【1-2】案内人
帝国領マカローニの首都を、0.25は歩いていた。
時計台から鳴る鐘の音、道行く人々がつく杖の音。無機質な音たちが、薄暗い街の中に響く。
0.25がこの国に来たのは、ある賞金首に会うためだ。
他国で聞いた噂によると、その賞金首には一万ゴールドもの賞金がかけられている。庶民が一生働かずに旅ができるほどの大金だ。ちょっとした豪邸ぐらいなら、建てられるだろう。
だが、一万ゴールドは副賞にすぎない。金のこと以外で、賞金首に個人的な用があるのだ。
とはいえ、その賞金首がどんな人間か全く分からなかった。
街ですれ違う人に尋ねてみたのだが、有益な情報は得られない。無視して通り過ぎる人がほとんどだった。外の人間には優しくない国だ。
聞き込み調査なんて、不毛にも思えてきた。繰り返すうちに、来た道も分からなくなってしまった。
あてもなく彷徨っていると、かすかな声が聞こえた。
「外から来た人……?」
気づかずに、そのまま通り過ぎてしまうところだった。
振り向くと、いつの間にか背後に女性が立っている。アヅマでなら、ニンジャにでもなれそうだ。
「そうですぜ。どうも、道に迷っちまったみたいでねぇ。といっても、ぶらぶらと歩いていただけですが」
「……ふーん」
相手はさして興味もなさそうに呟く。女はローブに身を包んでいて、肩まで伸びる髪が見える。活力のなさそうな無表情で、暗い目をしていた。
「ときに、淑女さん。一万ゴールドの賞金首なんて、知らないですかい?」
短い沈黙の後、か細い声で彼女は答えた。
「……ストーム」
「そいつが賞金首の名前で?」
「……そう」
たいそうな異名を持つ賞金首だ。いったい、どんな人間なのだろうか。
「姿は見えず、現れた場所には、いつも誰かが死んでいる……。まるで嵐に襲われたみたいに……」
ぼそぼそと、女は説明してくれた。要するに、殺しのプロというわけだ。
「そうですか……。ありがとうございます」
頭を下げ、0.25は立ち去ろうとする。
しかし、彼女はそれを呼び止めた。
「……迷子じゃないの?」
「あっしは迷子って歳じゃありませんねぇ。言うなれば、迷おじさんといったところでしょうか。うひっひ」
「変なの……」
彼女はくすりとも笑わず、氷のような冷たい声で呟く。なかなかに手厳しい。
「賞金首を探しにここまで来たもんですから、またぶらぶらと歩き回るつもりですぜ」
「……案内しようか? 自分、案内人だから……」
女は無表情のままで言った。
「ほぉ、そりゃあ助かる。じゃあ、お願いしましょうかねぇ」
「仕事だから……五ゴールド」
「これはまた変わった仕事があるんで。しかし、あっしの金はこの国の通貨じゃないんでねぇ」
今日、マカローニに着いたばかりなので、他国の通貨しか持っていない。
「後払いでいい……。両替所で替えてもらえるから」
「なら、まずはその両替所まで、案内してもらってもいいですかい?」
彼女は「分かった」と言って歩き出した。その背中にゆっくりと着いていく。この街には親切な人間も確かにいるのだ。
0.25はふと彼女に尋ねた。
「ときに、淑女さん。名を伺っても?」
少しの間の後に、彼女は抑揚のない声で答えた。
「自分には……名前はない。あなたは……?」
「これは失敬。あっしの名は約百通りあるんですがね。その中でもよく呼ばれるのが、0.25という名です」
「変なの……。面倒くさいから、旅人さんでいい……」
興味もなさげにそっぽをむいて、歩き始めた。
「では、あっしもあなたを“案内人さん”と呼ぶことにしましょうかね」
彼女は振り返らず、短く「そう」と呟いた。