【4-7】強者
薬屋は木造二階建ての小さな店だった。
坊主の青年は薬屋の前にしゃがんでいた。
背はバルデナスよりも高く、肩幅が大きい。腕が太く体格もよく、目つきが鋭かった。彼に声をかけようとする人は、なかなかいないだろう。見ただけで、喧嘩慣れしていると分かった。
しかし、顔に幼さが残っていた。おそらく、バルデナスより年下だ。
「あいつ、薬屋の前でスリをしようとしているのさ。さっき犯行の瞬間を見て、ジニーが注意したのさ。そしたら、あいつが怒って……」
逆上して、殴ってきたのか。はた迷惑な奴だ。
「よぉ、そこの兄ちゃん。そんなところに座っていたら、お客に迷惑だぜ?」
バルデナスはためらわず彼に話しかけた。ミサは後ろに隠れて、バルデナスの服をつかんでいる。
「なんすか、あんた?」
ギロリと目を向けて、今にも噛みついてきそうな形相でにらんできた。
「端的に言えば、オレは強い男だぜ。オレの友達がずいぶんと世話になったみてぇだな?」
そう聞いて、青年は後ろにいるミサの存在に気づいたようだ。
「あぁ、さっきのドブネズミっすか。あなたのお友達、声が気持ち悪いし、臭いから近づけないでくれます?」
青年は鼻をつまみながら、しっしと右手で払った。
「それは勘違いだぜ。お前の耳が悪いのと、息が臭いからだ」
バルデナスがそう言うと、坊主の青年は静かに立ち上がった。
「なるほど、あなたも僕に殴られに来たんすね。いいっすよ、年上だからって容赦しませんから。僕も、強いんで」
拳を鳴らしながら、彼は言った。
「そっちこそ、年下だからって手加減なしだぜ? オレ、とってもむかついてるんで」
バルデナスはにやりと笑った。
「僕も同じっす!」
彼はバルデナスに殴りかかってきた。迫力だけはあるが、彼のパンチは空を切るばかり。拳を相手の顔面に当てるのは、意外と困難だ。
対して、避けることはさほど難しくない。青年の動きが鈍いからだ。
逆にバルデナスが拳を振るうと、簡単に青年に当たる。
それでも、彼のように力強いパンチはできないので、ノックアウトするには、彼を十五回ほど殴る必要があった。
そうして勝負は決した。
薬屋の中にいた客も、騒動が収まると、目を伏せながら出て行った。
「ふぅ、疲れたぜ」
乱れた服を整え、バルデナスは痛んだ拳をさする。
「す、すごいのさ! 圧勝なのさ!」
「それは言い過ぎだぜ。端的に言って、なかなかしぶとい小僧だった」
五分ぐらい殴っていただろうか。殴られても、彼はサンドバッグのように何度も立ち上がってきた。体格が大きい奴とはいえ、彼は自分より年下なので、勝っても格好はつかない。
しかし、これでこの青年も品行を改めるようになるだろう。
「救世主さんはすごいのさ! 早くアタイも救世主さんみたいになりたいのさ!」
ミサは目を輝かせて、こちらを見上げている。
「お、おい、私の息子に何をしているんだね!?」
怒鳴り声が聞こえた。声がした方を向くと、神父が顔を赤くして立っていた。三か月前に会った、あの神父だ。
「お前の息子だったのかよ。この父あって、この息子か。納得だぜ」
「貴様は教会にいた、あのときの……! この薄汚い帝国人め! 警察官を買収していたんだろう!?」
彼もバルデナスのことを思い出したようだ。
「さあてな。そんなこと、記憶にないぜ」
「とぼけるな! 神の御加護の元、私自らが貴様を断罪してやる!」
神父は懐から銃を取り出した。そして、バルデナスに銃口を向ける。
「落ち着けって、神父。聖書じゃオレに敵わないからって、拳銃なんか似合わないものを持ってくるなよ」
三か月前は、リオンの手下が拳銃を密売していた。おそらく、警察隊から奪い取ったものだろう。
リオンたちが売りさばくせいで、マカローニは無法地帯だ。奪われる間抜けな警察隊の方が悪い気もするが。
「黙れ! 動くんじゃないぞ……。私の手元が狂って、そこのお嬢ちゃんに当たったら大変だからねぇ……」
彼は血走った目で笑う。神父との距離は十メートルほど。一切の油断を許さない状況だ。
早撃ちは得意ではないので、バルデナスが銃を引いても間に合わない。
だが、彼が戦い慣れしていない素人であったことが幸いだった。
「いいのか? あそこで警察官が見ているぞ?」
バルデナスは神父の右後ろを指さした。
「何だと!?」
神父は微塵も疑うことなく、指された方向を振り向く。
次の瞬間、一発の乾いた音が響いた。
後ろを向いた神父に、銃弾が命中。
ヘッドショットだった。
「し、死んじゃった、のさ……」
震える声でミサは言って、バルデナスから離れ、地面に座り込んだ。
彼女がバルデナスを見た瞳からは、恐怖が感じられる。
犯罪の多い街だが、人が人を殺す瞬間を直接見るのは、初めてだったのかもしれない。
だが、さすがにチクリと胸が痛んだ。彼女は今までと同じ目で、バルデナスを見ないだろう。
「ミサ。強さっていうのは、こういうことでもあるんだ」
「これが、強さ?」
「そうだぜ。単に相手を屈服させるだけじゃ、足りないときもある。今みたいに自ら手を汚さないと、生き残れないときがな」
銃口を向けてくるものには、ためらってはいけない。
そうでなければ、こっちが撃たれてしまっていた。バルデナスは、まだ死んでやるわけにはいかないのだ。
リオンを、この手で屠るまで。




