【4-1】肉食獣
三年前のマカローニ。
この国は、相変わらず誰も住んでいないかのように静かだ。
以前来た時よりも開発が進んでいるため、道路はしっかりと整備され、建物も増えている。段々と故郷の街に近づいているのが、なんとも憎たらしい。
マカローニは大嫌いな街なのに。
「空気がまずいぜ」
大西方帝国から、遥々とこの小さな国に来て、もう二か月も経つ。
今日も人探しのため、バルデナスはマカローニの首都をぶらついている。ほどよく引き締まった体型が、レザーベストとよくマッチしていた。
お探し中の人物は未だに見つからない。なにせ、探している男はお尋ね者だ。簡単に会えるわけがない。
(どこにいるんだぁ? リオン・キャニオンさんよぉ……)
大通りに行き交う人々を睨み付ける。荒野で餌を探しているときの肉食獣は、こんな心情なのだろうか。
すれ違う人々は目を背けたり、顔を伏せる。
通りかかった店から、男たちの会話が耳に入ってきた。そこは小さな雑貨店だった。店主と思われる男は、柄の悪い男二人組に囲まれていた。一人は眼帯をしていて、もう一人は百八十センチほどの高身長だ。
「困りますよ、お客さん。うちにはお金がないんです」
「シッシッシ! 払えないんなら、銃は売ってやらないんだし。最近は物騒になってきているから、銃がないと困るんだし?」
「ストームに襲われたら、どうするんだ? 身を守る道具はあった方が安心だろう?」
二人の男に説得され、店主は渋々ながらも口を開いた。
「……わかりました。平和連盟の方々には、いつもお世話になっていますから」
その言葉を聞き、バルデナスは思わず立ち止まった。
平和連盟と言えば、リオンが率いている反帝国組織だ。
「軽々しく連盟の名を出すなし! もし警察隊に聞かれたらどうす――」
店の前に立っていたバルデナスを見て、男は言いかけていた言葉を飲み込む。
やがて、にやつきながらこちらへ近づいてきた。
「そこの美青年。ちょっと、シシたちとお話するし。ここじゃ、人目があるから場所を変えるし」
黒いコートを着た身長の高い男は、バルデナスの肩に手を置いた。
「馴れ馴れしくさわるんじゃねぇぜ。さっさと着いてきやがれ!」
汚らわしい手を払い、スタスタと人通りの少ない場所まで歩いて行く。
手っ取り早く、拳か銃で解決しよう。この街で柄の悪い人間に絡まれたら、九割以上の確率で、話し合いでは解決しない。
「あいつ、生意気だし! あの整った顔をぐちゃぐちゃにしてやるんだし!」
怒りをあらわにしながら、二人の男たちはバルデナスを追いかけた。
建物に囲まれ、ひとけのない場所になると、男たちの方に振り返る。
「ここら辺でいいだろ。さあて、教えてもらおうか。お前らの親玉・リオンの居場所をよぉ」
「何? それを知ってどうするつもりだ?」
眼帯をつけている男が尋ねてきた。
「端的に言えば、この手でぶっ殺すためだぜ」
バルデナスがそう言うと、二人は手をたたいてゲラゲラと笑う。
「お前は相当なバカなんだし! あいつより強い男なんて、このマカローニにはいないんだし! 誰も敵わないんだし!」
「こいつ、きっと外から来たんですよ。だから、あの人がどれだけ強いか知らないんだ」
彼らのあざ笑う顔を見ていると、虫酸が走る。
「笑うんじゃねぇ。さっさと、奴の居場所を教えやがれ!」
「お前、さっきから偉そうなんだし。まずは正しい上下関係をシシたちが教えてやるんだし」
身長の高い男が殴りかかってきた。彼の動きは大して早くもない。さらりと横に躱せば、簡単に避けられた。
そして、その隙に男の体を蹴り飛ばす。彼の体は大きく吹っ飛び、もう一人の眼帯男に激突した。
腰のベルトにかけているホルスターから銃を引き抜き、地面に倒れる彼らに向ける。
「これが正しい上下関係だろ? わかったら、早くリオンを呼びやがれ!」
「な、なんでお前の言うことなんか――」
素早く撃鉄を起こして、地面に向けて引き金を引く。重低音の乾いた音が響き、男たちは黙り込んだ。
「あんまりオレをイライラさせるんじゃないぜ。お前らも、先週のあいつらみたいになりたいか?」
「お、お前……まさか……」
眼帯の男が震えた声で言った。
「あの噂の殺人鬼……ストームだし? 標的になった奴らのほとんどは、頭を撃ち抜かれたっていう……」
殺人鬼とは人聞きの悪い。殺したのは、金目当てで絡んでくる無法者たちだけだ。
だというのに、嵐のように忽然と現れた謎の男という意味で、ストームなんていう大層な名前で恐れられている。バルデナスにとっては、おもしろくなかったが、怯える彼らを見ていると口元が緩む。
「へっへ、ここにも嵐が吹くかもしれねぇぜ?」
バルデナスは不適に笑った。
すると、彼らの顔からだんだんと血の気が引いていく。
「先週、俺の知り合いも、こいつに頭をぶち抜かれたんです。まさか、こんな若いやつだったなんて……。ひぃぃ、どうか命だけはお助けを……」
眼帯男は地面に手をついて、土下座した。
「……お前の望みは確かリオンを殺すことだし?」
「端的に言えば、そうだぜ」
「シッシッシ、いいんだし。途中で怖くなって逃げるんじゃないんだし?」
二人の男はバルデナスに背を向けて走り去って行った。
「へっ、逃げるだって? 冗談言うんじゃねぇぜ」
バルデナスの頭の中には、リオンを殺すことしか頭になかった。
ようやく、家族の仇を討てるのだ。もう何もできない子どもではない。あの日から、十年間。リオンを打ち倒すことだけを考えていた。
「十年前、オレを殺さなかったことを後悔させてやるぜ、リオン」
しかし、油断してはならない。平和連盟の頭である、リオン・キャニオンはそこら辺のならず者たちとは訳が違う。彼は元軍人で、少年兵士団を率いていた男だ。簡単に勝てる相手ではない。
バルデナスは拳銃を握りしめた。




