【1-8】彼女がストーム?
マッチョな警察官はアレス・インディゴと名乗った。
彼について行き、たどり着いたのは、寂れたビルだった。とても高い建物だ。最上階の五階まで階段を上ると、見晴らしもよく、昨日行ったサルーンも遠くに見える。
「いったい、ここはどういった場所で?」
「おほほ、わたくしの遊び場ですのよ」
遊び場にしては、今にも倒壊しそうな危ない場所だ。風が建物をわずかに揺らしている。石造りの壁には、あちこちにヒビが入っていた。割れた窓ガラスから、弱弱しい外の光が入ってきている。
ある一室の錆びた鉄のドアの前で、アレスは立ち止まる。彼はゆっくりとドアを開けた。
「元気にしていたかしら、ストームちゃん?」
部屋の中に入ると、縄に縛られている女がいて、身動きが取れなくなっていた。彼女が着ているローブには見覚えがあった。部屋の中は、壁紙が剥がれ落ちて、床に瓦礫が散らばっていた。
「……旅人、さん?」
顔を上げると、やはり彼女は昨日の案内人だった。ローブの中からうかがえる、その顔は憔悴しきっているようにも見えた。
「案内人さん、どうしてここに?」
「あら、あなたたち知り合いですの? この子には大量殺人の容疑がかかっているんですのよ」
「彼女がストームだとでも?」
確かに昨日の発言から、彼女はストームについて何か知っているのではないかと思っていた。だが、妙に納得がいかない。三年も逃げ延びている賞金首が、こうもあっさりと捕まるとは。
「侮ってはいけませんことよ。実はこの子、マカローニ軍の少年兵士として育てられたのですわ。戦争が終わる前に、この子が使われることはなかったそうですけど」
噂には聞いている。世界的にも有名な話だ。かつてのマカローニは、孤児院の子どもたちに戦いを教え、兵士として育成していたと。
そのため、旧マカローニ共和国は人でなしの国だと、他国から揶揄されていた。
「そして、ストームが出現した現場の周辺に、この子の目撃情報が多数挙げられたんですわ」
「なるほど。ですが、どちらも決定的な証拠にはなりませんねぇ」
「そうなんですの。だから、こうして拷問をつづけているんですのよ。そろそろ白状してくれないかしら? 頑固な子は困りますわ」
アレスは頭に手を当てて首を振る。
「違法捜査ってやつじゃねぇんですかい?」
ひどく横暴なやり方だ。
本来、犯罪者はマカローニ警察本部で留置され、後に監獄へ収容される。これは明らかに正式な処置ではない。せめてでも、証拠を提示してから拷問にかけるべきだ。
「おほほ、わたくしは警察官ではありませんのよ? 警察官というのはあくまで仮の姿ですわ」
「その胸のバッジは作り物って、ことですかい?」
アレスがシャツにつけている、銀色の星型のバッジを指さした。
「本物ですわ。わたくしは女帝陛下の勅命を受け、ビバタイトという鉱石を探しているんですの」
「ビバタイト? 実在するんですかい?」
「どうかしら。数年前に目撃者がいたみたいですけど、わたくしは見たことありませんわ」
きっと何かの見間違いだろう。時計屋の店員も言っていた、幻の鉱石だ。生命の宿った鉱石と言われている。
鉱石が喋ったり、踊ったりするのだろうか。実在するのなら、この目で見てみたい。
「ビバタイトなら、女帝様も欲しくなるわけだ。ってことは、あんたは偉い人なんで?」
大西方帝国の国家元首が、一介の警察官に直接的な指令を与えるとは考えにくい。
「そうですの。わたくしは陛下の手足となって、マカローニを這いずり回っているんですわ。女帝陛下の喜びが、わたくしの喜びなんですの」
アレスは腕の筋肉を誇示する。
「あなたが何者であっても、これは気に入らねぇやり方ですな。もし彼女がストームでなかったら、どう責任を取るつもりで?」
「さあ、どうしようかしら? 考えていなかったですわ」
興味もなさげに、彼は言った。
「……れっきとした証拠を見つけてからでも、遅くはねぇでしょう?」
「坊や。無理に善人ぶらなくてもよくってよ? あなただって、この子がストームだと分かったら、その銃を抜くのでしょう?」
彼は鼻で笑う。本当に彼女がストームなら、その可能性は否定できない。この男は汚れた人間だ。彼と同類である0.25には、アレスの行いを責める権利はないのだ。
「旅人さん……」
弱弱しい声で、案内人は0.25に呼びかける。
「あんたがストームですかい? 案内人さん」
縄に縛られている彼女の目を見て、0.25は尋ねた。
「…………違う。自分は、ただの案内人……」
「何をバカなことを。そろそろ白状したら――」
彼女に近づいていくアレスを、右手で制した。
「案内人さん、あっしはあんたを信用できません。ただ、あんたじゃないって願ってますぜ」
0.25は部屋から出ていこうとする。そこをアレスに呼び止められた。
「どこへ行くんですの? 0.25の坊や?」
「そりゃあ決まっているでしょう? ストームを探しに」
「あてもなく一人で? なんて非効率なこと。ストームはここにいますのに」
彼は両手を上に上げて、肩をすくめた。
「手がかりがない以上、やむを得ねぇでしょう。あっしに拷問の趣味はないもんで。うひっひ」
「分かっていますわよ。このまま問い詰めても、この子からは何も出ない。他に証拠がいる」
「そういうことです」
結局、やることは同じだ。ストームに近づけると思ったが、何事もそう簡単にうまくいかない。彼女がストームかどうかは、まだ判断しかねる。
0.25は廃ビルを立ち去った。