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第10話 重り

 今日は魔法師を辞めることのできる最後の日。

 申請ができる最後の日と言った方がいいのか。

 それなのに私はまだなにもしていない。する気がないというのか。

 

 結局私は魔法師を続けるらしい。

 そう決断した……というにはあまりにも他者依存的すぎるけれど。アイリの言葉に踊らされているというか。なんだかそれで良いのかという気はする。


 でも、なんでだろう。

 去年より少しはすっとしている。去年に魔法師になるとしたときは、それで良いのか、それとも良くないのかと、そんなことを周期的に悩み続けていたのに。


 今はそれよりもずっと晴れやかで。

 気分が良いというのか。

 心が穏やかであるというのか。


 討伐隊の魔法師というのが想像していたほど恐ろしくない場所だったからか。

 というよりはまぁ……去年よりは私の意思が反映されているからと言った方が良いかもしれない。その理由が、アイリがこそばゆいことを言ったから、というのは自分でもどうかと思うけれど。


「居場所ね……」


 私のおかげで居場所ができたとかなんとか。

 ……うーん。あまりにも過言すぎる気がするけれど。

 まぁでも、確かに貴重かもしれない。この空中要塞都市で戦うことに怯えている魔法師は。

 

 その辺りの問題で話の合う人がいなかったから、居場所ができたとか言ってたのかな。けれど、それは錯覚というやつな気もする。

 居場所というにはあの部屋はあまりにも脆い。アイリと出会ってからそろそろ半年弱。そこまで強固な関係とは言えないというか。


 ひとつ認めることがあるとすれば、ここでの時間を大切に思ってるのは彼女だけじゃないということか。それこそ、こそばゆいことだけれど。


 だから、今はそんなに悪くない気がする。

 将来への不安と融合体への恐怖を除けばだけれど。

 

 ぺたぺたと都市の道を進む。

 いつもの部屋を目指して。

 今日は少し早く起きてしまった。多分、最近寒いせいで。


 息が白い。

 肌をさすっても、あまり効果はない。


 早くあの部屋に行きたい。

 部屋まで行けば寒さはそれなりに凌げる。

 でも今日は、少し寒いかもしれない。


 部屋につけば、そこにもちろんアイリの姿はない。

 今日は何か検査があるらしい。そんなことを昨日言っていた。

 だから、今日はひとりでこの部屋にいる。はずだったのだけれど。


 代わりに知らない人がいた。

 やけに派手な髪形の女だった。

 

 彼女もこちらに気づいたようで、こちらを振り向く。

 その視線はなんだか恐ろしい。


 その視線に追われるように扉に手をかける。

 こんな場所にはいられない。視線は怖いし。

 それにわざわざこんな場所に来ているのだから、この人だって1人になりに来たのだろうから、邪魔することはない。


「あれ」


 扉が開かない。どうして。

 触れてみれば、ぱちりとした感覚が貫く。

 ……魔力の流れがある。魔法?


「アイリのこと、知ってるわよね」


 私の疑問を他所にそこにいる女が声を出す。

 どことなく鋭さを感じる音だった。

 けれど、それを不快に思うよりも彼女の言葉自体に新たな疑問を感じる。


「アイリ?」

「……ここに来ているはずだけれど。桃色の長髪で小柄な」

「それは、まぁ。知ってるけれど」


 それを疑問に思ったわけではなく、なぜ彼女のことを聞くのかという疑問だったのだけれど。


「そう。ならやっぱりあなたなのね」

「ええっと」


 よくわからないけれど、アイリのことよりもこの扉は開かないということの方が大事な気がするけれど。

 感覚を集中すれば、明らかに魔力の流れを感じる。魔法が動いてる。

 誰かが私達を閉じ込めようとしているのに、この人は気づいていない? そんなわけはないと思うけれど……あ。


 この人だ。

 このやけに派手な髪型をしている彼女が、この魔法の発生源。つまり彼女が私を閉じ込めている。意図はわからないけれど。


「……えっと。開けて欲しいんですけれど」

「用が済めば開けるわ」


 私、何かしたっけ。こんなふうに閉じ込められるようなことをした覚えはないけれど。

 なら、敵なのかな。敵って。恨まれたことをした覚えは……ないわけじゃないけれど、この人は初対面なはずなのに。

 何が目的で。わからない。疑問が多すぎる。


「さて。少し話をするわ」


 話をするのは確定のような口ぶりだけれど、私はもう帰りたい。それに何か話すことがあったっけ。

 彼女の言葉から考えれば、アイリのことが関係しているのかな。


「座りなさい」


 促されるままに、部屋の隅に座る。

 彼女から離れた位置に。……最悪壁を破壊して脱出を図れそうな位置に。

 そんなことにならなければいいけれど。


「天罰のことは知っているわね」

「……まぁ」


 不意に全然関係ない単語が出て一瞬面食らう。

 天罰とは一定高度以上に達したあらゆる物質に飛来する空からの攻撃のこと。


 その天罰のせいで、断念された技術とかもたくさんあるらしい。それが現象ではなく、超高高度に存在する物体から発射されている魔法的攻撃とわかったのも意外と最近だった気がする。100年前とか。


「そう。天罰は魔神の罰などではなくて、空に浮かぶ巨大柱が生み出すただの魔力攻撃だったのよ。私達が魔法を放つのと同じね」


 私は相槌を打つべきか一瞬悩んで無言を返す。

 相手の女も気にした様子はなく、言葉を続けていく。


「なら、その柱は誰が何のために置いたのか。気になるじゃない?」


 ……それはまぁ。少しぐらいは。

 でも目的はともかく旧文明の人が置いたって聞いたけれど。魔導機械とかと同じで。それに目的だって戦争か何か以外にあまり思いつかない。


「私は旧文明じゃないと思うわ。きっとそれよりも前の存在、言うなれば旧旧文明ね」


 旧文明よりも前の文明。

 そんなの聞いたことないけれど。

 でも名も知らない彼女はそうだと信じているらしい。というか考察というか。推察というか。学者か何かなのかな。


「けれど天罰を除けば旧旧文明の痕跡はない。これはどういうことかわかるかしら」


 知らないけれど。

 でも、旧旧文明なんてなくて、天罰も旧文明の遺産と考えれば良いだけなんじゃ。


「旧旧文明は外に出て行ったのよ。この惑星を出て」


 ……惑星の外?

 空? 宇宙?


「その時旧文明の人は置いていかれてしまった。ここからが本題だけれど、どうして置いていったのかしら」


 知らないし考える気もない。

 それより早く帰りたい。

 私も魔法を使っても良いのかな。一応、規定では一定出力以上の魔法は緊急時を除き使ってはいけないことになっているはずだけれど。今は緊急時と言っても良いような気がするけれど。


「それは旧文明の人が足枷だったからよ。正確な理由はわからないけれど、能力的に足りなかったのでしょうね。そして彼らが外に出てこれないように天罰を配置したのよ。だから一定高度になれば、天罰は発射されるというわけね」

「……どうしてその話を私に?」


 そんな空想を私に話して何になるのかな。

 私を閉じ込めてまで。


「空に行く人の邪魔をしてはいけないという話よ。あなただって天罰に当たりたくはないでしょう?」

「……それは、そうだけれど」

「なら、アイリの足枷になるのはやめることね」


 ……それか。

 その話をしにきたのか。

 私も少しは察している。アイリの事情を。

 けれどそれは。


「……アイリ次第っていうか」

「いいえ」


 鋭く否定される。

 有無も言わさぬほど強く。


「あなたも関わっているわ。アイリはいつもあなたの話をしているもの」


 ……いつも。

 この女の人はよくアイリと会っているのか。

 彼女から誰かの話を聞いたことは無いけれど。


「アイリをここに留めないでいてくれたら良いのよ。それだけで、彼女はこちら側に戻ってくるわ。彼女は元よりこちら側の人ですもの。あなたという足枷がいなくなれば、自然とこちら側に戻ってこれるはずよ」


 半ば確信していたことだけれど、彼女はアイリを戦場へと引き込もうとしている。

 どちらかと言えば、アイリが元居た場所がそこだったから、元に戻そうとしていると言った方がいいのかもしれないけれど。


「それ以上のことは望まないわ」

「……私は、そんなこと」


 私はそんなにアイリに影響力があるわけではないのだから、そんなことできない。

 まぁ……少しばかり好かれているのはわかっているけれど、そんなもので私がアイリに大した影響を与えられるとは思わない。


「なんなら、魔法師を辞めて貰ってもいいわ。ちょうどそういう期間だし。あなただって望んでここにいるわけではないでしょう? 望みならそれなりの金銭を積んでもいいわよ」


 確かに私が望んでここにいるわけじゃない。

 でも、その話をするには少し遅い。


「どうしてこんなことを言っているのか説明が必要かしら」


 必要か必要じゃないかで言えば前者ではある。

 まだ朧げな推測ならあるけれど、そんなものだけで全てを察することはできない。


「一刻も早く私達にはアイリの力が必要なのよ。だから悪いとは思ってるわ」


 女が初めて私から目を離す。

 多分、私ではなくアイリに悪いと言っているから。

 

「アイリにそんなに戦って欲しいの?」

「ええ。彼女の力は頼りになるわ」

「……でも、アイリは戦いたくないって」


 そう言っていた。

 アイリは戦うのは怖いと言っていた。それぐらいは付き合いの浅い私でも知っている。

 きっとこの女は私よりもアイリと長い付き合いだろうに。それを知らないはずはない。それなのに戦って欲しいなんて。そんなの。


「……関係ないわ。それにアイリだってわかっているはずよ。融合体には負けるわけにはいかないということぐらい」

「そんなの……理由になるの?」

「なるわ。そしてそれだけで十分よ。あなたも魔法師なのでしょう? これは人類存亡をかけた戦いだということを。生存競争なのよ」


 人類なんて、そんなに大切なのか。

 ……大切なのだろうけれど。

 私にはあまり実感がわいていないことだけれど、人類を守るというのはそれだけ達成されるべき目的なのだから。

 でも、だからってそれで全て許されるのかな。


「話は終わりよ」


 気づいたら、女は開いた扉の前に立っていた。

 もう閉じ込めるのは終わりらしい。ちょっとだけ気が抜ける。


「わかっていないようなら一応言っておくけれど、これは警告だから。私はアイリのためなら天罰になるわ」


 そんな言葉と共に扉が閉まる。

 この部屋にひとり残されてみれば、自動的に言葉が反芻する。


『私達にはアイリの力が必要なのよ』

『これは人類存亡をかけた戦いだということを』

『これは警告だから』


 その言葉の意味が分からないほど私は子供じゃなかった。

 そしてそれを素直に咀嚼できるほど大人でもなかった。

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