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インパーフェクト・ピース  作者: まんぜるら
第五章 『 EVIL 』
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【5-7】人形

 二日ほど経って、再び博士の屋敷へと赴いた。


 先日と同じように使用人に出迎えられて、研究室まで案内される。天井からつるされる照明が照らすのは、暗い色調の家具や実験道具などだ。重厚感のある部屋だった。

 机の上には、案内人が渡した設計図が置かれている。


「できたの……?」

「ああ。と言っても、僕がすることはほとんどなかったよ。これを組み立てていた人はとても優秀だったようだ」


 これで、ついに完成した。

 最初からここに来て、博士に作ってもらった方が早く完成しただろう。一年もの時間を無駄にしてしまった。


 人形はタキシードを着せられていて、顔は白く塗装されていた。頭にはシルクハットが被せられている。

 ただのゼンマイ人形だったものが、人間と遜色ない姿になっていた。


「この服はあなたの……?」

「裸じゃあ、寒そうだったからね。それに、あのままの姿じゃ街を歩けないだろう?」

「うん……でも、この服、高いんじゃないの?」


 この姿なら、街中を歩いていても人形だとバレないはず。

 しかし、人形に着せられているタキシードやシルクハットはとても高価なものだ。マカローニの国民には手が届かない。


「気にしないでくれ。これは僕のお古なんだ。フローラルな僕の体臭が染みついているから、人形君もきっと気に入るはずだ」

「……ありがとう」


 人形を完成させてくれただけでなく、塗装し、服までくれるとは太っ腹だ。


「ところで、お嬢さん。これを使って何をする気なんだい? 世界征服とか?」

「……悪党を懲らしめる。でも、殺してはいけない……」

「うーむ。それは難しいね。この設計図の理論によれば、この人形は人を殺す力を持っているよ」


 設計した旧政府は、この人形を戦争で兵器として使うことを想定していた。

 柔らかな関節機構が、戦闘での複雑な動きを可能にするそうだ。


「……殺せないように、出来ないの……?」

「出来ないことはないが、おすすめしないね」

「どうして……?」

「人形が反撃されて負けてしまったら、元も子もなくなる。わざわざ弱くする必要なんてないと思うんだよ」


 彼の考え方はアカサカとは違った。確かに、勇者が魔王に負けてしまったら、バッドエンドだ。そこで物語は終わってしまう。


「気にする必要はないよ。悪党を懲らしめるんなら、別に殺してもいいんだ。だって悪党だもん」


 博士は笑った。


「……殺しても、いい……?」


 アカサカは、他人の命を奪ってはいけないと言っていた。


「いいんだよ。悪い人をみんな滅ぼせば、誰も他人を傷つけなくなるんだから。そうしたら、誰もがスキップで街を歩くようになるだろうさ」


 博士は何度も頷く。


「滅ぼす……」


 あの本の主人公のように、魔王を――悪者を殺せば、この人形は勇者になるのだろうか。


「もしこれを量産できれば、世界中を平和にだってできる。旧マカローニ政府は、本当に素晴らしいものを残してくれたよ」


 博士は目を輝かせながら手をたたく。


 アカサカの考えは理想的で、ジェームズの考え方は現実的だと思った。

 本当に悪人を全員抹殺したら、どれくらいの人間が生き残るのだろうか。どれほどの悪人の死体が積み重なるのだろうか。少なくとも、案内人はこの人形に殺されてしまう。アカサカは案内人のことを優しい人だと言ったが、全くそんなことはない。案内人は、勇者に退治される魔王側の人間だ。


「さあ、英雄の生誕を一緒に見届けよう! 今日は歴史に残る一日になる!」


 彼は手のひらサイズの大きなネジを、人形の背中に差し込んだ。

 そして、ゆっくり、ゆっくりとネジを巻いていく。

 博士が差し込んだネジを外すと、人形の体がぴくりと揺れた。


「……動いた……」

「さあ、立ち上がるんだ、英雄君。新しい世界を切り開くために!」


 博士は拳を天井に突き上げる。


 それに応えるかのように、人形はゆっくりと立ち上がった。ぎこちなく首を動かして、周りを見渡す。


 本当に人形が自在に動いている。ぱっと見ただけでは、そこら中に歩いている紳士にしか見えないのに。


「僕が見えるかい? 僕はここにいるよ! サングラスをかけた利発そうな男が僕だ」


 人形の前に立ち、博士は飛び跳ねる。


「あなたは……」


 人形がぎこちなく口を動かした。人間の口腔と呼吸系を模した複雑な機構が、この人形には組み込まれているのだ。


「僕は君の親だ! 僕が君を作ってあげたんだよ」


 博士の言っていることは半分嘘だ。これを作ったのは、ほとんどアカサカの業績なのだ。

 にもかかわらず、まるですべて彼が組み立てたみたいな言いぐさに、案内人は少し嫌悪感を抱く。


「あなたはこれの製造者だ」


 人形は自身の胸に手を置く。しゃがれた声で人形は喋った。


「そうだ! 僕は製造者なんだ! そして、これからは僕が君の主だ! 僕の言うことにすべて従いたまえ。わかったかい?」


 博士は人形の両肩に手を置く。


「……どういう……こと?」


 勝手なことを口走る彼に、案内人は尋ねた。


「いやだなぁ、そんなに睨まないでくれよ。このサングラスが欲しくなったのかい? なら、あげるよ。たとえ何もなくたって、この人形さえあれば何でも手に入れることができるからね!」

「その人形は、あなたのものではない……」

「でも、君のものでもないだろう? これを最後に完成させたのは僕だ。ならば、僕がこれの所有者であるはずだ」


 ジェームズは、この人形を横取りするつもりらしい。

 だが、こういう展開も予見していた。案内人はナイフを取り出す。


「人形を……返して……」

「ああ、なんだ。君も相当な悪党――人殺しじゃないか。僕に人形を作らせておいて、用済みになったら抹殺するのかい? そんな人間が悪党退治なんて笑わせるね!」


 見下しながら、ジェームズは笑う。その通りだった。彼の言葉は否定できない。


「自分は悪人……。そんなの、知ってる……」


 たとえ、人形に殺されてもいい。

 ただ、大嫌いな今のマカローニを変える何かを生み出したかった。魔王を退治する勇者のように。


「この街には悪人しかいないよ。みんな自分のことしか考えていないんだから。でも、それが人間の本質だ。僕だって、君だって、そうだろう?」

「……」


 彼はきっと正しい。

 アカサカが掲げていた平和の実現なんて、夢物語に過ぎない。彼のような存在は極めてイレギュラーだ。大半の人間は、ジェームズの言う通り、自分のことで精いっぱい。


「君の偽善なんかのためだけに、この素晴らしい人形を使うなんてもったいない。僕なら、この子をもっと上手く使ってあげられるよ」

「何に使うつもり……?」

「そうだなぁ。まずはナイフを持ったおっかない人を、撃退してもらおうか。はっはっは!」


 ジェームズは案内人を見て高らかに笑った。


 しかし、人形はさっきから微動だにせずに突っ立っている。


「どうした? 僕がお前の主だぞ? このハンサムな男がお前の主だ。早くそこにいる女を殺してしまえ!」

「あなたはこれの製造者だ」


 先ほどと同じく、人形は自身の胸に手を当てた。


「分かっているよ。何度もそう言っているじゃないか。君はそれしか喋れないのかい?」

「しかし、そこにいる人もこれの製造者だ」


 人形は案内人を指さした。


「何を言っているんだ。製造者はこの僕一人だ! そして、君の主もこの僕一人――」


 人形はジェームズの顔をぶん殴った。その拍子に彼のサングラスが飛んでいく。


「な、何をするんだね!? 突然、人を殴るなんて狂っている! 親の顔が見てみたいよ!」


 殴られた頬をさすりながら、ジェームズは怒鳴った。


「人間。認識を大きく間違っている。これの所有者はお前ではない」


 人形は、もう片方の頬に博士に拳を振った。

 博士は床にしりもちをつく。


「……わ、分かった。分かったから、とりあえず話し合おうじゃないか」


 また殴られまいと、ジェームズは床で頭をかかえてうずくまった。

 人形はその背中を何度も踏みつける。


「これはお前の私欲を満たすものではなく、マカローニの平和を実現するために作られたものだ」

「はいぃ! その通りです! 僕が間違っていましたぁ!」


 情けない声で、ジェームズは嘆く。

 案内人はその様子を何度も瞬きしながら、見つめていた。人形が人間を殴っている。とても非現実的な光景だ。


 ジェームズを人形が踏みつけていると、後ろから声が聞こえた。


「博士に危害を加えるのなら、出て行ってください。さもなくば、こちらも暴力を行使します」


 振り向くと、その声の主が先ほどの使用人だと分かった。

 彼女は研究室に入ってきて、人形に銃口を向けている。


「そ、そうだぞ! おとなしく出て行け! こんなポンコツ人形はもういらないね!」


 床にうずくまりながら、博士も叫ぶ。


「そこの人。銃を下ろしてくれ」


 使用人の方を向いて、人形は言った。


「あなたたちの行動次第です。それ以上、博士に暴行を続けるようなら、私は引き金を引くでしょう」

「分かった。暴行をやめよう。だから、お前も銃を下ろしてくれ」


 そう言いつつも、人形はこちらへ歩いてきた。


「止まってください。あなた方がこの屋敷を出るまで、私は銃を下ろしませんから」

「お前が発砲する可能性がある。平和のために銃を下ろしてくれ」


 人形は歩みを止めない。案内人の横を通り過ぎて、後ろにいる使用人のもとへと近づいていく。


「来ないでください! そこで止まりなさい!」


 後ろで使用人は声を張り上げる。それでも人形は歩みを止めない。


「銃を下ろしてくれ」


 人形は強い口調で言った。


「止まれぇぇぇ!!」


 叫びながら、ついに使用人は発砲した。


 一発の銃弾が人形に当たった。

 せっかくもらったタキシードに穴を開け、銃弾は心地よい金属音と共に床へ落ちた。

 人形は何事もなかったかのように歩き続ける。


「銃が効かな、い……?」

「そっ、そいつの体は鋼鉄でできているんだ! 銃じゃ、止められないんだよ」


 博士は歯を食いしばった。


「そんな……先に言ってくださいよ……」


 使用人は後ずさりながら、二発、三発と発砲する。

 しかし、人形はひるまない。無意味だと判断した彼女は、案内人に銃口を向けた。

 人形の歩みは止まる。


「それ以上、来ないでください! こっちの女は人間でしょう? 殺されたくなかったら、早く出ていって!」


 鼓動が高まる。頑固そうなこの人形が、おとなしく彼女の言葉に従うとは考えにくい。

 案内人の命もここまでかもしれない。


「動くんじゃないよ、人形? 君の望む平和のためだ」


 博士はゆっくりと告げた。


 次の瞬間、後ろから銃声がした。

 しかし、案内人には当たらず、研究室の天井に当たった。


「これの思考によれば、人を殺そうとする人間は、平和の実現を妨げる。だから、懲らしめないといけない」


 いつの間にか、人形は使用人の頭を床に押さえつけている。使用人の銃は、人形に取り上げられていた。信じられない速さで、銃を持つ使用人のもとへ接近したのだ。人間にはどうあがいてもできない動きだ。


「ぐっ……離し、て……」


 人形に、上から床へと頭を押さえつけられている使用人は、痛々しいうめき声をもらした。


「そこの人、教えてくれ」


 人形はこちらを見て言った。彼は案内人に問いかけている。


「……何を?」

「人を殺す悪人は駆除すべきだろうか、それとも生かしておくべきだろうか。どちらが、より平和に貢献できるだろう?」

「それは……」


 案内人は答えに窮する。そんなことはこっちが教えてほしいぐらいだ。


「アカサカ・コゴロウは言っていた。悪人がいなくなれば平和になると。リオン・キャニオンは言っていた。甘ったれた考えじゃ、何も変えられないと」

「どうして……あなたがそれを……?」


 アカサカも、リオンも既に死んでいる。この人形が、彼らを知っているはずがない。


「知っているとも。バラバラのパーツでしかなかったときから、これはお前たちの声を聴いていた。しかし、今それは重要ではない!」


 人形は使用人を押さえつける力を強めた。


「あぁぁあ!!」


 使用人は悲鳴を上げる。


「判断するための経験と知識が、これには不足している。だから、あなたに決めてほしい」


 他人を殺そうとする人間たち。彼らにどんな罰を与えるべきか。


 彼の言っていた通り、悪人がいなくなれば、この国は平和になる。アカサカは悪人でも命を奪ってはいけないと言っていた。

 しかし、悪人が生きている限り、争いや犯罪は絶えないだろう。甘い考えでは、平和はなし得ない。勇者が必要なのだ。


「……平和な世界に、人殺しは生きていてはいけない」


 ゆっくりと、そしてはっきりと、案内人は告げた。


「そうか。人殺しは消さねばならないのだな」


 案内人の言葉を繰り返した後、使用人から奪った銃で、人形は床に押さえつけた彼女の頭を撃つ。人形の体や床を、血の色が彩った。


「ひ、ひぃぃ。化け物! この人殺しぃ!」


 ジェームズは部屋から、よろめきながら逃げ出していく。


 まるで風のような速さで、人形は追いつき、ジェームズは捕まった。

 人形は彼の首を締め付ける。


「お前も、これにこの人を殺そうと命令したな?」

「ご、ご、めんな、さい……」


 彼は涙を流しながら、手足をバタバタとさせる。


 グキッという鈍い音が鳴ると、人形は博士を離した。

 すると、博士はだらりと床に崩れ落ちた。


 人形が、人間を殺した。その事実を目にして、背筋に冷たいものが走った。


「さあ、終わった。これでよかったのだろうか?」


 彼はこちらを向いて尋ねた。


「……うん。少しは平和に、近づいた……」


 案内人はうつむきながら言った。


 大丈夫だ。悪人を二人殺したところで、誰も困りはしない。

 むしろ、この街にとってはプラスになる。


「だが、この男が言っていたように、これも人殺しだ。そして、あなたも……」


 案内人が人を殺したことがあることも、なぜか人形は知っているようだ。


「……自分も人殺し。だから、消えるべき存在」

「覚悟はできているのだな?」


 人形は案内人の前に立ち、見下ろした。今度は案内人の番だ。ついに退治される時が来た。


「もちろん……」


 人形は案内人の首にそっと手を伸ばす。

 案内人はゆっくりと瞼を閉じた。冷たい両手が首に伝わる。

 しかし、人形は先ほどのように力を入れない。


「なるほど、アカサカ・コゴロウの言う通りだな。あなたからは、悪意を感じない」

「え……?」


 大きく開いた目で、人形を見上げた。

 案内人の首から人形は手を離す。


「平和が実現するまで、これは壊れるわけにはいかない。そして残念ながら、あなたにはまだ役目がある。

これの製造に関わった、唯一の生き残りとして」

「どういう、こと……?」


 確かに、案内人は人形の一部の機構を組み立てた。全体の一割にも満たないほどだが。


 そして、設計者である旧マカローニ政府の研究者たちをはじめ、人形の開発に携わった人間は、全員死んでしまった。


「第一に、この人形はゼンマイによる燃料供給が必要だ。そのためには、誰かに背中にネジを巻いてもらわなければならない」


 ネジを巻かねば人形は動かない。どんなに優秀でも人形には変わりない、ということか。


「自分で巻けないの?」

「ダメだ。人間と違って、腕が後ろに回らないのだ」


 人形は後ろに腕を回そうとするが、背中より後ろには腕が回っていなかった。誰かが巻かないといけない仕組みになっているらしい。


「第二に、これに故障、誤作動が起きた場合、修復してくれる人間が必要だ」


 人間でいうと、病気になったときに看病をする人間が必要ということか。案内人は機械に詳しいわけではないので、彼が壊れても直せるかどうか分からない。


「……自分が、あなたを管理しないといけないの……?」

「当然だろう。これは人間のサポートを前提として設計されている。その役目を担うのは、これの製造者だ。これのマザーだ」


 まだ生き続けなければならないのか。

 しかし、この人形がマカローニを変える瞬間を、この目で見られる。そう考えれば悪くない。


「……変な人形」


 案内人はつぶやいた。


 銃の音を聞きつけて警察隊がやってくるかもしれない。案内人と人形は、設計図を回収し、早々に屋敷を去った。


 色々とあったが、アカサカとリオンの無念であった、人形の完成は果たした。


 この日から、案内人と人形――後にセロと名付ける人形による、人殺しの断罪が始まった。

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