【5-6】博士
リオンとアカサカが死んでから、一年ほどが経過した。
警察隊の公表により、平和連盟の仲間たちはみんな逮捕されたことが分かった。彼らはリオンやアカサカと共に、レポソ村にある孤児院の近くに埋葬されている。
穴蔵でゼンマイ人形を組み立てる日々が続く。設計図が残されていたのが幸いだった。
アカサカはわずか四か月ほどで、全体の作業工程の九割を終えていた。案内人だけでは一年たっても、残り一割を埋められずにいる。
やはり、専門家の力が必要だ。
そこで、以前にアカサカが言っていた帝国人の発明家を訪ねることにした。名は確かジェームズ博士だ。
レンガ造りの大きな家が立ち並ぶ高級街へと赴いた。
人形を運ぶために、廃工場にあった古びた手押し車を利用した。もう何年を使っていないので、キィキィと車輪が回るたびに甲高い音が鳴る。布をかぶせて、人形が外から見えないようにした。
街の人々に、博士がどこに住んでいるのか尋ねた。そうして、博士の住んでいる屋敷へとたどり着いた。
呼び鈴を鳴らすと、本人ではなく使用人が出てきた。
「ジェームズ博士はここに……?」
「失礼ですが、あなたはどういった御用件でここに?」
「……作ってもらいたいものが……」
「博士は研究で多忙の身です。お引き取り願います」
使用人は丁寧にお辞儀した。
「で、でも……」
ようやくここまで来たのに、追い返されては、たまらない。どうにか博士と会う方法はないかと、考えを巡らせていると、屋敷からもう一人の人間が出てきた。
「僕にお客さんなんて珍しいね」
サングラスをかけた白衣の男だ。
「博士……」
「追い返さなくていいよ。話ぐらい、聞いてあげようじゃないか」
「はい、博士がそうおっしゃるのなら……」
使用人は後ろへ下がり、家の中へと戻っていく。
白衣の男が案内人の前に立った。
「やあ、僕はジェームズ。子どもの頃のあだ名はクソメガネだ。年配の技術者たちを論破してやったら、そう呼ばれるようになった。以来、僕はメガネを外して、サングラスをかけるようになった」
流れるようにスラスラと言って、ジェームズ博士はサングラスを持ち上げる。風変わりな人だ。
「……あなたに見せたいものが、あるの」
「それは楽しみだ。手品でも披露してくれるのかな?」
案内人は手押し車にかけてあった布を取り払う。
布の下から現れたものを見て、ジェームズは目を見開いた。
「お、おお……本当に手品じゃないか……。どうやって、こんなものを作ったんだ?」
近づいてきた彼はサングラス越しに、まじまじとゼンマイ人形を見つめる。
「自分じゃなくて、知り合いが……作った……。でも、その人は死んでしまったから……」
「なるほど。志半ばで亡くなられたんだね。さぞ、無念だっただろう」
「うん……だから、あなたに完成させてほしい……」
案内人は設計図の束をジェームズに渡す。
彼は設計図にかじりつき、目を高速で左右に動かす。ものすごい速度で、設計図の束をめくりながら読んでいく。
「そうか! この人形はビバタイトで構成されているのか! 僕はずっと手にしたかったんだよ! 伝説の鉱石・ビバタイトをね」
鼻息を荒くしながら、彼は言った。
「……そう」
帝国人の発明家がなぜこの小さな国に滞在しているのか、疑問だった。彼は今までビバタイトを探していたようだ。
「ビバタイトを使って人形を作るなんて、素晴らしい発想じゃないか! 喜んで引き受けさせてもらうよ」
ジェームズは設計図の束を胸に抱きしめた。
「……でも、この人形のことは……まだ誰にも言わないで……」
「ああ、もちろんさ。こんなすごいもの、総督府にでも見つかったら取り上げられてしまう」
話が通じる人で助かった。彼ならば、ちゃんとこの人形を完成させてくれるだろう。
「どうぞ、上がってよ。狭い家で恐縮だけど」
人形を入れた手押し車を押しながら、博士は家の中に入っていった。
案内人もその後に続く。
どこが狭い家なのか疑問に思っていたが、中に入ってみるとその意味が分かった。広い屋敷は、本や工具がちらかっていて足の踏み場もない。彼が発明したと思われる、変な機械がたくさん置いてあり、家の中の面積を狭くしていた。
使用人に出された紅茶をリビングで飲みながら、ぼーっと窓から外を眺めていた。
たまに帝国軍人の姿を見かける。近くに総督府や軍事施設があるので、よく徘徊しているのだ。マカローニの中では比較的、平和な場所だった。




