【2-8】決意
帰ると、リオンはベッドで死んだように眠っている。部屋の隅では案内人が本を読んでいた。
気配に気づいたようで、リオンは目を開けた。
「はぁ、やっと帰ってきたのか、このサボり魔。早く人形を完成させてくれないと、俺様はいつまでも寝付けないんだけど」
彼はコゴロウをにらみつけた。
「リオンさん。ボクは人を殺す兵器なんて、作りたくない」
「あ? 何を今さらバカなことを……」
リオンは呆れていた。
「あなたがこの人形を使って、帝国の人たちを殺そうとするのなら、ボクはもうこの人形を作りません」
「ふざけないでくれ、コゴロウ。あんな奴らの命を惜しむのか!? あいつらは侵略者なんだ!」
ベッドから飛び起きたリオンは、コゴロウの胸ぐらをつかんだ。
「奪っていい命なんて、この世に一つもないです!」
コゴロウも負けじと言い返す。
「何人の同志が、奴らに殺されたと思っている? 今だって、同志の誰かが処刑されているかもしれない。お前みたいな甘ったれた考えじゃ、何も変えられないんだよ!」
そう言って、彼の拳が飛んできた。コゴロウは絨毯の床に倒れる。
「早く作るんだ、コゴロウ。これは絶対服従の命令だ」
リオンはリボルバーを手に取り、コゴロウへ向ける。
「喧嘩は……いけない」
読んでいた本から顔を上げて、案内人は言った。
「ボクはもう銃なんて怖くない。撃ちたきゃ、撃ってくださいよ、リオンさん。ボクの代わりに作ってくれる人を見つけて、その人形を殺戮兵器にしたらいい!」
「ちっ、気に入らないな。お前の何もかもが気に入らない」
「奇遇ですね。ボクも同じですよ!」
コゴロウは立ち上がり、リオンに拳を振るった。リオンの少しコケた頬に拳が当たる。彼のリボルバーが火を吹くことはなかった。
「痛い。病人を殴るなんて、ひどいね。いつから、そんなに凶暴になったの?」
殴られた頬を押さえながら、彼はコゴロウをにらみつける。
「そういえば、リオンさんって病人でしたね。元気すぎて忘れていました」
「ふん、本当に生意気な奴。銃を持った人間に飛びかかってくるなんて、正気じゃない」
「ボクはリオンさんが撃たないって、信じていましたから」
口ではそう言ったものの、本当は怖くてたまらなかった。やけくそで突っ込んでやったのだ。
あのときメデスを撃った彼も、本当はつらかったはずだ。今も同志たちの安否が気になって仕方がないはず。リオンは悪い人なのかもしれない。それでも、コゴロウは彼を嫌いにはなれなかった。
「それ、お前がバカなだけでしょ。そんなに人殺しが嫌なの?」
「はい、絶対に嫌です。この考えはどうしても変えられませんから。やるなら、無血革命にしてください」
コゴロウとリオンの考え方は異なっていた。リオンの自国のために戦う姿勢は美しいとさえ感じる。しかし、そのために帝国人たちを殺す彼ら――平和連盟に、力を貸すことはできなかった。
「やっぱり、お前は甘ちゃんだよ。イチゴジャムよりも、ずっと」
ジャムと比較されるのは微妙だが、否定はできない。
「そうなんですかね?」
「でも、お前は天才だよ。たった四か月で、ここまで人形を完成に近づけたんだから」
「お、お世辞なんか言われても、ボクの考えは変わりませんよ?」
リオンがコゴロウを褒めるなんて、非現実的な出来事が起きているのは、彼が病気だからかもしれない。
コゴロウに、天才と称するだけの実績はないのだ。
「ふぅ。いいよ、作ってよ。敵を一人も殺さずに、マカローニを取り戻せるぐらい強い人形を」
手に持っていたリボルバーを腰のホルスターにしまい、彼は背を向けた。
「ボクが……?」
「天才のお前なら、できるでしょ。これ、命令ね」
リオンは梯子をのぼって部屋を出て行く。
「ちょっと、どこ行くんですか? 病人は寝てないとダメですよ!」
「そんな狭いところにいたら、うつすかもしれないでしょ? 俺様の気遣いに感謝してよ」
廃工場には、ここともう一つ、別の地下室が存在するようなので、そっちに行ったのかもしれない。
リオンはコゴロウの考えを、一応は認めてくれたようだ。そして、コゴロウにならできると言ってくれた。天才には程遠いが、リオンがそう言ってくれたなら、本当にそうだと錯覚さえしてくる。とても嬉しかった。彼の期待に応えたかった。
あの彼が信じてくれたのだから、やってみよう。設計図を基に、さらに強い人形を作るのだ。強ければ強いほど、犠牲を最小限に抑えたうえで敵を無力化できる。銃は使わずに、拳だけで戦わせるのだ。そんな不可能を、可能にしてやろう。
「やってやるんだ……。ボクが本物のヒーローを生み出すんだ!」
コゴロウは床に座って、設計図と工具を広げる。
本当にそんな人形が完成すれば、リオンもコゴロウに土下座するかもしれない。そんな愉快な光景を思い描きながら、作業に取り掛かった。
「どうして、そんなに平和にこだわるの……?」
案内人は首をかしげた。
「人を殺したり、傷つけるような悪人がいなくなったら、みんなが笑っていられる素晴らしい世の中になると思うんです。そんな世界、あったらいいと思いませんか?」
「でも、そんなの無理……」
「無理かどうかは、やってみないと分からないですよ。案内人さんも手伝ってくれませんか?」
コゴロウは彼女に笑いかける。一人より、二人の方が完成に近づくはずだ。
「……難しいことは……できない」
少しの間を置いて、彼女は答えた。
「それでもいいんです。少し手伝ってくれるだけでも、ありがたいんですから」
協力してくれる人がいるだけで頼もしいのだ。
「……少しだけなら」
彼女はぽつりと言った。
「ありがとうございます! 助かります!」
幸い、全体の機構はほぼ完成した。
あとは旧マカローニ政府が残した設計図を基に、独自に改良すれば、コゴロウが理想とする人形が出来上がるだろう。
設計図を見ながら、まずはどこから手を加えようかと悩んでいると、上から何かが弾けるような音がした。銃声だ。何発も続いている。
誰かが発砲しているみたいだ。
やがて、二連続で撃たれるリボルバーの音がした。
「ここが、誰かにバレた……?」
「かもしれません。どうしましょう?」
なんて、悪いタイミングだ。戦っている片方は、さっき出て行ったばかりのリオンである可能性が高い。
だとしたら放っておけない。病気の彼がまともに戦えるわけがないのだ。あたふたしていると、銃声が収まった。決着がついたか、別の場所に移動した可能性がある。
「リオンさんを助けに行かないと」
コゴロウは、ガスランプを持って梯子を登っていく。
「銃も持たずに……? 警察隊かも、しれないのに……」
案内人は小声で言った。
「それでも、放っておけないです!」
あの人がピンチかもしれないのだ。そんな中、ここで隠れているなんてできなかった。
作りかけのゼンマイ人形に目をやる。以前のように、外へ持ち出して逃げようか考えたが、やめた。まだ、この場所がバレたとは限らない。
「案内人さんは、ここで人形を守っていてください。お願いします」
コゴロウは彼女にそう告げて、天井の蓋を開ける。少しだけ顔を出して、外の様子を確認する。近くには何の気配もなかった。
そっと地下室から出る。夜の廃工場は暗く、辺りは静かだ。まだ建物内に誰もいないとは限らない。図太い柱の陰などに、誰かが潜んでいる可能性もある。
心臓が早鐘を打つ。コゴロウの足音だけが、辺りに木霊した。
「リ、リオンさん……?」
小声で呼びかけてみたが、工場の壁に反響して、自分自身の声が返ってきただけだった。歩いていると、靴で何かを蹴り飛ばした感覚があった。
「これは……?」
ランタンで照らすと、鉛のビー玉のようなものが見えた。おそらく銃弾だ。
「あっちっ」
つまんでみたが、熱かったので手を放す。間違えなく、先ほどの銃撃戦で使われたものだ。
さらに歩き進めると、靴が水をはじく感覚がした。よく見ると、そこは水たまりがあった。ガスランプを近づけてみると、それは赤黒い血の色をしていた。水たまりの近くには、よく知っている男がいた。
「リオンさん!!」
彼は血を流して、工場の柱にもたれかかっている。側には二丁のリボルバーが落ちていた。彼の体から、大量の血があふれ出ていた。
「リオンさん! 起きてくださいよ、リオンさん!?」
ランプを手放し、コゴロウは彼の体を激しく揺する。
まだ、これからなのだ。あの人形を完成させ、リオンにも証明したい。人の命を奪わずとも、マカローニの自由は取り戻せるのだと。
彼の目は閉ざされたままだ。彼がもう言葉を発することはなかった。
「リオンさん? 嘘だ……リオンさん――」
直後。
後頭部に思い衝撃が走る。
そして、コゴロウは床に倒れた。拍子にメガネが飛んでいく。冷たくて硬いコンクリートが、頬に当たる。背後には、何者かの気配があった。
コゴロウの意識は暗く沈んでいった。