【2-4】裏切り
コゴロウとリオンは、サルーンという酒場に来ていた。
店内はポーカーなどの賭博で盛り上がっている。普段は閑静なマカローニの街だが、酒の場ではにぎやかだった。
驚いたことに、先ほど助けた青少年はサルーンのマスターだった。
彼はお礼がしたいと言い出して、お酒と夕食をおごってくれた。
「ありがとうございます! まともな食事なんていつぶりでしょう……」
コゴロウはうれしさのあまり、飛び跳ねたい気分だった。シチューにポテト。サイズは小さいがステーキまである。
「いえいえ、これぐらいはさせてください」
マスターは笑顔で、カウンターの向こうに立っている。彼は赤いバンダナを被っていた。
「それにしても、驚きました。まだお若いのに、酒屋を経営されているなんて」
コゴロウはステーキを頬張りながら言った。
年下なのにとても立派だ。コゴロウも彼を見習わないといけない。
「父の跡を継がなければいけなくてね。まだまだ、未熟者ですよ」
「いえいえ、そんなことないですよ。とってもおいしいです! ですよね? リオンさん」
「コゴロウ、うるさいよ。早く俺様のために働けぇ!」
彼の顔は赤くなっている。まだジョッキの半分も飲んでいないのに、かなり酔っているようだ。
「働きますよ。明日からね」
「うるさい! 今から働け! 寝ずに働け! 食べずに働けぇ!」
「って言われても、もう食べちゃってますから。ああ、おいしいなぁ」
出された料理をバクバクと口に放り込んでいく。やはり、しっかり食べないと元気は出ないのだ。
「おい! 虫! 虫がいるんだけど!」
彼の分のステーキを見ると、小さな虫が止まっていた。ずいぶんと大げさな反応だ。
「す、すみません。すぐに代わりの料理を持ってきますので」
マスターは駆け足で、厨房の方に引っ込んでいった。
「虫ぐらいどこにでもいますよ。いらないなら、もらいますね」
彼の分のステーキにフォークを刺し、口に放り込む。食べ物を粗末にするのはよくない。
「お前、本当に人間? ありえないんだけど」
彼は顔をしかめながら、頭を横に振った。
「いいじゃないですか。別に、有害な虫でもないですし」
小バエか何かだろう。マカローニでは、虫は少ない方だ。
「有毒じゃない虫なんて、いない! 虫は人類の敵だ!」
酔っている彼の声量は、普段の二倍だ。うるさくてたまらない。
「大げさだなぁ。でも、今日でリオンさんの弱点を二つも把握しましたよ。お酒に弱いことと、虫が嫌いなこと」
コゴロウはリオンに向けてピースした。
「お前、俺様をバカにしてるの? 昼間、銃声であんなにびびっていたくせに」
「それは普通でしょう。ボクの故郷では、まだ銃は普及していないんですから」
銃を所持しているのは、一部の人間だけだ。
コゴロウは勉強ができるほどには裕福な環境で育ったが、実物を見たことはなかった。初めて銃声を聞いたのは、マカローニに着いてすぐのことだった。
首都まで行く道中で、盗賊たちに絡まれた時だ。彼らは威嚇のため、空に向かって銃を撃った。噂には聞いていたが、かなり大きな音で腰が抜けてしまった。
その後、偶然通りかかったリオンに助けてもらったのだ。
「銃がないなら、拳で戦うしかないね。野蛮人みたい」
「いえ、ボクたちの国には刀っていう武器があるんです。剣、と言った方がわかりやすいかな?」
今では、刀を持ち歩く人も、あまり見かけなくなった。人間の武器は、剣や弓といった古典的なものではなくなってきている。昔から、人間はいかにして人の命を奪えるかを考え続けているのだ。
「カタナ……。いい響きだね。お前もそれで戦えばいいんじゃないの?」
「いえいえ、ボクは戦いませんよ! ボクは刀の方もまったく使えませんから」
「へぇ。つくづく、お前は弱いんだね。機械しか取り柄がないわけ?」
悔しいが、その通りなので何も言い返せない。
刀があったら、コゴロウもリオンと一緒に戦えるのだろうか。
「いやいや、ボクは戦いなんて向いていないんです。たとえ向いていたとしても、人を傷つけたくはないですね」
刀であろうが、銃であろうが、人を殺す道具なんて触れたくもない。どちらも使わないことが一番だ。
「甘ちゃんだね……」
酒が弱くて、虫嫌いな上に、ジャムばかり食っている人には言われたくないが、そうなのかもしれない。
この治安の悪い街で生きていくのは、コゴロウにとっては難しそうだ。
そんな話をしていると、マスターが厨房から戻ってきた。だが、途端に彼は大きく目を見開いた。
「お待たせしまし……。お二人とも裏口から逃げてください。警察隊が入ってきました!」
彼は声を潜めて言った。
入り口に目を向けると、二人の警察官たちと目が合った。
「いたぞ! あいつがリオンだ!」
まずいことに、気づかれてしまった。
「ちっ、逃げるよ!」
リオンは舌打ちして、警察官たちの方へ皿を投げつける。相手がひるんだ隙に、厨房の方へ回り込み、裏口へと急ぐ。
後ろから銃声がする。リオンもリボルバーを抜いて、後ろへ撃っていた。
なんとか酒場を脱出し、夜の街に飛び出した。空気が冷たくて、少し肌寒い。
しばらく離れたところで、走りながらリオンに尋ねる。
「リオンさん! どこに逃げるんですか!?」
「さあ、今から考える」
のんきに彼は言った。お酒で頭も回っていない状態で、言い案が思いつくわけがない。
「やっぱり、あの狭苦しいアパートに――」
「そうはさせないし!」
突如立ち塞がったのは、二人の男。彼らはリオンとコゴロウに銃を向けた。シシーニョとメデスたちだ。
「はぁ、ふぅ。……お前ら、どういうこと?」
銃を持つ同志たちを睥睨して、リオンは息切れをしながら、気だるげに尋ねる。
「見て分からないのかし? 今からリオン指揮官の追悼式を開くんだし!」
「意味が分かりません! 早く銃を下ろしてくださいよ!」
「シッシッシ……。嫌だし! もうリオンについて行くのはうんざりなんだし!」
シシーニョはリオンをにらみつける。彼らは連盟を裏切るつもりなのだろうか。
「へぇ。マカローニの自由を取り戻したくないの?」
リオンは彼らを見て目を細めた。
「そんなもの実現しないんだし! 戦争が終わってから、警察隊に追われ続けて、十七年。何も変えられていないんだし!」
彼は吐き捨てるように言った。
「だから、お前らは諦めるんだ?」
「そうだし! 革命なんて馬鹿げたことを夢見るよりも、帝国人の側について好き放題やるんだし!」
「へぇ、そうなんだ。もしかして、あの警察隊はお前らが?」
リオンの言葉に、コゴロウもはっとした。
「ご明察だし! あの後、お前らの後をつけて、近くの警察官に教えてあげたんだし! シッシシ」
彼らは警察隊に密告したようだ。
「や、やめてくださいよ! あなたたちだって平和連盟の一員なんですから、警察隊に捕まったら、ただじゃ済みませんよ!」
「それについては、向こう側と話がついているんだぜぇ? 奉仕活動をすれば、罪は問われないって話だ!」
メデスは舌を出して、頬をつり上げた。
非道だ。仲間を売って、自分たちだけ助かろうとするらしい。
「はぁ、残念だよ」
リオンはため息をついて、二丁の銃を抜いた。
一発の弾丸はメデスに命中。一発はシシーニョを横切った。
「えっ?」
コゴロウの口から間抜けな声がこぼれ出た。
数秒前まで銃を向けていたメデスは、壊れた人形のようにばたりと倒れる。
生き残ったシシーニョも、地面に崩れ落ちた。
(リオンさんが……仲間を殺した……?)
コゴロウは目の前の光景に目を疑った。
「シ、シシが悪かったんだし。命だけはどうか助けてほしいんだし! シシには一人娘がいるんだし! シシが死んだら、悲しむんだし!」
頭の前で両手を合わせて、彼は土下座した。卑怯な男だ。娘を盾にして、助かろうとしている。
「いつから、そんなに落ちぶれたの、シシーニョ? 十七年前の戦場では、立派に戦っていたのに」
リオンは命乞いをする裏切り者を見下ろした。
「し、仕方ないんだし! シシは、お前みたいに強くないんだし!」
「……ふぅ、そうだね。弱っちいくせに、問題ばかり起こすお前たちを今まで見捨てなかったのは、俺様に寛容な心があったからだよ」
「な、なら――」
「でも、もういいよね? そっちから俺様の救いの手を払ったんだから。さようなら、シシーニョ」
「だ、だめぇぇぇ!」
銃を持つリオンの手に飛びつく。コゴロウはリオンから銃を取り上げようと試みる。
「何してんの? 頭でもおかしくなったの? お前」
「殺しちゃだめです! シシさんは連盟の同志なんでしょう?」
平気で仲間に銃を向け合う彼らを、コゴロウはもう見たくなかった。裏切り者が悪いにしても、命まで奪うのは行きすぎた行為だ。
「いたぞ! あそこだ!」
リオンの手首をつかんでいると、先ほどの警察官たちが駆けてきた。
「シッシッシ。今回ばかりはバカなアカサカに感謝するんだし! お前らはあいつらに処刑されるんだし!」
シシーニョはゲラゲラと笑う。
コゴロウとリオンは走り出した。
警察官たちはこちらに銃を撃ってきたが、幸いそれらが当たることはなかった。
もやもやした気持ちを抱きながら、コゴロウは懸命に走った。




