【3-5】遠き日の夢
夢を見ていた。
0.25は幼い頃から旅好きだったため、アヅマにいた時間は少なかった。外国で銃という代物を手に入れ、生きたいという私欲のために引き金を引いてきた。
0.25が愛した一人の女性は、男たちにも負けぬ気高い正義感を持っていたアヅマ人だ。悪行を嫌う彼女は、刀という武具の扱いに長けていて、たった一人で数人の盗賊たちを追い払った。
そんな正義感にあふれる彼女に心を奪われた。
だが、彼女が0.25を愛してくれたのは、醜い人殺しの一面を知らぬ間だけだった。それを知った彼女は、まるで異端の生き物のように、0.25を見た。身籠っていた彼女は、やがて生まれてくる子どものために0.25と離別した。
血で穢れた男が、彼女のように綺麗な存在になることはできない。そんな自分自身をひどく憎み、蔑みながらアヅマを去ったのだ――。
かすかに声が聞こえてきた。
「あらぁ、お目覚めのようですわね? もう朝ですわ」
「あんたか」
ゆっくりと瞼を開いて、ぼんやりと見えたのはアレスの姿だった。0.25は彼のおかげで今も生きている。こんなふざけた男に助けられるとは、一生の恥だ。
瞼をこする。木製の腕時計の針は、七時を指している。ビール瓶が五つ、テーブルに転がっていた。
「飲み過ぎですわよ? おほほ! あなたがあの子を殺したわけでもないですのに」
ほとんど同じことだ。あの娘にあのまま撃たれていれば、0.25は生きていない。思えば、子どもに銃を向けられたのは初めてのことだった。
昨日、0.25はサルーンへと帰り、一人でビールをあおっていた。
警察隊による捜査は、早くも終わったらしく、店内には誰もいなかった。鍵は開けっ放しにされていた。四人も死人が出たのに、一日で切り上げるなんて、とても雑な捜査だ。死体を片付けただけではないか。
「……あんた、どうしてここに?」
「この店をもう少し調べてみたくって。反帝国組織のアジトをね。といっても、ただの子どもの集まりでしたわね」
マスターたちのことだ。
「知っているんですかい? 彼らのことを」
「安心なさい。世間ではストームの起こした無差別殺人として認識されていますわ。わたくし以外は誰も知らなくってよ」
「なぜ、あんたは知っているんで?」
「あなたをストーキングしていたからですわ」
彼は素早くウィンクした。
「おっと。そりゃあ、まったく気づきませんでしたねぇ」
誰かにつけられているなんて、まったく想像もしなかった。
「本国には双眼鏡といった便利な代物があるんですの。あの廃ビルから、あなたの可愛らしいお顔を見守っていましたのよ?」
アレスは両手で輪っかを作って、目に近づける。
案内人が捕らわれていたビルだ。
確かに、あのビルの高さならば、かなり広い範囲を見渡せる。道理で0.25が気づかなかったわけだ。それで、マスターたちと0.25が一緒にいることを知ったのだ。
「あんた、あのビルにいたんですかい……。ってことは、あのローブの人はストームじゃないんじゃ?」
昨日の夜、サルーンにストームが現れた。その時間帯も、案内人があのビルに捕らわれていたのだとしたら、彼女がストームではありえない。
「そうですわね。彼女には逃げられてしまったみたいですけど。誰かさんのせいで」
「うひっひ、あの人に逃げられて困るのは、あんたぐらいのもんでしょう?」
「あらあら、意地悪な坊やですのね。まあ、いいですわ。あの子は用済みですもの」
「今頃、総督府にあんたの逸脱した行動を、報告されているかもしれませんがねぇ」
民間人を不法に監禁していたのだから、何らかの形で処罰されるだろう。
「心配ないですわ。敬愛する女帝陛下のためにしたことですもの。そもそも、あの子にそんな度胸はなくってよ。ミサちゃんと違ってね」
「ほぉ、あのミサが? あんた、あの子と知り合いだったんですかい?」
意外な名前が出てきて、0.25は眉をひそめた。
「おほほほ! あなた、あの子のことを何も分かっていないんですのね! あの子が何をしたかも」
口元に手を当てながら、彼は笑う。0.25には何のことやら、さっぱりだった。
「わたくしは街を歩くあの子に話しかけたんですの。拳銃を所持していましたから、その場で問い詰めたんですわ。そうしたら、こう言ったんですの」
『アタイらは降伏するのさ。だから、命だけはどうか助けてほしいのさ』
アレスはミサの口調をまねた。
「本当、なんですかい?」
「なんて勇敢で賢い子なのかしら。自分たちの罪をすべて告白してくれましたわ。ですから、先日に妻を殺されたと訴えてきた帝国人貴族とミサちゃんを引き合わせてみたんですの。後は知っての通り、ここまで二人で直行ですわ! おほほほ!」
アレスは手をたたきながら笑う。ミサは仲間を失う恐怖に耐えられなかったのだろう。ストームだけでなく、警察隊にまで目を付けられてしまったら、ジニーの二の舞になってしまうと危惧したのだ。
「あんた。なんで、そんなことを……」
「わたくしは他人が憎み合い、殺し合うのを見るのが大好きなんですの。欲を言えば、その場で見物したかったですわ」
口に手を当てて、彼はクスクスと笑った。なんて悪趣味な男だ。拷問だけでは足りないらしい。
「あんた、いつか報いを受けますぜ。噂によると、ストームは悪い人に容赦しないようですから」
この筋肉警察官も、相当な悪人だ。
「心配いりませんわ。ストームがここに入ってくる前、街灯に照らされた彼の容姿が見えましたの。すぐに特定して捕まえますわ」
「そいつは驚いた。どんな奴だったんですかい?」
「双眼鏡でははっきりと見えませんでしたけど、姿からして、上流階級の帝国人だと思いますわ」
「帝国人ですかい」
マスターの予想は本当だったのか。彼が言っていた通り、ストームは総督府に雇われている。もしくは、単に快楽で殺しているのかもしれない。
「ストームは早くどうにかしませんと。あなたのように外から来た異国人にも、ストームは容赦しませんのよ?」
確かにそうだ。実際に、アヅマから来た技術者が一人、ストームによって殺された。
「アカサカ・コゴロウ……」
0.25は息子の名を口にした。
「あら、意外。あなたも存じていましたの?」
彼はおもしろげに言った。アレスも、彼の名を知っているようだ。
「……ただの知り合いですぜ。でも、彼はストームに殺されちまったんでしょう?」
「そうみたいですわね。理由は存じ上げていませんけど、彼は三年前まで平和連盟と共に活動していたんですの」
アカサカ・コゴロウはアヅマ出身の技術者で、マカローニ出身の人間ではない。他国の革命活動など、無縁のはずだ。
彼が平和連盟の人たちと一緒だった理由は、アレスも知らないらしい。
「コゴロウの遺体はどこへ?」
「田舎にある、レポソ村という場所ですのよ。同日にストームに殺されたリオンたちと共に、わたくしたちが埋葬しましたわ。なんて心優しいわたくしたち!」
アレスは自身の体を抱きしめる。しかし、聞き覚えのない地名だった。村ということは、首都から離れた田舎にあるはずだ。
レポソ村に行けば、ストームと会わずとも、コゴロウの死の真相が分かるかもしれない。もちろん、このエセ警察官が嘘をついていないことが前提条件だが。
ふと、店の回転扉が開き、誰かが入ってきた。案内人だ。
「自分が……案内しようか?」
彼女は小さな声で言った。
 




