第二十五走 ガバ勢と魔王ゾワナの城
流れ的にはここで円満に教習を閉じるところだ。
それぞれの成長を胸に、最後の見学地として今は空っぽの魔王城を臨む。そして決意と未来を乗せた帰りの列車へ――。
そうなるはずだった教習最終日。船の中で朝を迎えたルーキたちが真っ先に聞いたのは、鼓動にも似た不気味な連続音だった。
「何だ……この音……!」
一拍ごとに重苦しさすら感じさせるその異音に、ルーキたち参加者は急いで甲板に出る。
すでにキオンが船縁に立ち、吹き荒れ出した寒風に長い三つ編みを揺らしながら海の彼方を見つめていた。
「そんなまさか……。いつもよりも早い……!」
「キオン先輩、それは……!?」
つぶやきの真意をたずねたリズに、キオンキューレは静かに冴えた瞳を返した。
「魔王ゾワナが復活します」
※
「魔王が復活……!? そんな……」
「おれたちはどうなるんだ? ここは安全なのか?」
「聞いてないよー!」
キオンから説明を受けた参加者たちの戸惑いと恐れは当然の権利と言えた。
今の時期は安全。キオンキューレもそう思ったからこそRTA教室を開いたはず。その予測が外れたのは、運が悪かったとしか思えないと彼女は言う。参加者たちの中に誰かクッソ激烈に運の悪い人がいたのでは……無論ルーキは心当たりがないフリをした。
ともあれ、一般参加者たちが真っ先に考えたことは、次に自分たちがどうすべきかだ。
伊達に開拓前線基地であるルタで暮らし、週末のみとはいえRTAを嗜んではいない。無駄にパニックに陥って危機までの猶予をすり減らすようなことはしない。
「やっぱり、引き返すべきじゃないか?」
「そうね。最初の町で大人しくしているなら安全なんでしょ?」
「キオンキューレさんや走者が一緒なら安心だ……」
当然出てくる退却案。が、
「それは違いますね」と、そこに冷静に一石を投じる声があった。
全員が驚いて彼を見る。
それは、そばかすの浮いた小太りの少年だった。いかにも甘やかされ、生意気に育ったように見える彼の顔はしかし、一般参加の大人たちとは一線を画する理知的で確信的な表情を浮かべて次を述べた。
「ボク――いえ私は退避には反対です」
その発言に誰よりも驚いたのは彼の両親らしき人々だ。
「ど、どうしたのジャックちゃん。朝から様子が変よ。心配事があるならママに言って?」
「違うのです母よ」
「母よ!?」
ジャックはある一方へと視線を投げた。そこには同年代の子供たちが集まっており、いずれも年齢不相応に落ち着いた態度でうなずき返した。それを受けたジャックは、
「今ここで私たちが引き返すなら、同じ船に乗るキオンキューレもスタート地点に戻らなければいけなくなる。それは開拓地の危機をいたずらに引き延ばすことに繋がります」
「で、でもな、このままでいるのは危険なんだよ。どうすればいいって言うんだい?」
この父親からの質問に対し、息子は毅然とした態度で答えた。
「私たちもキオンキューレと一緒に魔王城に乗り込むのです」
『な、なにイイイイイ!?』
この発言にはご両親のみならず周囲ごと仰天した。当然、別の大人たちから反論が出る。それにさらなる反論をかぶせたのは、徒党を組んだ子供たちだった。
「大丈夫です。我々にはウンフタイマーがある」
「それにキオンキューレと一緒にいれば、いざという時に守ってもらえるわ」
「時間を浪費することこそ真の危機なり……!」
覚悟ガンギマリな様子を見せる子供たちを見て、大人は再度言葉を失った。この子らはどうしてしまったんだ……?
「キオン姉貴……」
唯一この場を収められそうな相手として、ルーキはキオンに意見を求めた。彼女は数秒の沈思の後、凍れる海のような冷静な眼差しで、参加者たちを見つめた。
「子供たちの言うことは正解です。今ここでゾワナを撃退できれば、開拓地は被害ゼロで危機を乗り切ることができましょう。ウンフタイマーは魔王城の中でも有効です。万が一エンカウントが起こっても、わたくしが全力をもって皆様をお守りいたします」
「ま……俺様もな。だろ? ルーキパーティ」
「当たり前だな。俺たち三人以上に勝てるわけないだろ!」
ルーキやアドフェンがキオンの意見を補強すると、参加者たちは困惑の色を残しつつもこの計画に賛同した。
「ありがとうございます。とはいえ、皆様がすることは何も変わりません。わたくしの後ろについて、ウンフタイマーに気を付けながら先へ進む。それだけでございます」
この平素と変わらない物言いは、彼らを大きく安心させたようだ。ガチ勢の看板は伊達ではないし、山を斬り海を割る力は、神のご加護かあるいは実家の安心感と言い換えてもいい。
だが、一部にはどうしても解せない顔のグループもある。
「うちの子はどうしてしまったんだ……?」
「なんかすごい難しいこと言ってる……。双月光の騎士団がどうとか……」
親子で参加していた人々だ。当の子供たちはキオンキューレの元に集い、熱心に打ち合わせを続けている。
「あのう、走者さん。何が起こっているのか知りませんか……」
「へえっ……!?」
いきなり問いかけられ、ルーキは慌てた。
あれはアレだ。昨日の覚醒状態がまだ継続中なのだ。二つの満月に抱きしめられたことによる人類の革新。だがそんなことを言えば、キオンは子供をたぶらかす危険人物扱いされてしまうかもしれない。
「ええっとぉ……それはぁ……」
ルーキは助けを求めて視線をさまよわせるも、タイミング悪く仲間たちは見当たらない。そこにたまたま通りかかったのが、歩きメモをしているヤツだった。
「あぁ? チッ、しゃーねーな……」
こちらの目線に気づいたか、頭をかきつつ援護に来るアドフェン。
「よォ、ご両親様の方々。心配はいらねーぜ。ありゃ単なるごっこ遊びだ」
「ご、ごっこ遊び……?」
「昨日俺様がちみっこたちに『双月光の騎士団』っつう王都で人気の冒険譚を聞かせてやったんだ。それでどハマリして、みんなしてその空気に浸ってんのさ」
「でも、考え方まで大人っぽくなって……」
「……そりゃオメー様、レベリングの成果が出たんだろ。知らねえのかい、ここのレベリングは知力も上がるんだぜ。あとはその、まあ、地頭が良かったんだろ。オメー様らの育て方が良かったってことさ」
「ハハ……そういうことなら……。どうもありがとう」
保護者たちは照れ笑いを浮かべながら、一応は納得した顔を見せた。
子供を褒められて――さらには育て方まで褒められて悪い気のする親はいない。さすがは気難しい貴族相手に商売をしている代冒険家だ。
「やりますねえ! 助かったぜアドフェン。今日一日俺様って名乗っていいゾ」
「へっ、うるせえ。……ガキってのは散々大人を心配させるもんだ。親の気も知らねえでな。誰かがそっちをフォローしてやる必要は、まあ、あんだろ……」
そう言って、彼は視線を海の先に飛ばした。ルーキには、それが古い思い出に浸っているように見えた。彼が親たちを「様」付けで呼んでいたことをふと思い出す。アドフェンは本当に偉いと思った相手しかそう呼ばない。それなら彼は……。
「それにあのちみっこどもは、言動だけならいいネタになる。貴族のガキから小銭を巻き上げる冒険が作れるかもしれねえなら、擁護くらいはしてやんぜ」
シャーと蛇のように狡猾な笑みを浮かべる彼に、ルーキは苦笑いを返した。
※
ドクン……ドクン……。
遠くから響いてくるようなその音は、一旦鼓動と認識してしまえば、そうとしか聞こえないほど生々しい。
「この鼓動は、巨人の中に残っていた怒りや憎しみといった負の感情が地表に出てきた証拠。魔王ゾワナの正体はそういった暗い感情の塊なのです」
魔王城へと急ぐ船の甲板で、キオンキューレはルーキたちにそう教えてくれた。
「ただし、その本体を叩くことはできません。ゾワナは決して消えることはない。もし消滅するとしたら、それはこの大地が巨人の恩恵を失う時でしょう」
このマーブルガルズは生きている。キオンが破壊した岩山や海辺もしばらくすれば元に戻ってしまうという。改めて、生きた大地の上に住むということの特殊性を思い知らされた。
「――見えました。あれが魔王城のある〈ゾワナの島〉です」
箱舟は島の南西にある浜へ接岸した。キオンに率いられ、ルーキたちは速やかに上陸を果たす。
「ウンフタイマー読み上げヨシ!」
「我ら双月光の騎士団!」
「いざカマクラ!」
子供たちの戦意発揚に先を越され、ルーキも慌てて声を走らせた。
「イクゾー! デッデッデデデデ!」
「なぁに対抗してんすかねえ」
〈ゾワナの島〉は魔王の名を冠するにしては静かな場所だった。
風と草地の先に古びた城壁が見える。
壁には土台だけが残る箇所も多く、本来はもっと大規模に広がっていたことが想像できた。
「あの城壁に沿って、時計回りに島をぐるっと回り込めば入り口があります。さほど時間はかかりません」
とキオンは説明してくれたのだが、ここでマギリカが何かを閃いた。
「あっ、ねえ、そんなことしなくても、キオンの山を斬ったパワーで城ごとぶっ飛ばしちゃえばいいんじゃない? それならRTAも即終了でしょ?」
しかしキオンは真顔で言った。
「何をおっしゃっているのですか? お城が斬れるわけないでしょう。常識的に考えて」
「そうだぜ。冒険ってもんをわかってねえな。今のアンタにゃ様はやれねー。ただのマギリカのまま反省しな」
「なっ、なによぉ……」
二人から手厳しく反論され、マギリカはちょっと本気で傷ついたみたいにこっちに逃げてきた。
「ねえルーキ君……わたし今、そんなに変なこと言った?」
「いや……ぐうの音も出ないほどの正論だったよ……。レイ一門を代表してプラス114514点差し上げる」
「その数字はなんか汚いからイヤ」
「なんてことを……」
ともあれ、敵の本拠地だというのに今のところ危険はなし。ウンフタイマーの効果は健在らしい。ここまで城に接近されたら、もう攻め込みに来たとしか思えないはずだが、たまたま飛んできた鳥とかと同類に扱われているのだろうか。
やがて一行は何事もなく古城の入り口へと到達する。
静かだ。
入り口からのぞいた内部は海の底のような広大な暗闇で満ちており、しかし生き物の気配がまるでない。
とうの昔に死に絶えた場所……そう思わせる。その印象に怯えの表情を見せる大人たちもないではなかったが、子供たちが一切臆さずキオンに続くのを見て、黙ってそれを追いかけてきた。
城内はやはり古びた闇が充満していた。
まるで建てられた時から一度も光が入ったことがないような、冷たい闇。時折、崩れた壁から光が差し込むところもあったが、それも途中で不自然に途切れさせられている。まるで建物自体が光を拒んでいるみたいに。
そんな中でもルーキの目は不思議とよく利いた。巨人の霊気がもたらす恩恵のようだった。洞窟の中で暮らす生き物のように、たとえ真っ暗闇でも物体の輪郭くらいは把握できる。委員長たちや他の参加者たちも同じらしい。元から夜目が利くサクラとニーナナに至っては、よりはっきりと物が見えているそうな。
「とはいえ、ウンフタイマーがなかったら地獄だろうな」
周囲が見づらいことに変わりはない。それに加え、キオンキューレがここまで強くならなければいけないだけの強敵が、ここには本来ひしめいているはずだ。
「ええ。ここにはサソリの最上位種も現れます。極めて危険な相手です。軍医さんには感謝しなければ……」
「サソリはいい虫なんだよ」
「サソリは悪い虫なんだよ」
キオンの発言に対し、双月光の騎士団でも意見は割れた。まあ仕えるべき主人がそうだから仕方ないが……。
そんな魔窟も、守りにつく者がいなければ単なる古城見学コースでしかない。
ただ、ルーキは進むたびに増していく体の重みに緊張を募らせていた。
いる。
この道の奥の奥に、とてつもなく暗い闇が。
城を満たす闇をすべて凝縮してもまだ足りない暗黒が。
地の底から鳴り響く鼓動はいつしか耳に馴染み、潮騒のように気にならなくなっていた。しかし、この城に入ってから、この通路を進み続けてから、より鮮明に、より生々しく響いてきている……!
「これからの手順を説明いたします」
キオンが静かに、そして鋭く言った。緊張が漂った。
「ゾワナとはわたくしが一人で戦います。リズとルーキたちは他の皆の守りをお願いします」
これまで一人で戦って勝ってきた戦士の言葉だ。逆らう理由はない。
「ゾワナは倒してもその場で何度でも復活します。撃退するには、あれが落とす“時空の鍵”を拾い、虚空に開いた鍵穴にそれを差し込むしかありません。鍵は誰でも使えます。もしそれを手に入れたら、ためらわず使ってください」
そして彼女の冒険は終点にたどり着く。
室内と廊下を区切っていた扉はとうに腐り落ちたのか、入り口は単なる四角い穴と化していた。
しかしルーキは見た。その入り口の縁でうごめく闇。まるで生きているかのようだ。外に這い出ようとしているのか、それども中に隠れようとしているのか。いずれにせよ、内部はまるで世界の底が抜けたように暗い。
「それでは――参ります」
『ゾワナ、かくごー!!』
騎士団の鬨の声を受け、キオンは濃厚な闇の中に体を沈み込ませた。
月に蒙を啓かれるとかブラボかよぉ。最終的にナメクジになっちゃう!
※お知らせ
いつもご視聴ありがとうございます。エピソードは最終盤ですが次回投稿は5月7日あたりを予定しています。日にちが前後するかもしれませんが、投稿の際は活動報告かXでお知らせしますので、そちらでご確認いただけると幸いです。
だいぶ日が空いてしまいますが、また見に来てもらえると大変嬉しいです!
それでは次回にてお会いしましょう!




