【4-3】教会にて
アレスによると、リオンたちは潜伏先をあちこちに変えるとのことだった。
今、彼がどこにいるのかは不明だ。なので、手当たり次第に探すしかない。
アレスについて行き、たどり着いたところは小さな教会だった。以前、何人かの平和連盟のメンバーが潜伏していた場所らしい。
リオンたちがいるかどうかは分からないが、念のために銃を手に取った。
両開きの扉をそっと開ける。
ぎぃぃと、きしむ音を立てながら扉は開いたが、中には人の気配がしない。
「リオンちゃーん、いるなら出ていらっしゃーい!」
アレスは間延びした太い声で、教会の中に呼びかける。だが、返事はない。
「誰もいねぇみたいだぜ」
銃を下ろそうとすると、祭壇の裏側で物音がした。
バルデナスはそちらに銃を向ける。
「どなたか、そこにいらっしゃるのね。早く出ていらっしゃい!」
図太い声が教会内に響く。
おどおどと祭壇の裏から姿を現したのは、四人の子どもたちだった。見たところ、十代前後だろう。薄汚れた無地のシャツを着ている。ズボンやスカートには、数か所のほつれが見られた。貧民層の子どもたちだ。
「なんだよ、ガキ共か……」
バルデナスはため息をついて、ホルスターに銃をしまった。
この狭い教会では、祭壇以外に隠れられる場所はない。木でできた古びた机と細長い柱があるが、大人は身を隠せられない。
子どもたちは身をこわばらせながら、アレスとバルデナスを見ている。
「あらあら、そんなに怖がらなくてもよくってよ? わたくしは街を守るスーパーヒーロー・警察官なんですから」
ニコニコと笑顔を浮かべるアレスだったが、子どもたちはまだ警戒を解かない。
「お前らはこんなところで、何をしているんだぜ?」
今度は、バルデナスが彼らに訊いた。
「ここはアタイらの家さ! 早くここから出て行くのさ!」
おさげヘアーの少女が、他の三人の子どもたちを守るように、前に出て両手を広げた。後ろには二人の少女と一人の少年がいた。みんな十代前後に見える。きっと、家のない孤児たちだ。
だから、ここをねぐらとしているのだろう。
「ここは神聖な祈りの場所。あなたの家ではありませんわ。そんなことを言っていたら、バチがあたりますわよ?」
「神様なんているわけないのさ! 教会にわざわざ祈りに来る人なんて、この街にはいないのさ!」
アレスが叱ると、おさげの少女だけが言い返した。彼女の足はぶるぶると震えている。アレスの巨体に圧倒されているようだ。
「そうですわね。でも、それがここに住んでいい理由には――」
アレスが言いかけると、くぅーと間の抜けた音がした。おさげの少女の顔はみるみる赤くなっていく。彼女たちはお腹がすいているのだろう。
「少し、待ってるんだぜ」
バルデナスは教会から出て行く。向かったのは、近くのパン屋だ。ブラウンパンを四つ買った。
そして、再び教会へ戻ると、子どもたちが教会の隅で縮こまっていた。
ポロシャツを脱いだアレスが、筋肉を見せつけるように、ポーズをとっている。
「おい、何してるんだ? お前」
「子どもたちを和ませようと、自慢の筋肉を披露していたんですのよ? ですのに、なぜか怯えてしまって……」
「お前を怖がっているんだぜ。そんなものを見せつけて、子どもが喜ぶとでも思っているのか?」
「失礼ですわね。筋肉はとっても偉大ですのに」
と言いながらも、筋肉警察官は次々とポーズを変えていった。バルデナスはそんな彼を無視して、子どもたちに近づく。
「こっちに来るんじゃないのさ! お前もそこの変態の仲間なのさ!」
両手を広げ、おさげの少女は他の子どもたちを守る。
「そんなわけないだろ。とりあえず、腹でも満たして落ち着いたらどうなんだぜ?」
四つのパンが入った紙袋を彼女に渡す。おそるおそると受け取り、少女はその中身を確認する。目を丸くして、バルデナスの顔をまじまじと見つめた。
「これ、アタイらに?」
「そうだ。残さず、ちゃんと食べるんだぜ」
子どもたちに背を向けて、バルデナスは教会の出口へ歩き出す。
後ろから声が聞こえてきた。
「ありがとうなのさ!」
「ああ」と短く答えて、バルデナスは教会を出た。
外に出ると、辺りは暗くなっていた。
「この国の人たちとは関わらないと言っていたのに、ずいぶんと優しいんですのね。まるで紳士みたいですわ」
アレスは微笑みながら、こちらを見てくる。
「そう言うお前は、ただの変質者だったじゃないか」
「わたくしなりにあの子たちの警戒を解こうとしたんですわ。でも、子どもの相手をするのは、あまり得意ではありませんの」
「悪者を捕まえることだけが警察隊の仕事なのかよ? 身寄りのない子どもたちに食い物を与えてやるのは、本来ならオレじゃなくて、お前らがやるべきだぜ」
ここは子どもたちだけで生きていくには過酷な国だ。
「わたくしは警察官ではありませんけど、その通りですわ。飢えた子どもたちは、よく他人から奪おうとしますの。空腹は泥棒の始まりですわ」
子どもに限った話ではない。職につけず、食い倒れそうな大人もこの街では少なくない。
「だったら、あの中に住むぐらい見逃してやれ」
「あの場所はかつて逆賊が潜んでいた場所ですのよ? そんなところに、子どもたちがいつまでもいては危険ですわ」
「でも、あそこ以外に休めそうな場所はないじゃねーか」
本国では、家のない人たちは労働者の宿舎や橋の下に住んでいた。
しかし、このマカローニにはそういった場所は少ない。路上で寝ている人がちらほらと見受けられる。
「ええ、そうですわね。孤児院でもあれば助かるのですけど」
首都に孤児院はない。それどころか、子どもたちが遊べるような場所も少ないようだった。それを作るのは総督府の仕事だ。
「暗くなってきたぜ。リオンは夜になったら出てきたりしねぇのかよ?」
夜になると、物騒な連中が増えてくる。バルデナスもしばしば銃を突きつけられて、金品を寄こせとねだられることがあった。
しかし、夜になっても平和連盟はまったく姿を現さない。
「彼らは神出鬼没ですわ。ここ数年は表に出て暴れたりしませんもの。組織の規模が縮小していったからでしょうね」
「そうなのか?」
「現実を見るようになって、リオンのもとを離れたメンバーが少なくないんですの。戦争が終わってから十七年も逃げているのですから、当然ですわね」
確かに、そんなにずっと逃げていたら、普通は疲れ果ててしまうだろう。
「端的に言えば、じれったいぜ。今すぐ見つけ出してぶっ殺してやりたいってのに」
もどかしくて耐えられない。
「せっかちな殿方は嫌われますのよ?」
「お前なんかにはオレの気持ちは分からねぇよ。今すぐ殺したい誰かがいる人間の気持ちなんて」
「あら、心外ですわね。わたくしだっていますのよ。でも、その人は殺すと面倒な立場にいますの。だから、必死に我慢しているんですわ」
「そりゃあすごいぜ」
ずいぶんと忍耐強い。バルデナスには到底真似できそうになかった。
「あなたも我慢してくださいましね? わたくしは生きたリオンに用があるんですの」
「分かってるぜ。勝手に殺さねぇよ」
口ではそう言ったが、見つけたら即座に殺すつもりだった。アレスには悪いが、リオンの首しか眼中にないのだ。
「ところで、あなたはどこで寝泊まりしているんですの?」
「宿場だぜ。そろそろ金も底を突きそうなんだけどな」
マカローニの宿場の宿泊料は本国の二倍以上だ。
このままでは、ホームレスと同じ生活をおくらなければいけなくなる。リオンを早く見つけ出そうと焦っている、理由の一つでもあった。
「無料で宿泊できる、いいところを紹介してあげましょう。ついていらっしゃい」
アレスは歩くスピードを速めた。
このマカローニで無料で宿泊できる場所なんて、すぐには思いつかなかった。胡散臭い話だ。
いったいどんな場所を紹介されるのやら。
あまり期待せずに彼について行った。




