。
5歳に魔法学校に入ってからずっと。
親とはその時に別れた。あまり覚えていないけれど、妹と2人の母とは家で別れた。それ以降、彼らとは会っていない。
正直、家での記憶はない。ほとんどの時間を保育園で過ごしていたから。だからといって、保育園の記憶があるのかと言われても困るのだけれど。精々薄っすらと遊具で遊んでいたような気がするぐらいで。
多分、その時からずっとそうなのだと思う。
何かに思い入れを持てない。何かを欲したり、願ったり。そう言ったことができなくなっていた。
きっかけは……なんなのだろう。
きっとあの時か。
あの眼。
あの視線。
他の子どもは親に連れられて帰る中、最後まで残っている私を見る先生たちの視線。
そして緑髪の母の眼も。あの眼はとても恐ろしくて。
あの時から、私はどうにもここにいてはいけないような。何もかもを諦めてしまった方が楽なような。
どこにいても、そこにいる感じがしない。
だから、何か欲しいとかそういうことを願う段階にいないのかもしれない。
それより先に私は。
居場所が欲しかった。
ここにいてもいいって思える場所が。
けれど、同時にそんな場所がある気はしないけれど。
……魔法学校でなら、そんな場所ができるかもしれないって思ったこともある。けれど、だめだった。
幸い私には天才とまでは言えなくても、それなりの魔法の才があって、魔法学校での進級試験はそれなりの苦労で突破することができた。苦労と言えるほどの苦労かはわからないけれど。
けれど、進級するにつれて気づいていく。魔法学校という場所は、魔法的競争を好む人達の集まりでしかないと。そうでなくても、社会的な成功を求める人達の場所だった。
……まぁ、それは多分どこでも変わらないのだけれど。
だから……というわけでもないのだろうけれど、私のような人の居場所なんてあるわけがなかった。
というよりも。
現代文明の形というのは競争社会としてできている。
給料や待遇を好転させるために努力することが正義であるのだから。いわゆる上を目指すことが正しいとされる社会なことぐらいは気づいている。
そんな世界で停滞を好むような人の居場所なんてあるわけがない。だって、停滞とは堕落を意味するのだし、同じ場所にいるには進み続けないといけないのだし。こういうのを循環的停滞というのだっけ。
それに気づいてしまっても、あまり何かをする気にはならない。
多分、もう諦めているから。全部諦めてしまって、楽な方に流れてしまう存在なことは私だって気づいている。
……アイリは私が居場所をくれたと言ってくれたけれど。多分、逆な気がする。
彼女が私に居場所をくれていた。
まぁそれも壊してしまったのだけれど。
……そんなに私は独りが好きなのかな。
そういうわけじゃない。と思う。
孤独の寒さも怖さも痛みも知っている。つもりだけれど。
でも、独りは楽だから。
独りを選べば、アイリのことを考えなくて良くなる。それはとてもつまらないけれど、同時に楽であるということは認めた方が良い。
大きな不幸はない。小さな不幸が並んでいるけれど。
大きな不安はない。未来に絶望があるけれど。
大きな痛みはない。安らぎもないけれど。
それが孤独というもので。
孤立というものであることは知っている。
それは既知でそれなりに怖くはあれど、未知ほど怖くはない。
アイリの言葉は未知だった。
彼女の意志や視線は未知だった。
だから今更、居場所と言われても、多分。
「怖かった……」
誰にでもなく呟く。
そっか、怖かったのかな。
私、アイリのことが怖かったのかもしれない。
あんなに私の傍に来てくれた人は初めてで。
あんなに私と話そうとしてくれた人は初めてで。
そして居場所をくれようとした。
……何かが違えば。
私の心がもう少し素直でいてくれたなら、念願の居場所というものに巡り合えていたのかもしれない。
けれど、それを恐れて、壊した。
壊して、楽な方に流されてしまった。
楽。楽って。
こんな気持ちになっているのに。どこが楽なのかはわからないけれど。
もやもやして、ぐるぐるする。
いつもの孤独らしい……孤立らしい精神。
ずっと足を踏み外しているような感覚がまとわりついて離れない。
きっと私はこれに慣れないといけない。
全く慣れそうにないけれど。
でも、多分これからそれなりに長いことになるだろう人生において、孤立している時間ばかりなのだろうから、この感覚とは仲良くなっておかないといけないのに。
全くもって、好きになれそうにない。
嫌な感覚がからみついて離れないせいか。
気づけば、泡が浮いている。
また大きな私の周りを浮いている。
今にもはじけそうな泡がぷかぷかと。
……わかっている。
この泡の意味ぐらいは。
だから、もう一つ。
素直じゃない私の心を暴くとするのであれば。
私は。
「はぁ……」
深く白い息を吐く。
確かに怖かったのだろうけれど。
でも、失うことを恐怖するぐらいにはアイリと話す時間は安らいでいた。
彼女と話していると、色々な事を忘れられた気がする。暗い未来のことや、辛い過去のことも、全部。
だから……まぁ。
認めるのならば……
彼女との時間を好きであるのだから、当然の事かもしれないけれど。全然それをわかっていなかった。今になってわかったところで、そんなの今更だけれど。
今更どころか、最初から気づいても仕方がないことかもしれない。だって、私とアイリは居場所が違うのだから。
「こんなの気づきたくなかったなぁ……」
今更どうしようもないのに。
彼女がこの部屋にいてくれたことが。
私の隣にいると言ってくれたことが。
どうしようもなく嬉しかった。
そして私は。
アイリのことが好きだったらしい。




