【3-1】ストームの犯行
コゴロウの死から三年後。
0.25がマスターたちの仲間に加わってから、一週間が経った。
あれからストームの動きはなく、何も奴の情報を掴めていなかった。
マスターたちはサルーンをアジトとしており、0.25もそこで生活していた。マカローニの宿場は高価なので、無料で寝泊まりできる場所を確保できたのは大きい。
閉店後、夜の酒を楽しみながら、0.25は客席に座っていた。
「毎日、酒も飲み放題。ここはひょっとして楽園ですかい?」
言いながら、コートから小さな打ち石と打ち金を取り出して、タバコに火をつけた。
「ふむふむ。0.25さんには色々と学ばせていただいてますから、当然のことです」
頭に巻いたバンダナをほどきながら、マスターは言った。
「あっしにできることは限られていますぜ。あっしがいても、あんたらの望みが叶うかどうか……」
戦力は極めて低い。
0.25を除いて、マスターとミサ。そして、ミサより少し年下の若者たちが三人。彼らが総督府を打倒するなんて、夢のまた夢だ。これまでも、警察隊から銃を盗むぐらいの活動しかしていないらしい。
0.25は彼らに体術や戦い方を教えた。
難関な目標を掲げつつも、諦めない彼らを見ていると、放っておけなかった。何か力になってやりたいと思った。
「昔はでかい反帝国組織があったんでしょう? 戦争を経験した元軍人さんもいたとか」
侵略戦争で帝国軍と戦った、強者揃いだったと聞いている。
「マカローニ平和連盟ですね。三年前になくなりました」
悔しそうに、彼は唇をかみしめる。
「その平和連盟とやらにアカサカ・コゴロウがいたんですかい?」
「みたいですね」
「外国人なのに、組織に? いったい、何のために……?」
何か特別な理由があったのかもしれない。結局のところ、真相を知るのは、ストームしかいないというわけだ。
「僕も彼らに詳しいわけじゃないから、それに関しては分からないんです」
「あんたはコゴロウと知り合いだったと言っていた。彼は一体どんな男だったんですかい?」
「とても心優しくて勇敢な人でした。シシーニョたちに絡まれていたところを助けてもらったんです」
「ほぉ、そいつはすごい。なかなか勇気がある人だったんで」
正義感の強い青年だったようだ。あの気性の荒い男にも臆さず立ち向かえるなんて。
「でも、知り合ってすぐに亡くなられてね。彼自身については多くを知らない。そういえば、0.25さんも彼とお知り合いだったのでは?」
「残念ながら、直接会ったことはなくてね」
0.25は彼に会ったことが一度もない。彼については名前しか知らないのだ。
「それなら、どうして彼をそんなに気にかけるんですか? 確か、複雑な縁と言っていましたが……」
「アカサカ・コゴロウは……あっしの生き別れた息子ですぜ」
二十年以上も前のことだ。
0.25は若い時から各国を旅していた。その中で、命の危機にさらされたことが何度もあった。生きるためには、銃を撃つしかなかった。
身籠っていた妻は、0.25が人殺しであることを知ってしまう。そんな男とは家族になれないと言われた。
だから、息子の顔を一目見ることすらなく、0.25はアヅマを去ったのだ。
それから二十年間、アヅマの地に足を踏み入れたことはない。
「0.25さんの? なんと、そうだったのか……ふむふむ……」
「だから、あっしはコゴロウのことを知りたいんです。この国で何をしていたのか、なぜストームに殺されたのか……」
あと三年ほど早くこの国に来ていたら、生きていた彼に会えたのかもしれないのだ。過ぎたことをとやかく言っても仕方ないのだが、そう思わずにはいられない。
考えに耽っていると、ミサが店に飛び込んできた。
「大変なのさ、マスター! ジニーが! ジニーがどこにもいないのさ!」
帰ってくるなり、ミサはまくし立てる。
0.25とマスターも外へ探しに出ることにした。外は真っ暗で、すっかり日は落ちている。夜のマカローニに一人で出歩くのは賢明ではない。
ジニーは組織の中でも、最年少の十五歳で、子供と言える若さだ。物騒な連中に襲われてしまっても、戦えない。
「ミサ! 君がジニーを最後に見たのは!?」
街道を走りながら、マスターは声を張り上げる。
「それが、朝から見ていないのさ!」
ジニーは仲間の中で最も戦いに向いていない。マスターによると、彼女は仲間のお荷物になることを怖がっているらしい。
だから、市街地の外にある荒野へ行って、射撃訓練をしていた。
「くっ、危ない目に遭っていないといいけど」
夜の外出は控えるように、マスターは日頃から仲間に注意していた。
ジニーはもちろんのこと、他のメンバーも実戦経験はないのだ。拳での喧嘩がせいぜいだろう。銃の扱いにも慣れていない。首都の治安は良いとは言えない。大げさに心配するぐらいがちょうどいいのだ。
二時間探して、ようやく彼女を見つけることができた。
ジニーが時計台の下に倒れていて、腹部から血を流している。銃で撃たれたのは明白だ。
危惧していた限り、最悪のことが起きてしまった。
「ジニー……!」
マスターは仲間の名を叫んだ。ミサもジニーに抱きつくように駆け寄った。
「しっかりするのさ、ジニー! マカローニに平和を取り戻すっていつも息巻いていたのに……」
涙を流しながら、ミサは倒れた仲間を揺さぶる。ジニーとミサは姉妹のように仲が良かった。幼いころからいつも一緒にいたそうだ。
「間に合わなかった……みてぇですな……」
血は幾度も見てきた。親しい者の死も。しかし、いつまでも慣れないものだ。目を背けたくなってしまう。
ミサの慟哭に応えるよう、地面に横たわるジニーは言葉を発した。
「ごめ、ん」
「何を謝っているのさ! いったい、誰にやられたのさ!?」
ミサは泣きながら、ジニーに尋ねる。
「スト、ーム……」
絞り出すような声だった。
それを境に、彼女が再び口を開くことはなかった。ミサの慟哭が夜の街に木霊する。小さなジニーの体を、彼女は力いっぱい抱きしめた。
その様子を見て、0.25は唇をかみしめる。彼女を撃ったのは、まさに0.25たちが探している賞金首――ストームだったのだ。
燃え上がる炎のようにマスターの顔は赤くなっていく。
「おのれ……卑劣な帝国人め……! このままではすまさないぞ……!」
マスターはストームが帝国人だと思い込んでいるが、それを示す証拠はまだ見つかっていない。
倒れたジニーの周りには、マスターたちが警察隊から盗んだ拳銃があった。彼女が使っていたものと思われる。
もう一つ落ちていたのが、小さな細長いもの。拾い上げてみると、リムド弾薬だった。一般的なリボルバー銃に使われる弾薬だ。ジニーが持っていた拳銃のシリンダーを見てみると、弾は一つも撃たれていなかった。
したがって、これはおそらくストームが撃ったものだ。ジニーは背が低く、すばしっこいので、ストームでも一発では仕留められなかったのだ。
彼女にもっと強く言い聞かせておけば、命を散らすこともなかっただろう。0.25は動かなくなったジニーからそっと目をそらした。




