【1-3】生命の鉱石
両替所に行って、通貨をゴールドの硬貨に替えてもらうと、巾着袋が軽くなった。この国の通貨は一単位の値が高価なのだ。
かつて、この国が帝国に支配される前の通貨は廃止され、帝国の通貨であるゴールドに置き換わった。
お金だけではない。昔は小さな田舎町ばかりだったこの国は、戦争に負けた後、近代化が行われた。
「田舎町には、まだ昔の建物がいっぱい残ってる……」
この国の現状について、案内人の女は淡々と語ってくれた。厳しい労働条件や貧富の差が、治安の悪さの温床となっているらしい。どこの国でもある話だ。
「あっしは田舎っぽい方が好みですねぇ。ここは空気が悪くていけねぇ」
「うん……。でも、仕方ない……」
帝国による近代化は悪いことばかりではない。二十年前に比べて、新しい建物が増えた。今はまだ首都圏だけだが、ゆくゆくは街の外にある荒野にも開発が及んで、工場や近代的な家屋が増えていくだろう。
それでも街の人たちの顔が暗いのは、彼らの元々の文化を、外国につぶされたからだった。
「ここだけに限った話じゃないですからねぇ」
大西方帝国の侵略地は、増え続けていくばかりだ。
「不幸な世界……」
「学者の人たちが、画期的な発明をしてくれたらいいんですがねぇ……」
環境にやさしい発電方法を編み出してほしい。
「誰もそんな余裕ない……。みんな生きるのに必死……」
「おっしゃる通りで」
この国で起きる犯罪の多くが、食欲や物欲によるものだった。働き口が見つからず、飢餓に陥っている人間が、他者から物を奪うのだ。ときには、命までも。
話しながら歩いていると、時計屋が見えたので立ち寄った。案内人は時計には興味がないので、店の外で待っているらしい。
「らっしゃいっす」
店内に入ると、坊主の若い店員が新聞を読みながら短く言った。
布を被せた木箱の上には、商品の腕時計が並んでいる。他の国では、あまり見られない珍しいものだ。金ぴかに輝く時計も置いてあった。
「おっと、ずいぶんと高そうな時計で」
「金や銀。中には、生命の鉱石と呼ばれているものもあるっす」
「生命の鉱石ですかい。でも、実在はしないんでしょう?」
ビバタイトと呼ばれる鉱石は他の国でも有名だ。生き物のように、命を宿した鉱石と言われている。
かつて帝国の調査団が、十年間ほどマカローニ中を探し回ったが、見つからなかったらしい。誰も見たことがない、伝説上の代物だった。
「そうっすね。本当にあったら、生命の鉱石で作った時計も売り出すっす」
「そりゃあ、おもしろそうだ。しかし、あっしにとっちゃあ、金ですら手の届かない代物だ。普通ので我慢しますぜ」
一番安価だった木製のものを手に取った。
0.25はコートのポケットから巾着袋を取り出し、新しく両替した百ゴールドを店員に差し出す。
「毎度あり」
さっそく右手首に時計を巻き付けた。安物なので、重量感は感じない。だが、アクセサリーとしても、実用面でも使える素晴らしい代物だ。いい買い物をした。
「ときに、店員さん。一万ゴールドの賞金首をご存じで?」
「ああ、三年前から賞金がかけられているアレっすね」
坊主の若い店員は歯ぎしりをしながら、新聞を持つ手に力を入れた。賞金首に何か恨みがあるのかもしれない。
しかし、三年も逃げているとなると、既にマカローニを出た可能性も十分に考えられる。
「期待薄ですかねぇ?」
「サルーンにでも行ってみれば、何か知っている人がいるんじゃないすか? ここから時計台の方へまっすぐ行くと、たどり着けるっす」
酒場か。サルーンは普通の酒場と違って、賭博などもできる施設だ。そのため、人も集まるからちょうどいい。
店を出て、さっそくそのサルーンへと向かう。
「いつか、お高い時計も着けてみたいもんですねぇ」
買ったばかりの木製の腕時計を眺めながら歩く。
「……時計なんて、必要ない」
案内人は前を向きながら言った。
分厚い雲の向こうにおぼろげながら見える日の傾きや、時計台によって、おおよその時間は把握できる。時計は必需品ではない。
それでも、時計のチクタクと繰り返される、針の音が好きだった。
「オシャレってやつですぜ。巻いてるだけでかっこいいでしょう?」
0.25は案内人に時計を見せびらかす。
「変なの……」
彼女はちらりと見ただけで、興味もなさげだった。時計の魅力を理解してもらえなくて残念だ。
「案内人さんは着けてないみたいですねぇ?」
「時間なんて、どうでもいい……。暗くなったら眠る。明るくなったら起きる……」
なんとも野性的な生き方だ。だが、それは0.25も同じだった。
「違いねぇ。それでこそ人間ってもんです。おっと、何やら人が多くなってきたようですねぇ」
街道に十人ほど群がっていた。妙な匂いも漂ってくる。おそらく血の匂いだ。
「また……死んだ」
不吉なワードに少し身構える。
「死んだ?」
「ここに、ストームが……やってきた……」
つまり、これは一万ゴールドの賞金首が起こした事件というわけだ。
血の匂いも漂ってくる。
0.25は匂いの源に近づいて行った。
血に染まった街道に、二人の男が倒れていた。二人とも胸を撃ち抜かれている。争った痕跡はなく、銃弾も見当たらない。
「相手は気づかれずに、この人たちを仕留めたようですな」
「……いつものこと」
「なかなかに腕が立つようで。ストームですかい……」
どのような人物なのだろう。なぜこの二人を殺めたのだろう? 疑問は絶えないが、0.25の探し人――ストームが、まだマカローニにいると分かった。それも、おそらくこの辺りに。
「ストームが撃つのは、他人を殺した悪人だけ……」
「そりゃまた、なぜ?」
「さあ……? ストームは人間じゃなくて、嵐だから……」
聞かれても困るといった様子で、案内人は曇り空を見上げた。
果たして、この二人は悪い人だったのか。