第11話 雑音が鳴り響く
その日はずっと晴れていた。
やけに鋭い日光が視界の端で眩しくて。
そのせいかずっとどこかうるさかった。
別に声なんか聞こえない。
最近は行事もない季節だから、喧騒もほとんどない。
それなのに、ずっとどこかでちりちり、ぱちぱちと音がしている。心の奥底が鳴っている。
晴れの日は嫌い。
すごく眩しいから。
晒されている気がするから。
暴かれている気がする。心中の奥まで。
だから、かな。
アイリに昨日のことを話そうとしても、どう話せばいいのかわからなかった。話すべきかもわからない。でも黙っているのも天秤が傾いている気がする。心なしかアイリも何かを言いたそうにしている気がする。
「アイリ、何かあった?」
とりあえず問うてみる。
話のきっかけになればと思って。
「え、あ、その……よくわかるね」
「まぁ、わかるよ」
アイリはわかりやすいし。
多分その綺麗な所作のせいか。
「そ、そっか。でも、その、少し……言いづらくて」
アイリは口ごもる。
珍しい。まるで半年前のよう。会ったばかりの頃は、もう少し口下手だった気がする。私が人のことをとやかく言えたものじゃないけれど。
……そう思えば、意外と仲良くなってきたというか。
そんな気はする。もう友人なのかもしれない。
「悩み事?」
「……その。なんていうか……うん。ちょっと待ってね」
「あの、じゃあ私からもいいかな」
「あ、う、うん。何?」
これを言っていいのか、よくわからない。多分彼女の秘密を1つ暴くことになる。
これが正しいのかはわからないけれど、気づいてしまったことをずっと言わないでいられるほど、賢くはない。
「アイリって遺物同調者だよね」
「……ぇ? な、なんで」
その表情と言葉で推測は確信に変わる。
「やっぱり、そうなんだね」
「……どうして? なんでわかったの?」
流石にこれだけの情報があれば、私でも気づいてしまうらしい。
少し笑ってしまう。アイリはあれで隠しているつもりだったらしい。鈍い私にすら気づかれているのに。
「色々あるけれど……でも、やっぱりあの時の魔法は強すぎたよ」
この前の魔物との遭遇戦。
アイリが使用した光魔法は強すぎた。
私が使ったら、小さな光線が出る程度でしかない。いくら光魔法に適性があったとしても、そう簡単にあそこまでの出力は出ない。
「でも今は、そこまでの同調率じゃないんでしょ?」
「そこまでわかってるんだ……」
「まぁ」
もし今も同調率が高く、正規魔法師として認識されているのなら、融合体が来ている時にこんなところで何もしないことを、討伐隊という組織が許すとは思えない。
だから、おそらく同調率が一桁であの光魔法は放たれている。そう思えば、遺物と完全に同調するというのがどれだけの力を得ることなのか、想像もできない。
逆に言えば一桁でも遺物を持つことが許可されるぐらいには、討伐隊に信頼されているというか。期待されているというか。
それこそが同調者だからこそなのか。
「……そうだよ。私は同調者だった。けれど、怖くて。ここに逃げてきたんだ。本当はいつか言わないといけないと思ってたんだけれど」
「いいよ。別に。私こそごめんね。勝手に暴いちゃって」
これは多分、正直あまり褒められたことじゃない。
アイリの秘密を勝手に暴いて。
でもどうしてだろう。
気づいたことを黙っていられないのは私らしいけれど、どうして彼女の秘密に気づいてしまったんだろう。
「あの。レーネ」
「うん」
「……その。どうして? どうして今日に?」
「あー……昨日、ここにやけに髪型が派手な女の人が来たんだ。ええっとぐるぐる髪の」
「え」
彼女の目が見開かれる。
やっぱりアイリは誤魔化すとかは向いてない。そういう正直な精神を綺麗以外の言葉で言い表すのは難しい。
でもその美しさは今の私にはちりちりとしたものとでしかない。眩しいとぼんやりと思ってしまうのだから。
「多分アイリの知り合いだよね」
「えぇっと……うん。多分エル姉、じゃないエルネスタさんだと思う。背が高くて、髪がこんな感じの人だよね?」
アイリが指をくるくると回す。
それが昨日の女の髪形を表していることはわかった。
あの人はエルネスタというらしい。
「なんで、ここに? というか、なんでここを知って」
「アイリが言ったわけじゃないんだ。ならわからないけれど。でも、その人が言ってたよ」
やっぱりどう言っても、上手く言えない気がする。
だから言葉を飛ばす。
「アイリのこと、戻ってきて欲しいって言ってた。力が必要なんだーって。同調者だからだったんだね」
「……うん。エルネスタさんならそう言うかも。危ないことも言われなかった?」
「まぁ、脅されはしたかな」
「……ご、ごめん。あとでちゃんと言っておくから」
……思ったよりアイリとあの女の関係は深いらしい。
当然だけれど。
わかっていたことのはずなのに。
アイリはとても遠い。
「……あの。レーネ。私も話すよ」
「うん」
「……その。昨日の測定で、同調率が少し上がってて。だから、次の融合体が来た時は戦わないといけないかもしれないみたい。確実なことじゃないんだけれどね……」
その言葉はつまり、アイリはまた正規魔法師として融合体と戦うということで。
命を危険に晒さないといけないということだった。
人類のための力として今も求められているということだった。
「えっと。そっか」
「……うん」
綺麗な瞳がこちらを見つめている。
きっとアイリは何か言葉を求めている。
けれど、私には何と言えば良いのかわからない。
頑張って、は違うし。でも、無事に帰ってきてなんて。私なんかが言っても仕方がないことだろうし。元よりアイリは行きたくないだろうから。
「どうしたらいいのかな」
彼女は私に問う。
言葉を催促するように。
「……どうって。私にはわからないよ」
酷い答えだと思う。
けれど、でも。
私の想いを口にしたところで意味はないのだから。
だって、アイリは私とは違う。
「だって、私……居場所はここなのに……」
アイリが呟く。
居場所。居場所ね。
……ここを居場所って。
アイリに言われるとなんだか。変な感じがする。
またしても焦点が離れていく。また目の前にいる彼女があまりにも遠く感じている。
「でも、他にも居場所があるんじゃないの?」
口をついて出た言葉は自分でも驚くほどに冷たい。
何を言っているのか一瞬わからないほどに。
どうしてこんなことを言っているのかわからないほどに。またしても私という身体は私から遠く離れたところにある。
「……え?」
「なら、別にここじゃなくてもいいのに。こんな場所を居場所にしなくてもいいのに。討伐隊の中に居場所があるのなら」
「え、えっと」
アイリは見るから狼狽する。
それなのに私の言葉は止まらない。
要領も得ない言葉は。
「こ、こんな場所じゃないよ。わ、私は、レーネがいるから」
「……私が、居場所になるって?」
「う、うん」
そんなの。
そんなこと。
言葉にならない。
無理に言葉にするのなら、元々、他の居場所があるのに、こんなところに逃げてきて……ぐらいかな。でもそれも言いたいことではなくて。この感情が言葉にならない。
……今、感情を言葉にしようとしているの?
「なんで……なんで、そんな」
なんで?
なんでだろう。
私は、どうしてこんなことを言っているのかな。
私もわからない。わからなかった。昨日からずっと。
エルネスタという名前らしい女が私にごちゃごちゃとアイリの話をしてきた時からずっとわからなかった。
ただ心の中にちりちりという音が反響していて。
私の中には刺さった棘があって、それを私は今。
あぁ。
私は自らのやけに長い髪をさする。もう色もわからない髪を撫でていれば、心の音が遠くになっていく。でも音の波はすぐそこにあって。
落ち着かないと。
心の棘を振り回したって、意味ない。同じような失敗を繰り返すばかりで。何も意味ない。全部。
「……ごめん。つまらないこと言った。だから、気にしないで。その、ごめんね」
私の言葉はあまりにも価値がない。
軽くて、混ざってて。綺麗ではない。
そんな言葉を口ずさんでも、意味はない。
「レーネ……怒ってるの? 私が秘密にしてたから」
「ううん。気にしてない」
アイリが同調者だってことを隠してたって何も思わない。
誰にだって秘密ぐらいある。私も触れられたくない過去ぐらいあるのだし。
でも。
「ただ」
この感情が何かわからない。
でも、ただ私は多分勘違いしてしまった。
アイリにここが居場所になったと言われて、それがどうにも嬉しかったせいか。
……そう。
認めるのなら、私は嬉しかった。
アイリがここを居場所と呼んでくれて。ここに私といたいと言ってくれて。
でも、そんなの錯覚だ。
元よりそんなことはなくて。
同調者のアイリには多くの求めている人達がいて。
この場所はアイリがいるには空虚すぎて。
彼女には元より居場所がある。少なくともいることを望まれる場所がある。
この感情は持つこと自体がおかしいことなのだから。
だから、何も言うことは無い。
何を言っても、意味がない。
何を想っても、意味はない。
「……アイリはずっとここにいるの?」
「ここ?」
「この部屋に」
「えっと……レーネがいるなら」
「そっか」
静寂。
穏やかな沈黙。
別に苦じゃない。アイリとこうして肩を並べてこの部屋にいることを嫌ってはいない。それぐらいは認められる。
でも、この沈黙を破らないといけない。
「これは多分、余計なお世話だと思うけれど。居場所があるならそこに戻るべきだよ。同調者ならなおさら」
きっとそれが良い。
今のうちにそうするのが多分最も綺麗な気がする。
そうすれば、まだ生まれたてで名前もついていない私の感情が暴れだす日もこないだろうし。アイリがこの部屋で色々なものを失っていくこともない。
「なんで……何でそんなこと言うの」
「なんでって……こんな場所にいても、ただ失っていくだけじゃない?」
この外界から隔離されたような何もない部屋。
その癖に景色だけは見えるから、焦燥感だけが刺激される。
でも、何もできないような場所。
ここにいても何もない。
特にアイリのような人がいちゃいけない場所なのだから。
アイリのように誰かに求められている人には。
私のような何も持たない全てから弾かれた人が来てしまう場所であって、アイリのようにここに来ることなんかあっちゃいけない。
もしかしたら、ここにずっといたせいで、アイリは死んでしまうかもしれない。それなら、訓練とかそういったことができる場所に行った方が良い。
それは彼女だってわかってるはずなのに。
「そんなこと……そんなことない。ここがいい」
「それなら、いいけど」
これ以上、私が何かを言うことは無い。
やっぱり私はアイリにそこまでの影響を与える存在じゃない。
昨日の女は何かを危惧していたけれど、杞憂すぎる。
「あのね。私は、ここで生まれたんだ」
アイリが呟く。
ふわりとした馴染んだ声で。
「一度も外に出たことない。だからもう15年もここにいる」
それが彼女が黙ってきた秘密の一部であることはわかった。どうして秘密なのかはわからなかったけれど。
この要塞都市は整備とかを除けば、もう50年ぐらい浮かんでいる。アイリのようにここで生まれた人なんかいくらでもいそうだけれど。
「でも……ずっと寂しかった」
「あの人は? なんだかよく知っているような口ぶりだったけれど」
「たしかにエルネスタさんは、昔からこの要塞都市にいて……お姉ちゃんみたいな人だったかもしれない。子供の私に色々教えてくれた。怖い人でもあったけれど。それを居場所だって言うのなら、そうかもしれない」
……それを居場所以外に何というのか私にはわからないけれど。
でも、アイリはそうは思っていないらしい。
なんだかそれはなんというか。
随分と……贅沢な気がするけれど。
「でも、あの人は使命に生きる人だから。正しい人だから。私が戦えるのなら、きっと戦えって言う。それが正しいことは知ってる。そのほうが正しいことは」
「……そうかもね」
昨日もそんな感じだった。
世間的倫理観に併合している言葉ばかりだった。
それは確かに厳しいかもしれない。
「だから……私はここに逃げてきた。私は戦いたくなくて。怖いことなんか嫌で。でもね。最初はただ逃げ場所を探してただけだったけれど……ここでレーネと出会って。それで私は……だから。だからね」
震えていた。
普段は綺麗なだけの声色が。
「私は……私は、ここにいたい。レーネと」
「……でも、大勢の人がアイリを求めてるよ」
多分、人類という存在が彼女を求めている。
それがどれほどの幸運か。
独りに求められたことすらないのに。
私なんか誰にも求められていない。
ここにいても文句すら言われたことは無い。
私の通信機に誰からからの手紙が来たことは無い。
「お、大勢って……レーネは? レーネはどうなの?」
私……
私の心を見る。
そこには答えはない。
目の前のアイリを見る。
彼女が望む答えはわかる。
……きっとアイリは私を求めている。
自惚れかもしれないけれど。
でも、少しぐらいは私といることを望んでくれている。それがどんな感情から生まれたものかはわからないけれど。
けれど私は。
答えられない。
沈黙を返して。
代わりに別の言葉を選んだ。
「……アイリはここにいないほうがいいよ」
その言葉を言う時、私は彼女の目を見れなかった。
そこまでの勇気はないらしい。
……あまりにも中途半端で、どこまでも気持ち悪い。
だからアイリの変化に気づかない。
「……あんな場所、私の居場所じゃない……私の居場所はここだけなのに……! なんで、そんなこと言うの」
そんなに大きな声を出すアイリを初めて見た。
彼女は泣きそうだった。いや、泣いていた。
光る瞳が私を見つめている。
綺麗。
また場違いな事を考えている。
でも相変わらずというか。こんな時でもアイリの所作は綺麗で。私のせいで泣いているのに。
「誰かが求めてるとか……エル姉が何か言ったとか……同調者だとか。そんなことどうでもいいのに。私はただレーネといられたら。ここにいられたら、それでいいのに!」
……求めている。私を。
それがどれほどの幸運なことかはわかっている。
だからこそ、アイリの置かれている状況がどれほど幸運かもわかる。だから、私は何も言えない。
……いや、そんなことは言い訳なのだろう。ただ勇気がないだけで。
これからこうやって私との時間を求めてくれるアイリといて、彼女との時間を続けていく勇気がない。
きっと私といるよりも、他の人といたほうが彼女のためになるなんていう言い訳をしてしまうほどに、私には人と関わる勇気がないから。そんな私だから、余計に誰かと関わる資格なんてない気がして。それが言い訳だということにも気づいていて。
こんな私は好きじゃない。
ううん……嫌いでしかない。
「なのに、ずっとレーネは私に興味がなくて! 私は……私はこんなに、レーネの事」
アイリは息を切らしていた。
普段はすらりと流れている長髪にも魔力が宿ったのかふわりと浮いているように見えて。周囲の魔力も心なしか揺れているように見える。
「なにか……何か言ってよ」
こういう時、何を言えばいいかわからない。
何が正解かわかるほど、私は誰かと関わってはいない。
心が閉じ籠っている。
硬い外殻の中に心がある。
「……ごめんね」
多分、不正解だったらしい。
それは言った瞬間にわかった。彼女の顔が揺らぐから。
アイリは何かを言おうとして。それをやめて。
そして、この部屋を出ていった。
静寂と沈黙だけを残して。
「……ぁ」
息を吐く。
吐こうとした。
でも、でたのは掠れた声で。
きっと今日という日は後悔になる。
その感覚がある。
「……早く忘れたい」
全部、忘れてしまえたら。
そう願うほどに、既に後悔はそこにあった。




