第八走 ガバ勢と二年B組戦闘訓練
本日午後の授業、戦闘訓練。
今回は街郊外に出向き、農地を荒らす“ボアドッグ”の駆除を行う。
訓練と称してこうした害獣退治を任されることは訓練生にはよくあることだ。
ボアドッグは狂暴ながら小型が多いため、モンスター相手の戦闘訓練にはもってこいの相手。さらには大量に仕留めれば後日食堂に大盛の肉料理が並ぶというボーナスが付くため、生徒たちも喜んで参加する。
「ん……? ルーキか?」
「えっ、ケイブ警部補?」
訓練地となる街外れの農場にて。B組の面々を率いてやって来たルーキが出会ったのは、なぜかRTA警察のケイブ警部補だった。
目深に被った警察帽。猛禽の如き鋭い眼差し。RTA警察のことはまだ教本でしか知らない生徒たちも、まだ悪いことなどしてないだろうに、抜身の刀のような彼の気配に早くも緊張の空気を醸し出す。
そんなケイブ警部補の前には、三人の若い男たちが立っていた。服装的には農夫のようだが、顔つきは都会的だし、作業着はどことなくオシャレな着こなしだしで、どういう集まりなのかよくわからない。
「そうか。今日から臨時講師だったな」
ケイブがこちらの予定を思い出し、合点のいった顔を見せる。
「はい。頼まれてた害獣駆除に来たんですけど、ケイブ警部補は?」
「農場の様子見だ。以前、この仕事を紹介した連中がちゃんとやってるかどうか、な」
そう言って向け直された視線の先で、オシャレ農夫たちが得意げな顔で言い返す。
「もちろん、真面目にやってるぜ。俺サマの力がないと、特産の大きなカブがいつまでたっても引っこ抜けねえからな」
そう言って、大きな力こぶを作って見せる巨漢。
「品種改良も順調だよお巡りさん。土も面白いね。少し肥料を変えただけで劇的な違いが出る。人間よりもはるかに動かしやすくて、繊細だ。次の収穫では数を一気に増やす予定だから、まあ見ててよ」
頭脳派の目を光らせたのは、唯一小柄な少年。
「聞いての通りケイブさんに心配されるようなことは何もない。俺たちは結局、ダチとつるんでワイワイ騒ぐのが好きなだけだったんだな――」
と、どこか過去を懐かしむように述懐したのは、三人の中では一番クセの少なさそうな、顔立ちの整ったイケメンだった。
「狭い都会じゃあ、それが自然と騒動に繋がっちまった。でもここじゃどれだけ騒いだって誰の迷惑にもならない。それに今のケンカ相手はこの大地と空だ。雨、風、日照りに雑草。このクソでっけぇ自然相手にどれだけ力を合わせて戦えるか……。正直、毎日ワクワクしながら畑に向かってるよ」
さっぱりした顔立ちに、一つまみの土汚れを引っ付けた彼は、土と生きる悦びを噛みしめているようだ。都会育ちらしい彼らの事情は知らないが、ケイブの仕事の斡旋は相当上手くいったらしい。
「そういうわけだから、害獣駆除の方、よろしく頼まあ。上手くいったら、できた野菜を学校の方に送るぜ」
イケメンからエールを贈られ、生徒たちから歓声が上がる。
「よーし、それじゃあみんな、戦闘訓練にイクゾー!」
『ハイ!』
デッデッデデデデ!(カーン!)
『何の音ォ!?』
デデデデ!
※
ボアドッグは数体からなる小さな群れを形成し、それぞれ別の方角から農場の敷地内に侵入してくるという。
RTA警察による危険度ランクではD。モンスターと野生動物の中間的な扱いで、民間人でも対処が可能。B組はやり慣れた相手とパーティを組み、これらの駆除にあたる。
「はい、よーいスタート!」
ルーキの合図とともに、生徒たちが討伐へと散開する。
訓練はすべてタイムが測られる決まりだが、例によってまずは安定チャートを心がけるよう全員に通達していた。
「あっ、あそこにいるよ!」
「おとなしく大盛焼肉定食になりやがれー!」
早くも標的を見つけたパーティが戦闘に突入していく。
一応、戦闘訓練ということで負傷のリスクはあるが、本当に危険な場合をのぞいて講師は一切手助けはできない。
見た限り、B組の生徒たちの戦闘能力はさほど悪くないようだ。悪戦苦闘しつつも何とか厄介な野獣に立ち向かえている。
そんな調子で生徒たちの奮闘を見回っていたルーキは、とあるパーティの戦場に行き着いた。
ユーゴ、クラムセル、ヴァシリーのB組エースチーム。と同時に特に尖った問題児の寄せ集めでもある。
特にそれは戦闘で顕著になる――と聞かされていたルーキが注意深く見守っていると、ユーゴもそれに気づいたのか、ちらとこちらに目線を寄越し、
「先生が来てる」
「ええユーゴ。さっさと仕留めましょう」
クラムセルとそんな会話を交わしつつ、不意にユーゴが口元まで厚く巻いたマフラーを押し下げた。
口を大きく開けて息を吸い込みだす。奇妙だった。吸い込まれる空気が、きらきらと輝いている。心なしか周囲の気温も下がっているような……。
「俺の拳はちと冷たいぞ」
彼が左手を前に突き出した。
その先で、バキバキと音を立て青白い結晶が盾状に広がっていく。
「氷の魔法か……?」
ルーキが見つめる中、ユーゴは盾を前に構えたまま走り出した。
狙いは今日一番のサイズを誇る個体。恐らくはこの群れ全体のボス。
ゴウルルルッ! と下腹を震わせる獰猛な唸りを発し、ボスまたユーゴに向かって駆け出した。人より小さいものの体重は百キロを超える。まともにぶつかれば吹っ飛ばされるのは必至。
しかし、両者正面から激突!
大男でも弾き飛ばされる突進をユーゴは氷の盾で防ぎ、さらには両脚を踏ん張って勢いを完全に受け切っていた。やや小柄ながらパワーは十分。体幹も強い。
「……エターナルフォース……!」
さらにそこから、彼は空いている右拳を強く握り込み、後ろに大きく引いた。
その拳にも冷気と思しき輝きが収束していき――。
「ブリザード!!」
気合と共に突き出された拳が、氷の盾の裏側を強打する。瞬間、砕けた盾が氷の礫となり、ボスボアドッグへと一斉に襲いかかった。
「!! すげえ!」
ルーキは思わず声を上げていた。
それはまるで、真昼に突然現れた猛吹雪だった。雑草の生い茂る地面が一瞬で霜つき、白い風が吹き抜けた後には、今に一撃を正面から浴びたボアドッグが樹氷と化して佇んでいた。
冷気の二段攻撃だ。一撃目は盾として使いつつも、二撃目の拳から発された魔力と合わせることで、技の威力を増幅させている。この工夫はかなり力を使い込んでいないとできない。
「へ……ざまあないぜ」
拳を撃ち出した姿勢のままユーゴがそうつぶやくと、彼の口や首元から白い冷気が排気されるように吹き出された。それが済むと再びマフラーで口元を覆う。それが彼の一連の手順のようだった。
「いいゾ~、ユーゴ! ナカナカヤルジャナイ!」
「…………」
ルーキが喝采を送ると、ユーゴはこちらを一瞥し、「別に。大したことじゃない」と素っ気ない返事を寄越してきた。が、かなり得意げなのが結構バレバレだ。
と。
不意に、ミシと何かが軋む音がした。
「?」
ルーキは耳を澄ませる。ミシ、パリ、と鳴る音は次第に大きく、また多くなっていく。
ユーゴたちも「?」と顔に疑問符を浮かべていた。
そしてついに最大の破砕音が鳴り響いた次の瞬間、ボスボアドッグが氷の中から飛び出してくる。
「なにッ……!?」
完全には凍りついていなかったのだ。それどころか、かなり表面的な部分までしか。
勝利を確信して戦闘態勢を解いていたユーゴは、完全に反応が遅れた。
突撃を食らう!
その直前――!
バチッ! という舌を痺れさせるような破裂音が爆ぜ、ボアドッグが弾き飛ばされた。
盛大に数メートルを飛んで転がった後は、もうピクリとも動かない。
ルーキは音の炸裂地点を見た。虚空に今も小さな光の飛沫と放電音を残すのは稲妻の魔法だ。その出所は明らかだった。本を片手に構えたクラムセルの指先。
「ふん……相変わらず詰めが甘いわ。ユーゴ」
間一髪のところでフォローに入った彼女は、肩にかかった髪を払いながら挑発的に微笑む。さすがは魔力志向。ユーゴの(多分)必殺技に耐えた敵を一撃で仕留めた。
「このやろ……あっ、おい! 横!」
そんな彼女に対して感謝どころか不満をもらしかけたユーゴだが、その声はすぐに警告へと変わった。
はっと振り向いたクラムセルの視線の先では、複数の小型ボアドッグが猛スピードで迫ってきている。
「あっ、ちょっ――指電魔法! 指電魔法!」
指先から続けて電撃が放たれる。しかし、イノシシの突進力と野犬の機動性を持つボアドッグにはまるで当たらず、地面が小さく弾けるばかり。音と光で何体かは途中で逃げ出したものの、勇猛な一体がとうとう一足一刀の間合いまで詰めて来た。
「きゃあっ!」
クラムセルが思わず本を頭からかぶってしゃがみ込んでしまった時点で――。
勝負ありと見なし、ルーキはグラップルクローを射出した。
ピギャッ!?
アンカーに脚を掴まれたボアドッグが悲鳴を上げる。ルーキはワイヤーをしならせると、一本釣りの要領で獣を宙へと舞い上げた。
「ヴァシリー! 頼めるか!?」
「いいですとも!」
叫んで応じたヴァシリーが、景気づけとばかりに優美な刺突剣の刀身を一度震わせ、放り投げられてくるボアドッグの急所を見事に貫いた。
「やりますねえ!」
ルーキは歓声を上げる。吹っ飛んでくる軌道は素直だったとは言え、上方向への攻撃をぴったり合わせるのはかなり難しい。しかも正確に心臓を一突きだ。
「ビ……ビューリフォー……!」
しかしその一番の称賛はヴァシリー本人の口から漏れた。よほど会心の一撃だったのか、剣を突き出した構えのまま全身をプルプル震わせ、なかなか帰ってこない。ルーキがそれを眺めていると、
「ちょっとユーゴ、あなたのせいで実技のポイントを落としたのよ」
と、横から聞こえてくる棘のある声。見れば、窮地を脱したクラムセルがユーゴにケチをつけにいっている。教師に助けられたので教科的にはマイナス査定だ。
「油断したのはおまえだ」
不愛想に言い返すユーゴも、応戦する気満々の態度。
両者の険悪な視線が真っ向からぶつかり合う中、ルーキは慌てて割って入った。
「あっ、おい待てい。ケンカする前に今の戦いの総括だルルォ。ユーゴはまずクラムセルに助けてもらったお礼」
すると彼は不服そうにクラムセルを見て、すぐにぷいと顔を逸らす。
「……いや、俺はまだ反撃できた」
「ウソね。前髪の毛先が黄色くなってるわ。魔力があんまり残ってない証拠よ」
「クッ……」
「あっ、そこってそういう風に変化するんだ……」とルーキは理解した。残りMPの表示。前髪の一房が青から黄に変わっている。空になったらきっと赤だろう。
「だったらおまえも先生とヴァシリーに礼を言えよ。おまえの方が状況クリティカルだっただろ」
「む……。先生はいいけど……」
言い返されたクラムセルがひどく気が進まない顔でヴァシリーを見る。
彼は小鼻を最大限膨らませ、「さあいくらでも感謝したまえ」とでも言いたげに腕を横に広げていた。クラムセルはぷいと顔を背けた。
「……わたしこそまだ魔力があったわ」
「頭抱えて悲鳴上げてたくせに」
「あれは我が家に伝わる伝統のカウンター技なの。だいたい、ユーゴが見た目ばっかりの変な技使うからこうなったのよ」
「何だと」
「一点に集中すればもっとマシになるのに、派手に見せようとするから威力が出ないのだわ」
それは少々聞き捨てならなかった。
「そうなのか?」とルーキが真偽を問うと、ユーゴは渋々といった顔で、
「だって、冷気の一点攻撃とか地味で何してるかわかんねーし……」
と、ことの真意を白状する。ルーキは目を丸くした。どうやらこのユーゴ、実はかなり見た目にこだわるタイプだったらしい。
「倒せなければ意味がないわ。いい加減反省しなさい」
「……おまえだって威力があっても当たらねーじゃねーか」
「だって、動くと当たらないんだもの……」
今度はクラムセルが口をつぐむ番だった。
なるほど。戦闘で顕著になる彼らの問題点とはこれか。
見栄えにこだわって威力を半減させるユーゴに、威力はあれど素早い敵に魔法が当たらないクラムセル――。
「ビューリフォー……おぉ、ビューリフォー……!」
そして自己陶酔が止まないヴァシリーは、さっきの感動をもう一度とばかりに虚空に向かって対空突きを連発し始めている。
ボルトルソンが頭を抱えるわけだ。
個々の能力は高いものの、それを補って余りある弱点がある。
このまま卒業したらエラいことになるって、それ一番職員室で言われてるに違いなかった。
この農家の兄ちゃんたちに関しては前シリーズの191話あたりを確認しよう!(ダイマ)
クッソ情けない頃のギルコーリオ王子とトロ顔委員長も見られるぞ!(ダダイマ)