第三走 ご案内、乙女の園へ
「委員長、マギリカ」
ルーキの第一声に、
「はい委員長です」
「おはようルーキ君」
二人の少女から親しみのこもった返事が来る。
一人は緑のショートヘアをシャギーカットにした、生真面目そうな眼鏡の少女。学校で委員長をやってそうという印象はそのまんまで、ルーキと同期となる訓練学校時代はクラスのまとめ役を担っていた。
小柄で体つきもスリムなことから、図書館の窓際席で静かに本でも読んでいたら非常にサマになるのだが、本人は武寄りの文武両道。
防塵ケープ付きの白い旅軽装、ホットパンツに厚手のニーソは機動性を重視したいつものスタイルだ。そして背中に回した白亜の大鎌は、由緒正しい勇者の武器〈魔王喰い〉。
そう、彼女は走者の時代にあって数少ない勇者の血筋を持つ人物。
ルーキの世代を代表する走者の一人、リズ・ティーゲルセイバーその人。
「ねえ、今サンがいなかった?」
と、続けて質問を投げてきたのはリズとは印象を大きく異にする人物。
マギリカ・オルカエッジ。
長く艶やかな黒髪をツインテールにし、可憐なドレスも黒という、まるで夜をそこに集約したような神秘的ないで立ち。肌は雪のように白く、切れ長の目に納まった赤い瞳は、彼女を闇夜の貴族のように妖しく美しく見せる。
その手が抱き込むように抱えているのも同じく大鎌。ただし色は漆黒と、リズとは真反対のカラーを示す。それもそのはず、オルカエッジは影なる英雄。勇者ティーゲルセイバーを暗殺するために集められた英雄殺しの一族なのだ。――もちろん、過去の話だが。
「ああ」とルーキはマギリカにうなずいた。
「今、みんなでサンと街の案内をしてるんだ」
「そうなの? 会いたいわ」
「ちょうど二人を紹介したかったところだ。チャートを組んでたんだけど、突然オリチャーを発動してニーナナとむこうに行っちまってさ。追いつこうぜ」
「それはルーキ君が悪いですね」
「それはルーキ君が悪いわね」
「なんでみんなして同じこと言うんですかね……」
ぼやきつつ向かったのは、大掲示板の端の端。記録の中でも古いものが載せられている場所だ。
ニーナナとサンはそこに仲良く姉妹のように並んで立っていた。
「サン!」
マギリカが近づきながら明るく呼びかけると、サンは驚いた様子でこちらを向いた。
「あなたは……マギリカさん?」
「そうよ。よく覚えてたわね」
今のサンとマギリカが一緒だったのは王都からルタへの帰り道だけだ。記憶喪失で困惑の渦中にあった彼女が、その状況でも人の顔と名前を一致させていたのは、お見事としか言いようがない。
「こんにちはサン。リズ・ティーゲルセイバーです」
「はい。覚えてます。いいんちょさん……ですよね?」
「あはは、困りましたね……みんなしてルーキ君の真似をして」
リズが照れくさそうに笑うと、つられてサンも笑顔になる。二人が心強い味方であることを理解しているのだ。
「あっ、ルーキさんの名前ちゃんとありました。ほら、あそこに」
ここでサンが話を一番最初に戻す。「へ、へえ……」とルーキは頬を引きつらせつつ、彼女が嬉しそうに指をさす方へと目を向けた。
そこにあるのは――。
「ちょ、ちょっとそれって……!」
抗議のような不満のような声を上げたのはルーキではなくマギリカだった。
サンは目をぱちくりさせ、「あの、この“なめてるヤツで賞”って何ですか?」と、こちらの名前が記載されている項目への真っ当な疑問を投げかけてくる。
「何で残ってるのよ、それ……」
「そうだよ(同感)」
白目のマギリカにルーキもうなずくしかない。蘇るのは苦々しい記憶。
〈竜征大三祭〉。開拓地の中でも特に有名な場所でのRTAで、ルーキたちは数十年ぶりに復活した伝説の魔王を撃退するという偉業を達成したものの、道中でレギュレーションを取り違えたことで、結果的にクッソ激烈に微妙なタイムになってしまったのだ。
その偉業とガバのギャップが激しすぎたため、一部市民から「面白すぎるので張り替えないでくれ」という謎の要望が出たことで、いつまでもこの汚名が街に晒されている、という状況。
「サン。こんなものを見ていたら目が腐るわ。 σДρ」
「マギリカさん? どうしたんですか、その顔……」
「ルーキ君。街の案内の途中だったんでしょう。早く次に行きましょう。こんな過去をいつまでも引きずっていてはダメです」
委員長からも強い指摘が入る。
マギリカもリズも、そしてニーナナも自尊心は実力相応にある。この発表を見た時、彼女たちが大層取り乱していたのを覚えていたルーキはその案に即座に便乗し、すぐさまここを離れることを決定したのだった。
※
「可愛いわね、その服。どうしたの?」
「あっこれは軍医さんに買ってもらって」
マギリカがサンと親しげに話している。一見して孤高の令嬢たるマギリカだが、自身もそうだったからかサンのようなつらい身の上の相手にはとことん甘い。
そんな二人の仲を横に見ながら、ルーキはチャートにちゃーんと従い街を巡る。
大鉄道。そこはルーキとサクラが初めて出会った場所。
「あの時、ガバ兄さんが列車に乗り遅れてたら、サクラと兄さんは今頃どうなってたんすかねえ」
「やめろォ、今でもたまに遅刻する夢を見るんだよ……。でもまあ、あそこで一緒にRTAをやれなくても、サクラとはどこかで仲間になってた気がするな。何となくだけどさ」
「……そ、そうすか。そらよかったっすね……」
RTA訓練学校。ルーキとリズの学び舎。
「何だか卒業したのがすごい昔のように思えます。ルーキ君はどうです?」
「激しく同意ですねえ。走者は一日一日が濃すぎるねんな……。つっても、委員長のこといっつも委員長って呼んでるから、なんかまだあの時の空気が残ってる気はするんだよな」
「ふーん、そうですか。ではそろそろ名前で呼んでみたらいいんじゃないですか?」
「んー…………リズ」
「……!! い、いきなり呼ばないでください。わたしにも心の準備というものが……!」
「……そ、そうだな。あの……やっぱその、委員長でいいですかね……? なんか……変に照れくさくて……」
そんな雑談を交えつつ、楽しい街歩きを……。
…………。
「何よさっきから! リズもサクラも自分たちの思い出話ばっかりしちゃって!」
『そうだそうだ! (廿x廿(廿x廿 』
ここでマギリカとニーナナたちが抗議に打って出た。ゴンゴンと頭突きで実力行使してくるニーナナをなだめつつ、「次はマギリカもよく知ってる」とそちらにも釘を刺す。
「特にサンには、一番見てもらいたかった場所だ」
「そうなんですか? 一体どこに……」
「すぐわかる」
そうしてたどり着いたのは、豪邸立ち並ぶ高級住宅街でも特に立派な建造物が居並ぶ場所だった。
窓や屋根に施された精緻な彫刻。庭や通路に並べられた彫像の数々……しかし何よりも心に訴えかけるのは、敷地から吹き抜けてくる花の香りのような清楚で可憐な空気。
一朝一夕では決して身につかない長年の品格が、この場所をこの場所たらしめている。
「わあっ、綺麗なところ――。なんていう場所なんですか?」
うっとりと目を細めるサンに、ルーキは告げた。
「聖ユリノワール女学院」
良家のお嬢様ばかりを集め、最高の教育と経験を提供するハイソな学校。伝統と自律を重んじる校舎では、うら若き乙女たちが日々研鑚に励んでいる。
「軍医さんから聞いてるだろ? もしサンが望むなら、ここに通える」
サンにきちんとした教育を施し、一人前の人間にする。それが彼女を引き取った軍医の決意だった。
下町にも学校はあるが、教育の質はここがダンチ。さらにユリノワールの学院長は軍医やリズのカッチャマとも繋がりがあるので、話を通すことは難しくない。
「ここに、わたしが……」
「いいわね。来なさいよ。ここにはわたしもリズも通ってるし。RTAがない時にね」
「マギリカさんたちも?」
とサンが驚いたところで、校舎入り口付近にいた女生徒たちがこちらに気づいた。
「あっ、マギリカお姉様!」
「本当! マギリカ様だわ!」
黄色い声はたちまちあたりへと広がり、マギリカより少し年下の少女たちが、こっちを見てとばかりにきゃあきゃあ手を振る。
「フフフ……あの子たちったら」
「すごい。マギリカさん大人気ですね」
どこか得意げに手を振り返す彼女を、サンが羨望の眼差しで見上げる。
確かにマギリカは背も高くスタイルも抜群、ルーキから見てもカッコイイ女子だと思う。今の戦闘服代わりのドレス姿もキマっているが、ピシッとしたユリノワール伝統の制服は彼女をさらに格調高く見せるのだ。
しかし、ここまで生徒たちに人気とは……。
「マギリカは変なところでヌケてたりするので、後輩たちの中にファンクラブまがいの保護団体ができてるんですよ」
優雅に手を振るマギリカに隠れ、リズがこっそりと打ち明けてくれた。
なるほど。
マギリカは幼少期からティーゲルセイバーを打倒するために修行漬けの日々を送っていた。それこそ子守歌が必要な頃からそうだったから、街での暮らしに不慣れなところが多々あったのだ。
リズの家で居候をするうちに、どんどん順応していったはずだが、より上質な教育を受けているユリノワールの生徒たちからすれば、まだまだ保護が必要なヒヨッコだったらしい。
「あれっ!? お姉様と一緒にいるのって、ルーキさんじゃない?」
「そマ!?」
「お二人はどういう関係ですの!?」
ん? なんだか空気が変わったような……。
ルーキはマギリカの陰から出て、校舎の方を見やった。
途端、ギギイッと、数十もの視線が刺さるような速度でこちらに集結する。
「やっぱりルーキさんです! はっきりわかんのですわ!」
「いいですわ来いですわ!」
「お馬鹿さん貴方わたくし勝ちましてよ貴方!」
ウオオオオオ……。
急激に空気が変わっていくユリノワール敷地内。たおやかな春から暑苦しい真夏というか、もっと小汚い方向に。しかも噂を聞きつけて、閉じていた教室の窓が次々に開いて他の生徒たちも顔を出してくる。
「ルーキ先輩が学校に来たってホント!? ちょっと! まずはこのリリリリリリリーナに挨拶するのが筋ってもんじゃないの!?」
「久しぶりに現れた彼は、ミステリアスな黒衣の少女を連れていた……。ルーキ×ロコに新たな試練の予感……! あッ、新作のアイデア降りてきたぁ!」
「ルーキさん、そんなに女の子の近くにいたら、ああっ全員に新たな命が……!」
何だかこう、発言内容だけで誰かわかる癖が強そうなのも健在。それらを含めた総量は、マギリカの保護団体など比較にならないほどの大軍勢。
そんな光景を見たサンがぽつりと言う。
「王都から帰る時もそうでしたけど……ルーキさんって、綺麗な女性の友達多いんですね……」
「い、いや、ここはそもそも女子校だから……(震え声)」
それよりも。
(この状況は……まずい……!)
何がって、女子生徒たちの言葉遣いがだ。
超一流の教養と立ち居振る舞いを身に着けているはずの少女たちが、下町由来――もっと言うとレイ一門からラーニングした汚ったない言語を飛ばしまくっている。
あんのじょう、校舎壁に取り付けられたスピーカーから怒りを湛えた放送が流れ出した。
《学院長のメルセデスです。ルーキ、そこにいるのはわかっています。生徒たちの言葉遣いについて聞きたいことがあるので、今すぐ理事長室に出頭しなさい。それから、街にいるのならきちんと登校するように》
とうとう学院上層部まで動き出してしまった。生徒たちはそれにさらに興奮し、やんややんや、わっせわっせと騒ぎ立てる。
「セ、センセンシャル! 今ちょっと、友達に街の案内をしてましてぇ……!」
予想外の騒乱にルーキは焦り、すぐにここから立ち去ろうとした。
が、その時。
校舎上階の教室の窓から、何かが出てきた。
それは翼も動力機構もないのに浮かぶ――机だった。
もちろん椅子もセットで……生徒まできちんと座った状態で。
その生徒はルーキもよく知る――、
「あっ、エルカお嬢様よ!」
「エルカお嬢様が発進されたわ! 皆さん静かに見守りましょう……!」
騒いでいた生徒たちが途端にしんと静まり返り、見守るモードへと移行する。その間も机はゆっくりと空中を進み続けていた。
「あの……ルーキさん、机が……飛んできます……(廿△廿; 」
「ああ……何でだろうな……」
ルーキはサンと共に呆然とその不可思議な光景を見つめるしかない。
やがて机は、当然の権利のようにルーキたちの前に綺麗に着陸した。
優雅に席を立ち、さっと肩にかかった髪を払う一人の少女。
柔風のようにゆるくウェーブした金のロングヘア。
すっきりとした鼻筋に、涼しげな目元。
仕草の一つ一つに見ていて気持ちいいほど高貴な、絵に描いたようなお嬢様。
「ごきげんよう、ルーキ」
微笑むエルカ・アトランディアは、机で飛んでくるとかいう謎の現象などなかったかのように、ごく平穏で優雅な朝の挨拶をした。
「こ、こんにちはエルカお嬢さん……」
ルーキはつっかえつつ返事をする。
この少女はRTAにおける再走裁判所の最高判事を務める祖父を持ち、父親もまた上級判事という、ある意味走者にとっては鬼門中の鬼門。しかし友人として親しく付き合うようになった今、気になるのは何で机ごと飛んできたのかという、ただそれだけ。本人だけならまだしも……いやそれはそれで絶対におかしいのだが……。
そんな優美で世界の謎に満ちた少女は、急に頬を赤らめ、肩をもじもじさせながら視線を外へと逃がした。
「く、来るなら来るとおっしゃってくれればよかったのに。そうすれば、ルーキのために取っていた授業のノートをすべて持ってきてあげましたのに……」
「あっ、ああっ、それはすげーありがとう。メチャクチャ感謝する……けど、今日は授業を受けに来たんじゃないんだ。友達を――サンにこの学校を紹介しようと思って」
「あらっ、その子は確か……」
エルカがサンを見る。
二人もまた、王都からの帰り道でなぜか出会っている。が、なぜかサンはこれまでと違い、未確認飛行物体の中身でも見たかのように目を丸くして固まってしまった。
「新しくルタに来た子でさ。もしかしたらここに通うことになるかもしれないから、案内したんだ。だから今日はすぐ帰るよ」
「えっ、そうでしたの……」
途端にしょぼんとしてしまうエルカ。
固唾を飲んで見守っていた教室の窓からは、たちまちブーイングがこぼれ出る。
「あのさぁ……!」
「殿方のクズがこの野郎……」
「恋! 暴力! 青春!」
飛んでくる悪罵(?)の数々。いたたまれない上にこのままいけばさらなる学院長の怒りを買うと感じたルーキは、すぐさま保身に走る言葉を並べ立てた。
「でっ、でも、えと、えと……あ、明後日なら! 明後日なら学校に来れるよ。そん時は朝、お屋敷まで迎えに行くから」
「……本当? 約束してくださる?」
「もちろんです。プロですから」
ルーキがヤケクソで胸をどんと叩くと、エルカはたちまち輝く笑顔に包まれた。――実際、光り出した。
「何の光ィ!?」
「まぶしい(><(>< 」
ルーキと、すぐ近くにいたニーナナとサンの目をとばっちりで潰しながら、強烈に光り続けるエルカは再び席に戻った。まるで最初からそれが乗り物であるかのように。そして事実、机は再び浮き上がり、光ったままのエルカを教室へと運んでいった。
「そ、それじゃあ俺たちもおいとましようか……」
これが最後のチャンスとばかりにルーキは仲間を促し、足早にその場を離れる。
「あのう、ルーキさん」
その途中、サンが不安そうに言った。
「何だ、サン」
「やっぱりさっきみたいなことができないと、あの学校には通えないんでしょうか……?」
「いや……むしろ、できない方が通えると思う……」
サンには普通の、平穏で、平和な暮らしをしてほしい。
あんな怪奇現象を起こすようになってはいけない(戒め)
その後のエルカの教室にて
教師「エルカさん、そろそろ光るのやめてもらっていいですか……?」
エルカ「♪」
教師(ダメだ聞いてもらえない……)
※
前回分の感想は夜に返します。アリガトナス! センセンシャル!