第十七走 ガバ勢とバルキューレの奇行
「バルキューレの四女、キオンキューレと言います。キオンって呼んでくださいね!」
元気よくそう挨拶した幼女に参加者たちがぽかんとする中、真っ先に反抗する声を上げたのはアドフェンだった。
「おいおい冗談だろ? こんなちみっこがガチ勢なわけねーだろうが。おーい、本物のガチ勢の人、早く出て来てくれー。こっちはさっきからずっと待ってんだぜー」
「ちっ、違います! わたしです! わたしがウェイブ一門のキオンキューレです!」
アドフェンはぴょんぴょん飛び跳ねて視界の下からアッピルしてくる幼女を面倒くさそうに見やり、
「わかったわかった。そう名乗りたいお年頃なんだな? 四女とか言ってたし、上の姉貴がそのガチ勢なんだろ。ホラ、アメちゃんやるから姉ちゃん呼んできな」
「~~っ!」
怒りで頬を膨らませる幼女キオン。ただ、やはり他の参加者たちも彼女をインストラクター役とは思えなかったのか、本来のガチ勢を探して周囲を見回す素振りを見せる。
「いや、待てアドフェン。ガチ勢を見かけで判断するのは危険だぜ」
しかし、ルーキは実体験からその忠告を周囲に聞こえる声で広げていた。
「ガチ勢ってのは能力もぶっ飛んでるけど、外見も結構特殊なんだ。ガチ勢総本山のウェイブ親父も、スタールッカー姉貴っていう人類の枠をぶっちぎってる人も、外見は俺らより若く見えるくらいなんだぜ」
「はっ、そうですそうです! 人を見かけで判断しちゃいけないんですよ!」
とキオンもこれに便乗。
「あーん? オメー、こいつがガチ勢に見えんのか? 今日一日、様様ルーキになりてえか?」
「様を増やすな! 名前の入力が遅くなるだルルォ!?」
「そうです! あなたはそんな蛇みたいな目をしているから脳みそまで蛇並なんですねっ!」
「んだとォ!? 外見で人を判断すんなって言っておいてこれだ。これだからガキぁ嫌いなんだよ!」
ぐぬぬぬ……と幼女と蛇がにらみ合っているところに、「すみません」と礼儀正しい口調で割り込む声があった。
リズだ。
「初めまして。キオンキューレ先輩……ですか? ウェイブ一門のリズ・ティーゲルセイバーです」
するとキオンはアドフェンからぱっと目を離し、素直な笑顔を彼女へと向け直した。
「あっ、あなたがウェイブ親父さんが話していたリズさんですね。今日来ることはうかがっています。わたしも頑張って教えますから、たっぷり学んでいってくださいね」
「はい。よろしくお願いします」
二人で丁寧に頭を下げ、挨拶を交わす。
これに狼狽したのは幼女から突然放置された代冒険家だ。
「オイオイオイ、マジでこいつがガチ勢なのか!? このナリで? ……だが、リズ・ティーゲルセイバーが言うならそうか……。チッ、どうすんだよコレ。こんなちみっこばっかの冒険、俺様のイマジネーションで補うにしても限度があらぁ。売り物ってレベルじゃねーぞ!」
「慌てるなアドフェン・ベルジャネーゾ卿」
「人のペンネームを勝手に変えんじゃねー!」
一人憤るアドフェンに、これまで散々ガチ勢に度肝を抜かれてきたルーキは、訳知り顔で告げたのだった。
「すぐにとんでもない大冒険が始まる。まあ見てな」
※
が。
「ここがスタート地点になる〈はじまりの平原〉です~。あっちには湖があって、夏はキャンプと水遊びがオススメですよ~」
おお~。
「あそこに見えるのは〈はじまりの丘〉、坂がいっぱいあるので、冬はソリ遊びが楽しめます~」
わあ~。
……案内のたびに、その土地の魅力を自然と理解して盛り上がる一般参加者たち。
吹き抜ける風は少し冷たいが、燦々と照る太陽のおかげで気分は良好。初めは少し不安にも思えた幼女の道案内も、思いのほか手馴れて受け答えもはきはきしており、特に小さい子供や女性たちには人気だった――……。
「――じゃねえだろが!」
手帳に何かを書きつけていたアドフェンが、いきなりキレて叫んだ。
「おいおいルーキよぉ、俺様は旅行代理店の使いっぱしりじゃねーんだよ。すぐにとんでもない大冒険が始まるんじゃなかったのか? さっきからちみっこのお遊戯会みてぇなツアーガイドばっかじゃねえか」
細かいことだが、彼からの呼び名は素ネームに戻っている。何でもガチ勢の素性を見破って偉いとかで、名前の前に付けられていた「様」が取れたのだ。
「えっ……あの、その……まあもう少し待とうぜ……」
ルーキはそうなだめつつも、内心確かにちょっと期待外れな感は否めない。
おかしい。こんなはずでは……。
自分が初めてガチ勢と走った時は、悪夢によって生まれた城を約39秒で完走させられたのだ。あの時教わったムッムッホァイの呼吸は……まあ一生できる気はしない。
それはさすがに極端な例として、一般人も多く参加するこのRTA教室。もっと基本から丁寧に走を教えてくれると予想していた。例えば、名作性の高さで知られる〈竜征大三祭〉の序盤のように。
あのRTAは多少の無茶はするが基本的に実直で、だからこそ初心者からベテランまで自分のレベルに合った挑戦ができるようになっていた。
しかし、さっきからキオンがしてくれるのはスタート地点周辺の土地案内ばかり。RTAらしさの欠片もない。
また、集まった客層もその空気を許してしまっていた。
なぜか、走者が少ない。
こちらのパーティを含めても、三、四の若いパーティしか参加していない。その彼らにしてももんくの一つも言わずにのほほんとついてきているものだから、ガチの技術を学びに来たこちらや、冒険譚のネタを求めに来たアドフェンとはスタイルが大きく異なっていた。
「それでは気分がいいので一曲歌いますね~」
とうとうキオンがそんな宣言までしだす始末だ。この小さなツアーガイドがすっかり気に入っていた一般参加街人たちはにこやかにそれを歓迎するも――。
「ボエ~~~♪」
『!!!???』
彼女の口から飛び出してきたのは、爽やかに吹いていた風を一瞬で汚濁に変えるようなクッソ激烈にヘタクソな歌声だった。
「ボエエエエ~~~♪」
「うるせえ! さすがにやめろォ!」
咄嗟に耳を塞いだアドフェンが怒鳴って止めにかかる。普通にしゃべっている時は天使の声音なのにどういう原理なのか。これには一般参加者たちも苦笑い。
「むーっ、またあなたですか」
が、本人はいたって気持ちよく歌っていたらしく、頬を膨らませてこちらを振り返ってくる。
ウェイブ親父肝入りということなのか、リズを含むルーキのパーティは一行の先頭に置いてもらっていた。アドフェンも好都合とばかりに勝手についてきている。
「人のお仕事の邪魔をしないでください。“かすはら”する人は女の子に嫌われますよ」
「なんだとコイツ」
「ふーんだ、コイツじゃありません。わたしにはキオンキューレという立派な名前があります。あなたはタイドクソワルキューレさんですか?」
「勝手に変な名前つけんな。あと地味に口悪ィな……!」
ここで再びにらみ合いが発生しそうになり、ルーキは二人の間に割り込んだ。
「まあ待てってアドフェン。キオン姉貴だって善意でRTA教室をやってくれてるんだぜ。そうじゃなけりゃ、一人でひたすら走り込んでるのがガチ勢ってやつなんだからよ」
すると頬を膨らませてプリプリしていた幼女はたちまち上機嫌になり、
「そうっ、ルーキさんの言う通りですっ。メツキワルワルキューレさんは、ルーキさんたちを見習ってお行儀よくしてくださいっ」
「ケッ。ルーキ、オメー様がちみっこに好かれる理由がわかったぜ」
アドフェンはふて腐れた様子で近場の草を千切ると、それをくわえてプープー吹き始めた。どっちが悪ガキかわからない彼に苦笑いを送りつつ、けれどもルーキもまた現状に満足していない顔でキオンに向き直る。
「そういう話をしといてなんなんですが……俺たちもそろそろRTAについて教えてほしくて。このへんの案内、まーだ時間かかりそうですかねぇ……?」
瞬間、キオンの真ん丸で大きな目の中にスッと鋭い光が走り、確かめるようにリズを見た。彼女が承諾するようにうなずくと、ガチ勢幼女はぱっと明るい表情に戻り、パンと手を叩く。
「わっかりました! それでは土地の紹介はこれくらいにして、そろそろRTAについてお話ししようと思います~」
おお~、と一般参加者たちからも歓声が上がる。一応彼らもそのために集まった人々だ。ここからがいよいよ本番。ルーキも気合を入れ直してキオンを見つめる。
「まず大前提として、この世界では4.27秒に一回、どこかの地面から生命が生まれてきます。これはこの大地の元となった巨人の遺骸の力です」
「……ほう、そいつはなかなか面白え話だ」
草笛を吹き捨てたアドフェンが、手帳に何かを書き込みながらこちらに戻ってくる。
「今この地には魔王がいませんから、それらが襲ってくることはありません。しかし本走では大地が汚染され、魔王に敵対する者に対したびたび攻撃を仕掛けてきます。RTAの全体参加人数にもよりますが、一パーティに対し約百倍――427秒に一回敵と遭遇すると考えていいでしょう」
「……エンカウントとしては、かなりきついっすね」
サクラがぼやく通り、敵の出現としてはかなりの頻度だ。約七分に一回戦闘。一度に大群が現れることはなさそうだが、もし一体倒すのに手間取れば、あっという間に群れてしまう。
ウイークエンド走者の人々も不安を感じたらしく、あちこちからざわめきが起こる。
「でも安心してください。最初に出てくるのはとっても弱い魔物なので、武器さえ持っていれば負けることはありません。ここでしっかり経験値を稼がないと“山を斬れる”ようにならないので、ちゃーんとレベリングしてくださいね」
ん……? 今、何か、不思議な言葉を聞いたような気が……。
「それでは今から一時的に、大地を魔王がいる時と同じ状態にしま~す。もしモンスターが怖いと思ったら、わたしの後ろに集まってくださ~い。じゃあ、ハイ、よーいスタート!」
途端、地面からぼこぼこと邪気が沸き上がった。
何だかちょっと雲行きが怪しくなってきましたが気のせいでしょうヘーキヘーキ。




