【2-6】ヒーロー
地下生活を始めてから、三か月が経った。
薄暗い地下室には、カチカチといった歯車の小さな音のみが響いていた。
設計図と部品を床に広げ、一人で黙々とゼンマイ人形を組み立てる。ほとんどの機構は設計図通りに作り終わっており、完成までもう間もなくというところまで来ていた。
「うーんやっぱり、頭部は他と比べて機構が複雑だ」
残る作業は、人形の頭部のみとなった。
頭部にある機構は、ビバタイトの鉱核と呼ばれる柔らかい金属で作ったパーツが使われていた。鉱核とは、ビバタイトの心臓に当たる部分だ。
頭部機構は、細かく入り組んでいる。人形に視覚を持たせることが主な役割であるためだ。
ビバタイト鉱石そのものには、聴覚しか備わっていない。鉱物学によると、周囲の環境を把握するために、とても優れた聴覚を持っているそうだ。もしかしたら、今もコゴロウの声が聞こえているのかもしれない。
あくびをすると、上から物音がする。案内人が梯子をつたって下りてきた。
「案内人さん。おはようございます。いや、今はこんばんはだっけ?」
ずっと地下にこもっていると、時間帯が分からなくなる。そのうち時計を買いに行かないといけない。
「昨日も、寝ていないの……?」
「ええ。早く完成させないと、口うるさい人がいますからね。それに、ボクもなんだか楽しくなってきちゃって」
最初はリオンに命令されて、イヤイヤ作っていた。しかし、完成が近づくにつれ、わくわくしてきた。
「……変なの。それで、何ができるの……?」
「この人形は動くんですよ! 人間みたいにね」
「……嘘、人形は生きていない……」
案内人は全く信じていない様子だったので、コゴロウは饒舌に説明する。
「本当ですよ。このゼンマイや歯車たちは、特殊な鉄鉱石から作られているんです。これらが組み合わさることで、人間みたいに自由に動くんですよ!」
マカローニの鉱山の地下深くに眠っていた、ビバタイトという新種の鉄鉱石だ。世間では、存在しない幻の鉱石として知られている。
設計図に記されていた理論によると、ビバタイトを使えば、完全自立型のゼンマイ人形が作れるのだ。
鉱山からビバタイトを発掘したリオンたちは、それを工場で精錬し、設計図を基に人形のパーツを鍛造した。
だが、人形を組み立てられる人材は、平和連盟の中にはいなかったらしい。そのため、リオンはコゴロウに作らせている。
「本当だったら……すごい……」
それでも、彼女は信じていないようだ。コゴロウも、この設計図を全く疑っていないわけではなかった。結局のところ、完成しないと分からない。
「もうすぐ本当だって分かりますよ。こいつはヒーローになって、マカローニの悪い奴をこらしめるんです!」
コゴロウは目を輝かせながら言った。
「悪い奴って……?」
「まず、ストームです。あいつに人殺しをやめさせます! それから、裏切り者のシシさん。また誰かが、あの人にいじめられていたら、守ってもらいます!」
そうすれば、誰も悪いことをしなくなり、マカローニは平和な国になる。あの夜のように、仲間同士が銃口を向け合うこともない。
「悪い人を殺すの……?」
「それは……」
言いかけて、コゴロウは黙り込む。
もともと、この人形はリオンに命令されて、作り始めたものだ。彼はこの人形を使って、総督府への反逆を企てている。あの人の求めているものは、マカローニの解放なのだ。
もし帝国人と戦争を始めてしまったら、この人形は敵の命を奪うだろう。使い方次第で、救世主にもなり、殺戮兵器にもなる。自分の発明を、後者にはしたくなかった。
黙っていると、机に置いてあった分厚い本を、案内人が手に取った。
リオンがいない間、こっそりと冒頭だけ読ませてもらっていた本だ。冒険小説で、勇者が魔王に侵略された町を救おうとする物語だ。他国の言語はあまり分からないので、大まかなことしか分からなかった。
「勇者は魔王を退治する……。勇者は魔王を殺すの……」
がっつりネタばらしされたが、よくある話だ。殺害という手段を用いて悪を滅ぼす。
だが、コゴロウはそのようなやり方があまり好きではなかった。
「その人形が勇者になったら……自分は……やっつけられる」
「そんなわけないですよ。あなたが悪い人なわけが――」
親切に道案内もしてくれたし、コゴロウたちをここに住ませてくれた。彼女はとても器の大きい人だ。
「……人、殺したこと、あるから」
冷たい声で彼女は言った。
「またまた、ご冗談を」
「……本当。悪党が多い国は、殺さないと生きていけないの……」
案内人はうつむく。とても信じられなかったが、嘘ではないらしい。警察隊が無能なおかげで、この国は治安が悪い。身を守るために人殺しは避けられないのだ。
彼女が全く笑わない理由が分かった気がした。
「やっぱり、あなたは悪人なんかじゃないと思います。そうやって、罪を心から後悔できる人が、悪人なわけがないです」
コゴロウは笑顔で言った。
「……自分が、後悔してる……?」
「そうです。本当の悪人なんて、罪を罪だとさえ認識していないですから」
もちろん、人を殺したという罪は一生消えないだろう。何があっても許されない行為だ。
だが、彼女が悪い人とは思えなかった。
「……よく分からない」
彼女は首を横に傾けた。
「ボクの勘によると、あなたは心優しい人です。ボク、こう見えても人を見る目はありますから」
コゴロウは自身の胸をたたく。
「……ふーん、変な人……」
案内人は相変わらず無表情で、コゴロウを見つめている。
そんな話をしていると、再び天井から蓋の開く音がした。タイルとタイルの間に、指を入れ込めば、外側からでも蓋を開けられるのだ。
「まずい、リオンさんが帰ってきたみたいだ」
さぼっていると、口うるさく言われてしまう。コゴロウは工具を手に持って、急いで作業を再開する。
しかし、ドスッという大きな音で、手が止まった。
上から長髪の男が落ちてきた。
リオンが……地下室に落ちてきた。
 




