【5-8】完成
セロが完成して、二年が経過した。
夜が明け、僅かな光が部屋に差し込む。
案内人はゆっくりと瞼を開ける。
記憶をたどると、夜道を歩いているときに、何者かに襲われたことが思い出された。0.25と名乗る奇妙な旅人と別れて、すぐのことだった。
窓辺には割れたガラスが散乱しており、部屋の壁にはひびが入っていた。狭く暗い廃ビルに、案内人は閉じ込められている。手足を縄で縛られており、身動きが取れない状況だ。
「まあ! 芋虫みたいで可愛らしいですわね」
部屋に巨体が入ってきた。見覚えのある男だ。昨日の夜、サルーンに現れた警察官だった。
「お久しぶりですわね。こうして話すのは三年ぶりかしら? 元気そうで何よりですわ」
彼と初めて出会ったのは、三年前――リオンが殺された夜だった。
「……元気じゃ、ない」
「あらあら、心配なさらなくても、すぐに開放して差し上げますわ。ただの事情聴取ですから」
「自分は……何もしていない……」
縄で縛られた体をゆすりながら、案内人は言った。
「あらあら、たくさん殺したことも忘れてしまって? ストームちゃん」
彼は案内人に向けてウィンクした。
「……ストームじゃない」
「あなたではなくて? ストームの出現場所の近くに、あなたの目撃情報がいくつかありましたの」
セロのバックアップのためだ。彼を守り、助けるのが案内人の役目だった。だから、近くにいただけだ。
「……ストームは、自分が殺した……」
しかし、世間では、まだストームが生きているとされている。
悪人を次々と葬っているセロを、ストームだと誤解しているのだ。
「その通りですわ。なのに、二年前からストームの名が再び広まった。ストーム二世が現れたんですの」
「……みんなが勝手にそう呼んでいるだけ」
ストームの死を公表しないのは、その正体が帝国人だったからだろう。その事実が知られれば、マカローニ人の反感を買い、レジスタンスがさらに増えてしまう。治安悪化が加速してしまうのだ。
「おほほ、そうですわね。何にせよ、あなたには大量殺人の容疑がかかっていますの」
「人違い……目撃情報は、偶然……」
「かもしれませんわ。だって、他に容疑者が五十人以上もいるんですもの」
「だったら、どうして自分を……」
案内人だけが疑われることが納得できない。他の容疑者も同じように、捕獲するつもりだろうか。
「だって、あなたがこの国から消えたところで、誰も気にしないじゃないですの。それに、あなたと久しぶりにお話ししたかったんですわ」
正論だ。家族も親しい人もいない、案内人のような人間なら、いなくなっても誰も気に留めない。
「……でも、これは違法……」
本来なら、マカローニ警察本部に拘留されているはずだ。こんな廃ビルで監禁することは、事情聴取ではない。
「おほほ、わたくしはただのマッチョな警察官ではありませんのよ? 本国から派遣された秘密機関の人間。警察官は仮の姿に過ぎませんの」
筋肉を誇示するように、彼は両腕を曲げる。
「警察隊じゃ、ないの?」
「ええ。女帝陛下からは、どんな手段を用いてでも使命を果たすように、勅命を承っておりますの。陛下のおっしゃること、なされることは、すべて正義なんですわ」
「使命って……?」
「三年前も言ったはずですわ。ビバタイトを探していますの」
三年前から諦めることもなく、今もまだ探しているらしい。熱心なことだ。
「ビバタイトは……実在しない。調査団が……何年も探した……」
帝国の調査団が十年近く探していたが、見つからなかった。伝説上の鉱石だ。
「あのリオンが隠し持っていたなら、見つからなかったのも当然ですわ。それに、女帝陛下は調査団をご信頼なさられていませんの。だから、わたくしが代わりに探しているんですわ」
「……でも、自分には、関係ない……」
「本当にそうですかしら? かつてリオンの仲間だった、あなたが持っている可能性は、十分にあると思いますの」
三年前も同じようにこの警察官に疑われた。
本当は彼の言う通り、案内人はビバタイトの人形――セロと共に暮らしていた。今もあの廃工場の地下室で。
案内人は、セロと共にこの醜い国を変えようとしているのだ。