【1-9】同志
夜になり、サルーンへと再び赴く。店内は昨日よりも賑わっていた。
しかし、0.25が店に入ると、騒いでいた客たちは一斉に黙る。
他の国で同じように、決闘で何度も勝利を重ねた0.25はすぐに悟った。彼らがシシーニョとの決闘について聞き及んでいると。
0.25はマスターのいるカウンター席の方へ向かった。
「昨日と同じやつをいただけますかねぇ?」
「……いや、今日は特別な一品を用意していますよ」
マスターは酒瓶を差し出した。なんだか高そうなお酒だった。
「あっしの巾着袋じゃあ、そいつのコルクの代金しか払えねぇでしょうな。うっひっひ」
「心配しなくていい。これは僕の――僕たちからの感謝の証です。帝国人貴族にもらった、特別な一品でね。僕自身も飲んだことはないんですけど」
「感謝なんてされる覚えはないんですがねぇ。今日の行いは最悪と言っていい。むしろ天罰が下ってもいいぐらいだ」
「いえいえ、みんなレスシタールにはうんざりとしていたんです。目が合えば難癖をつけて絡んでくるような男ですから。彼を打ち倒してくれたあなたに心から感謝したい」
マスターはゆっくりと手をたたく。
彼に倣うように、彼の言葉を聞いていた客たちも一斉に拍手をし始めた。
「ありがとう、0.25!」「0.25はこの街の英雄だ!」
いつの間にか名が広まっている。外国から噂が流れてきて、0.25のことを知っている人もいるのだろう。
「みんなして、よしてくだせぇよ。あっしは英雄って柄じゃねぇですぜ」
どこにでもいる、ただの人殺しだ。今も、昔も。
「ふむふむ、謙虚なお方だ。ほら、僕がついであげます」
マスターは帝国産の高級なお酒をグラスに注ぐ。
「上品な香りがしますねぇ。あっしとは正反対だ。うっひっひ」
ハーブの香りがする。無色透明で、ジンと呼ばれるカクテルらしい。
「帝国の貴族はこんなものを毎日のように飲んでいるらしいですよ」
贅沢なやつらだ。口をつけてみるが、やはり上品な味だった。だが、アルコール度数が高いせいか、ピリッとした辛みがある。
「あっしは昨日の醸造酒の方が好みですなぁ。せっかくいただいたのに、申し訳ねぇ。こっちの酒はここにいる皆さんに譲りますんで」
その言葉を聞くと、客たちは歓喜の声を上げる。彼らも、お高いお酒がどんなものか気になるのだろう。
「太っ腹ですね、0.25さん」
彼は昨日と同じく、普通のビールを出してくれた。
「酒の価値は飲む人が決めるもんですよ。あっしにとっては、こっちの方が高級だ」
「ふむふむ、その気持ちは分からないでもないです。高いから、おいしいってわけじゃないですから」
「違いねぇ」
ジョッキにあふれるビールをぐいぐいと飲む。
アルコールで体も温まってきたところで、0.25は本題に入った。
「今日はマスターに昨日の続きを聞こうと思ってねぇ。アカサカ・コゴロウとストームについて」
周りに聞こえないよう、少し声を潜めて0.25は言う。
「そうだった。少し待ってていただけますか?」
マスターは客席の方へ行って、大きな声で告げる。
「みなさん! 今日はここらでラストオーダーです! あと三十分で店閉めです! 英雄・0.25さんの貸し切りにしてあげたいからね!」
顔をしかめる彼らだったが、仕方ないと帰る支度を始めた。
「マスター? これはどういうことで?」
「人に聞かれるとまずい話ですから。その話はみんなが帰った後にしましょう」
彼は人差し指に手を当てる。いったい、どんな話が聞けるのやら。
最後の客が帰った後、マスターは外に閉店の看板を掛けに行った。その後、彼も0.25の隣のカウンター席に座り、共にビールを飲み始める。
「さて、どう話したらいいものか」
「ゆっくりで構わねぇ。夜は長い。朝までだって付き合いますぜ」
「ありがとう。でも、話す前に、協力してもらいたいんです」
「なんなりと。皿洗いぐらいしか、手伝えませんがねぇ」
客席にはまだ皿や酒瓶が残っている。それらを片付けなければいけない。
「そうじゃない。あなたの腕を借りたいんです。帝国人を打倒するために……」
まっすぐこちらを向いて告げた。彼は拳を握りながら、引き締まった表情をしている。
「打倒? 革命でも、起こそうって言うんですかい?」
「ゆくゆくは、ね。今の貧弱な僕たちでは、叶わない夢ですよ。同じ志を持つ人たちを募っているんですが、なかなか集まらなくて」
若いのに、勇気のある青年だ。その勇気が蛮勇になってしまわないといいが。
「……しかし、あっしは旅人ですぜ?」
マカローニの人間ではない。彼には悪いが、革命なんて興味がないのだ。
「それでも構わない。僕たちにはストームを追うという共通点があるんですから」
「ん? あんたらの目的とストームにどういった関係が?」
彼らとストームに直接的な関係性はないはずだ。
「ストームは帝国人である可能性が高いんです」
「そりゃまた、なんで?」
「総督府はストームを使って、悪人をこの国から消しているんです。きっと、帝国が放った刺客なんですよ!」
「刺客……」
ストームはマカローニ人だと思っていたが、帝国人である可能性もあるのだ。
だが、あくまで可能性の一つに過ぎない。
「それが事実だと、奴を捕まえて世間に見せしめたいんです。とはいえ、銃でストームに敵う人間は、僕らの仲間にはいない。だが、あなたならもしかしたら……」
「買いかぶりすぎですぜ。期待に応えられると限らねぇ」
「ストームを捕まえるまでで構いません。どうかお願いします。共にコゴロウの仇を討ちましょう」
アカサカ・コゴロウ。三年前、彼はストームに殺された。昨日も言っていた通り、マスターは彼と面識があったみたいだ。
革命活動に加担するつもりはないが、ストームを捕まえるだけなら問題はない。
「うっひっひ、そこまで頼まれちゃ断れねぇですねぇ」
その返事に、マスターの顔は明るくなる。0.25の手を握ってきた。
「ありがとうございます! 本当にありがとう! とても心強い!」
マスターは明るい声でお礼を言った。彼が感激に浸っていると、入り口のスイングドアから二人の少女が勢いよく入って来た。一方の少女には見覚えがあった。
「ミサさんじゃねぇですかい」
「アッシさんじゃないのさ! 店は閉まっているのに、なんでいるのさ?」
彼女は0.25のことを指さして言った。
だが、その質問をしたいのはむしろこちらの方だ。
「誰? お姉ちゃんはこのおじさんを知っているの?」
もう一方の少女は、ミサよりも林檎一つ分ほど背が低い。髪が短く、ミサ同様に質素な服を着ていた。
「おかえり、ミサに、ジニー。彼は僕らの同志になってくれた0.25さんだ」
マスターが紹介すると、二人の少女は目を丸くした。
「それ、本当なのさ? 昼間、シシーニョの野郎をぶちのめしたって聞いているのさ」
「あの早撃ち名人の0.25さん?」
二人は目を見合わせて、あんぐりと口を開ける。
「うひっひ、あっしもこの街じゃすっかり有名人だ」
0.25は肩を上下させて笑った。
「そ、そんなすごい人が、アタイらと同志に……? 信じられないのさ!」
ミサたちは両手を合わせながら飛び跳ねる。
マカローニのことに関しては、彼らの方がずっと詳しい。ストームを捕まえる間だけは、とりあえず彼らに協力することにした。