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インパーフェクト・ピース  作者: まんぜるら
第三章 『 REAL 』
25/49

【3-7】廃墟の幽霊

 0.25と案内人は廃墟となった孤児院へ向かう。

 とりあえず、そこで雨宿りすることにした。


 玄関から入ると、広いリビングのような場所が広がっている。室内は意外と綺麗だった。まるで、今も誰かが住んでいるかのようだ。床には空の酒瓶が転がっている。


 外の雨は次第に強くなり、孤児院の屋根に当たる音が聞こえる。

 マカローニでの雨は珍しいらしい。傾斜があったり、近くに川が流れているせいかもしれない。ここまで走ってくるときに、体が濡れてしまった。


「やみそうにないですねぇ……」

「……ここで、寝るしかない……」


 案内人はつぶやいた。

 日は沈み、風も強くなっている。本格的に降り出す前に、ここまでたどり着けたのが幸いだ。彼女の言う通り、ここで一泊させてもらうしかなさそうだ。


 ただ、一つ妙なことがある。暖炉に火が灯されているのだ。


「誰かいるみたいですぜ。幽霊だったりして」


 くだらない冗談を言ってみた。


「……お化けなんて……いない」

「どうですかねぇ?」


 近くに墓地があるせいか、余計に不気味さを感じる。部屋は暖炉の明かりだけで暗い。古い建物のせいか、汚れた木材の床の、ギシギシといった不気味な音が室内に響く。


「……怖がってるの?」


 目を細めながら、案内人が聞いてくる。


「そう見えます?」

「……ううん」


 案内人は首を横に振った。

 どちらかと言えば、0.25は楽しんでいた。たまには、こういう場所で一夜を明かすのも悪くない。住んでいるのが人間だろうが、幽霊だろうが、今夜はここに泊めてもらいたいものだ。


「案内人さんは勇敢だ。まるで、怖がっている様子がない」

「いないものはいない……。いるとしたら……それは自分」

「あんたが幽霊?」

「……自分は……よく幽霊みたいだって……言われてた」


 彼女は無表情な顔で言った。孤児院の人たちのことだろう。0.25はそう思わなかったが、怖がりな子どもたちなら、そう思ってしまうのかもしれない。


「そりゃ、ずいぶんと可愛らしい幽霊だ」

「……からかってるの?」

「いえいえ、あっしの感想ですよ。あんたが幽霊だとしても、きっと悪い霊じゃないでしょう」


 親切にもこの村まで、案内してくれたのだから。


「自分は……悪霊。旅人さんも、呪われないように……気をつけた方がいい」


 彼女はほっと頬をつり上げた。彼女が笑うのを初めて見た気がする。珍しいものを見た気分だ。

 そのとき、奥の部屋から叫び声が聞こえた。悲鳴のような声だった。


「……幽霊?」


 案内人は首をかしげる。


「そうだったら、おもしろいんですがねぇ」


 悲鳴は、足音と共にこちらへ近づいてくる。二人の男の姿がリビングに現れた。片方が追いかけていて、もう片方が逃げていた。逃げていた方の男は、落ちていた空の酒瓶に躓き、床にしりもちをついた。


「何、逃げてるんじゃガキぃ! 痛い目に遭わんと分からんようじゃのぅ!?」


 追いかけてきた方の男は、逃げていた男を押し倒して馬乗りになる。そして、殴り始めた。


「すみません、すみません。許してください……!」


 怒声と悲鳴で、室内は妙に騒がしくなった。


 0.25は彼らに近づき、話しかける。


「なかなか、興味深いことをされているようで。それは、この村伝統の遊びですかい?」


 二人の男は0.25を見つめる。殴っていた初老の男は、不機嫌そうな顔で。一方的に殴られていた傷だらけの青年は、助けを求めるような顔で。


 先に口を開いたのは、殴っていた方の男だった。白髪で、革ジャンを着ている男だ。


「なんじゃ、われぇ? よそ者か?」

「ええ、旅の途中で嵐に遭いましてねぇ。この廃墟で、雨宿りの最中ってわけです」

「この建物はワシのもんじゃ。とっとと出て行け!」


 初老の男は手でシッシと0.25を追い払う。


「……この場所は、もう誰のものでもない……」


 案内人も彼らに近づいてきて言った。


「よそ者の分際で、勝手に決めんなや。ワシに逆らってもいいことないでぇ?」


 鋭い眼光で、0.25と案内人を睥睨する。床に倒れたボロ服の青年を、長いブーツでぐりぐりと踏みつけている。


「相変わらず……元気だね。院長……」


 案内人は冷たい声で言った。


「あぁん? ……おのれ、あんときの幽霊娘か?」


 初老の男は案内人の姿を見て、眉間にしわを寄せた。


「そう……」

「お二人はお知り合いで?」

「この人は……この孤児院の院長」


 ということは、案内人や少年兵士団を育てた人間か。


「そうじゃ、幽霊娘。せやから、この孤児院は永久にワシのもんなんじゃ。分かったら、はよう出て行け」


 彼は再び青年を殴りだした。怒りを発散させるかのように。


「そこのお兄さんは出て行かなくていいんですかい?」

「は? もしかして、こいつのことか? これは人やなくて、単なるワシのペットなんじゃ」


 初老の男は、青年の髪の毛を乱暴につかむ。辛そうに歪んでいる彼の顔には複数の痣があった。


「なら、あっしもペットになりましょうかねぇ。外は悪天候で、他に泊まれる場所もありませんから。ワンワン」


 野宿だけは勘弁だ。雨に打たれて体が凍えてしまう。


「おのれ、バカにしとるんか? さっさと出て行くんじゃ! さっきから、ニヤニヤ笑いおって気持ち悪い」


 初老の男は立ち上がり、0.25に近づいて拳を振るう。


「ニヤニヤ笑うのは性分なもんで」


 0.25はその大きな腕をつかんだ。


「ほぅ、なかなか肝がすわっとる。だが、これはどうじゃ!?」


 図太い右足を回転させ、0.25を蹴り飛ばす。

 0.25の体は石ころのように軽くふっとんだ。床にゴロゴロと転がり、リビングの壁に強打して止まった。拍子に、帽子が脱げてしまった。


 体に激しい痛みが生じる。全身が砕けてしまいそうな、鋭い痛みだ。


「た、旅人さん……」


 案内人は慌ててこちらに駆けてくる。


「はっ、骨のない男やのぅ。今の蹴りで、全部折れてしまったんやないんけ?」


 初老の男は鼻で笑った。


「……うひっひ、いい蹴りですねぇ。子どもたちも、その足で蹴り飛ばして育てていたんでしょう?」


 0.25はゆっくりと立ち上がり、脱げた山高帽を被り直した。


「そうじゃ。ワシの教育を受けたにもかかわらず、あいつらは戦争に負けてきやがった……。おかげで、ワシは十七年間も豚箱入り」


 侵略戦争が終結した後、旧政府の関係者は全員が極刑に処された。他にも軍事活動に深く関与したマカローニ人は、懲役刑になったと聞いている。彼もその一人なのだろう。


「行き場のない怒りを、他人で憂さ晴らしってわけで。いやぁ、おもしろい人だ。うっひっひ」

「その顔、ぐちゃぐちゃにした方がええようじゃなぁ! その癪に障る笑い顔ができんように!」


 彼は吹き飛ばされた0.25にじりじりと歩み寄る。


「院長、やめて……じゃないと……」


 案内人は濡れたマントからナイフを取り出す。


「どけや、幽霊娘。この院長先生に逆らう気か? 誰がお前を育ててやったと思ってるんじゃ!?」

「……それは、感謝してる。でも、ダメ」


 依然として、彼女は0.25をかばうように立ち塞がっている。


「しばらく見とらん間に、ずいぶんと聞き分けが悪くなったようじゃなぁ。まさか、そんなつまらん男に惚れたんか?」

「そんなんじゃ……ない。ただ、この人にも……恩があるから……」 

「うひっひ。あっしは何も感謝されることはしてませんぜ。だから、あっしを置いて逃げてもいい」


 蹴られた腹を押さえながら言った。

 正直なところ、案内人がここまでしてくれるとは思わなかった。


「自分は……自分のしたいように、するだけ……」


 案内人はナイフを構えて、院長をにらみつける。


「もう、ええわ。お前ら二人とも、仲良う死んでくれ」


 革ジャンの内ポケットから、院長は銃を取り出した。そして、引き金を引こうとする。

 0.25も急いで、腰の銃へと手を伸ばす。また殺すことになるのかと、心の中で嘆息していると、ガラスの割れるような音がした。


 そして、初老の男は前のめりに倒れていく。彼の後ろに立っていたのは、先ほどまで殴られていた青年。右手には酒瓶を持っている。


「はは、あははは……! ざまあみろ、クソ爺! よくも、オイラを殴ってくれたなぁ、おい!」


 彼は笑いながら、床に倒れている男の腹を何度も蹴る。男の頭からは血が流れ、床に広がっていった。


「……死んだ?」


 案内人はゆっくりと瞬きをしながら、床に倒れる院長を見つめる。


「みてぇですね」


 うちどころが悪かったのだろう。銃器以外でも、人は案外簡単に死んでしまうものだ。


「よかったね! お二人さん。危ないところだったじゃないか」


 青年は腫れ痕だらけの顔とは対照的に、爽やかな笑顔で言った。


「あんたも、あのまま殴られてたらまずかったんじゃ?」

「確かに! どうやら、お互いに助けられたみたいだ!」


 青年は大げさに拍手をした。祝福するかのように。


 そして、青年は床に落ちていた院長の銃を拾う。


「いや、お互いってのは違うか……。これじゃあ、僕だけが助かったことになっちゃうね!」


 青年は案内人に銃を向けた。


「……どういう、こと……?」

「いやぁ、ちょっとお腹すいちゃってさ。一昨日からなにも食べていないんだよね。だから、持っている食べ物とかお金を全部、オイラにくれないかな?」


 変わらぬ笑顔で彼は言った。


「うひっひ、それが人に頼み事をする態度ですかい?」

「ごめんね。ほら、飢えた動物って凶暴になっちゃうでしょ? 人間も同じだよ。これは自然なことなんだ」


 口元には笑みが浮かんでいるが、青年の目は大きく見開かれ、血走っていた。


「食べ物……あんまり持っていない……」


 0.25も、さっきの雨で湿気てしまったビスケットしかない。


「そっか、そっか。それなら、お金を全部ちょうだいな。そのあったかそうな服も。そうしたら、命まではとらないからさ」


 彼はやせ細っていて、土で汚れたボロボロのシャツを着ていた。貧しい生活をしていることが想像できる。


「それは……無理。これで、満足して……」


 案内人は少量のゴールドを青年の方へ投げた。


「少ないなぁ。もっと持ってるでしょう? これじゃあオイラだけじゃなく、家族までもが飢え死にしてしまうよ……」


 険しい顔をしながらも、彼は腰を曲げ、汚れた床に投げられた硬貨に手を伸ばす。その隙を見計らって、案内人はナイフで襲いかかろうとした。


 ――しかし、0.25の動きの方が迅速だった。ナイフで飛びかかろうとする案内人を押しのけ、青年へ接近! 起き上がった彼がそれに気づいた頃には、0.25の拳が青年の顔に直撃した。青年は後ろに倒れ、持っていた銃は吹っ飛ぶ。


「また顔に新しい腫れができちまいましたか。こりゃあ申し訳ねぇ」


 彼は叫びながら、頬を抑えて床で悶えている。


「お前、殺してや――」


 院長の使っていた銃を拾い、青年に突きつけた。


「立場が逆になったみてぇですね、うひっひ」


 0.25に殴りかかろうとしていた青年だったが、銃を見て委縮した。


「……いや、す、すみません。つい魔が差してしまって……」

「あっしはあんたの行動を否定しませんよ。しばらく空腹状態になると、おかしくなっちまうのはあたりまえだ」


 0.25は持っていた硬貨を四分の三ほど取り出し、青年の足元にばらまく。

 何日かの食料はこれで足りるだろう。


「こ、これは……?」

「それを持って、おとなしく消えなされ」


 0.25は青年を見下ろしながら言った。


「あ、ありがとうございます! ありがとうございます!」


 青年はばらまかれた硬貨を必死にかき集め、大事そうに抱え込みながら走り去っていく。


 孤児院には、0.25と案内人。そして血だまりの上に倒れる男だけが残った。


「どうして……?」

「うひっひ、貧乏人の金が少なくなったところで、大して変わりませんよ」


 そろそろ、資金が底をつきそうだ。ストームを捕まえれば、多額の賞金がもらえるようだが。


「……そうじゃない。どうして……銃を使わなかったの……?」


 確かに、青年を殺すことは難しくなかった。あの距離なら外すこともなかっただろう。もしくは、案内人がナイフで襲い掛かっても、十分に間に合ったはずだ。


「弾丸は拳と違って無料じゃないんでねぇ。むやみやたらに消費するのは気が引けるってもんです」


 他人の命も同じだ。むやみやたらに殺すと、体が重くなる。殺した人の分だけ、罪悪感は積み上がるのだ。そして、それらがあまりにも重すぎると、押しつぶされてしまう。


 もし彼を殺したのなら、シシーニョのときのように、彼の家族が復讐にやってくる。逆に彼を助けてやったら、彼や彼の家族がお礼にやってくるかもしれない。

 少なくとも、復讐にやってくると怯えるよりも、優しくして自分にもいいことが起こると期待した方が、遥かに生きやすい。


 銃では人を救えないのだ。


「……ふーん。変なの」


 案内人は納得したような、していないような様子だった。


 割れた窓から、外を見ると、いつの間にか雨風は弱くなっていた。

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