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インパーフェクト・ピース  作者: まんぜるら
第二章 『 IDEAL 』
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【2-3】抵抗

 どれくらい走っていただろうか。気づけば、まったく知らないところに来ていた。

 ふと、後ろを振り返ってみたが、誰もいない。追っ手は来ていないようだ。


「あぁ……しんどぃ……」


 思わず地面に倒れ込む。どうにか危機を脱した。

 まったく、とんでもない国に来てしまった。治安がよくない国と聞いていたが、来て一週間も経たずに銃撃戦に巻き込まれるとは思っていなかった。ただ人に会いに来ただけなのに。


 もともとコゴロウは、マカローニに滞在中である、世界的に有名な発明家を訪ねる予定だった。異国の言語を学び、半年以上もの時間をかけて、この国までたどり着いたのだ。野蛮な人たちの抗争に巻き込まれるために、ここへ来たわけではない。


「ちくしょう。こんな国、来るんじゃなかった!」


 地面に寝そべりながら、灰色の空に叫んでいると、通り過ぎる人たちに冷ややかな目で見られてしまった。こんなことをしていたら、警察隊に通報されてしまうかもしれない。コゴロウは急いで飛び起きて、ずれたメガネを持ち上げる。


 リオンたちは捕まってしまったのだろうか。

 何にせよ、これでコゴロウは自由の身となった。もうリオンたちとはおさらばだ。発明家を訪ねるという本来の目的を早く成さねばならない。

 しかし、その発明家がマカローニのどこにいるのか知らない。そもそも、なぜ帝国人の発明家が、こんな小さな国に滞在しているのだろうか。

 

 とにかく、誰かに聞いて居場所を教えてもらうしかない。


「あ、すみません。少し尋ねたいことが――」

「急いでるんで」

「聞きたいことが――」

「……」


 誰もまともに目を合わせてくれない。なんて厳しい世の中なんだ。みんな自分のことしか考えていない。


 ふと、陰鬱そうな女性が目に入る。ローブの中から見える目は、もうすぐ世界が終わるのかと錯覚させるほどの絶望感が感じられる。話しかけるなというオーラが漂っていた。


 ダメもとで、コゴロウはその女性に話しかけた。


「すみません。人を探してまして……」


 尋ねると、彼女は死んだ魚類のような目を向けてきた。


「誰?」

「あ、ボクはアヅマっていう国からやってきた、アカサカ・コゴロウという者です。機械技術を学んでいる学者です」

「……じゃなくて……誰を探しているの?」


 ちゃんと話は聞いてくれるようだ。意外にも親切だった。


「えーとですね。ジェームズ博士っていう人なんです」

「……どこに住んでいるの?」

「それがわからなくて。帝国人の発明家なんですけど……」

「この辺りにはいない……。帝国人は、高級街の方に住んでいる……」

「高級街? どこにあるんですか?」


 女性はコゴロウの後ろの方角を指さした。今、ちょうど走ってきた方角だ。


「ここから、まっすぐ行って、十七番目か十八番目の角を曲がって……それから……」

「お、覚えられないんですけど……」


 方向音痴なので、途中で迷ってしまうだろう。道順を覚えるのは大の苦手だった。


「……ついてきて……」


 彼女はぼそりと言って、歩き出した。親切にも案内してくれるらしい。


「ありがとうございます! とても助かります!」


 彼女の小さな背中にお辞儀して、コゴロウもついて行く。

 早く最先端の学者から学びたい。そして、故郷の技術発展に貢献したかった。

 そうすれば、コゴロウたちの国の生活も、もっと豊かになる。天国に召された母も褒めてくれるはずだ。


 しばらく歩いていると、聞き覚えのある声がした。


「おい、お前。シシに喧嘩を売ったし? いい度胸だし!」


 シシーニョとメデスだ。彼らは謎の青少年を殴ったり、踏みつけている。彼らはコゴロウに気づいたようだ。コゴロウは、二人のそばに駆け寄る。


「おう、アカサカじゃねーか。生きてたんだな?」

「シシシ……。警察隊に捕まったのかと思ったし」

「お二人も無事で何よりです。リオンさんは?」


 見渡すが、リオンの姿は見えない。


「さあ? 指揮官はそんな簡単に死ぬような人じゃないから、大丈夫だろう。それよりその幽霊みたいな女は?」


 メデスは顔をしかめながら、コゴロウの後ろにいる女性を見た。


「失礼ですよ。彼女は道に迷ったボクを案内してくれたんです。ボクは高級街まで用事があるので」

「シシッシ。逃げたら、お前はリオンに殺されるし」


 シシーニョはニヤついた。ならば、殺されないように早くこの場を離れなければ。


「ところで、シシさんたちは何をしてるんです?」

「シッシシ。この生意気なガキで遊んでいるんだし」


 シシーニョは彼の髪をわしづかみにして持ち上げた。青少年は苦痛に表情を歪めている。顔には痣があり、鼻からは血が出ていた。コゴロウよりも、三つから五つほど若いだろうか。


「た、助けて……」

「離してあげてくださいよ。暴力なんていけません」

「嫌だし。こいつがシシにぶつかってきたんだし! 絶対に許さないんだし!」

「そっちがぶつかってきたんじゃ……」


 青少年はかすれた声を出した。


「うるさいし!」


 シシーニョは青少年の顔を殴る。彼はずいぶんと短気すぎる。先ほどストームを仕留め損なって、イライラしているようだ。


「やめてくださいよ。死んでしまったら、どうするんですか?」


 青少年をかばうように、コゴロウはシシーニョの前に立ちふさがった。


「お前もシシたちに口答えする気かし? 銃も持てない軟弱なお坊ちゃまは引っ込んでいるし!」


 シシーニョはコゴロウの頬を殴る。重い衝撃が頬にはしった。コゴロウは青少年の横に倒れる。メガネが外れて、地面に落ちた。その様子を見て、メデスが高笑う。


「はは、少しは手加減してあげてくださいよ。泣いちゃうかもしれませんよ?」

「シシィ! リオンの野郎に気に入られたからって、調子に乗ってるんじゃないし! 技術者だか、天才だか知らないし! 所詮、お前は無力で、そこのクソガキと同じだし!」


 シシーニョのあざ笑う声を聞いていると、幼き日々を思い出す。

 

 子どもの頃、町に遊びに行くと、いじめっ子たちに殴られた。裕福な家で育った子どもは、嫌悪や嫉妬の対象になるのだ。

 だから、親しい友達が故郷にはいなかった。腫れた顔で帰ってくると、母はいつも手当てしてくれた。そのとき、彼女はいつも口癖のように言っていた。


『お前は無力なままでいいの。決して、あの人のようにはならないで』


 憐れむようなまなざしを向けて、母はコゴロウの頭を撫でた。殴られた痛みよりも、母の悲しげな目の方が、より鮮明に記憶に焼き付いている。思い出すたびに、拳を強く握りしめてしまうのだ。


「……ボクは、無力なんかじゃない!」


 立ち上がり、シシーニョを殴る。コゴロウの弱々しい拳が、シシーニョの頬を打った。彼は殴られた頬を押さえながら、その顔を真っ赤に染める。


「よ、よくもシシを殴ったしぃ! 殺してやるしぃぃ!」


 彼は再びコゴロウを殴り飛ばし、倒れた体を踏みつける。痛みが体中に響き渡った。


「ぐぁっ……ボク、は……無力じゃ……」

「いいや、お前は無力だし! シシがそれを教えてあげるし!」


 見上げると、彼はコートから拳銃を引き抜いていた。

 こんなあっけなく死んでしまうのか。銃で撃たれたら痛いだろうか。コゴロウはそんなことを思った。


「し、シシーニョさん……」


 傍らで見ていたメデスがおずおずと言った。


「なんだし、メデス! お前もシシに口答えする気かし!?」

「いえ、そうではなく、指揮官が……」

「シ?」


 すると、けだるげな声が聞こえてきた。


「シシーニョ……。なにしてんの?」


 リオンだった。


「指揮官!」

「その男が壊れたら、どう責任をとってくれるわけ? ねえ?」

「し、し、仕方ないんだし! こいつが調子に乗ってるから教育を――」


 リオンは、シシーニョにリボルバーを向けた。その様子を見て、メデスと青少年はごくりと息を飲む。


「シシーニョ、うるさいよ? ね?」


 リオンににらまれ、シシーニョは渋々ながらも銃をしまった。


「指揮官はあんな人形なんかで、帝国人共と戦えるって、本気で思っているんだし?」

「少なくとも、あの人形はお前より従順で優秀だろうね」

「しっ! バカバカしいんだし!」


 シシーニョとメデスは、唾を吐いて立ち去る。

 なんとか、誰も死なずに済んだ。


「リオンさん! ありがとうぅ!」


 コゴロウはリオンにすがりつく。


「気持ち悪いよ、コゴロウ」


 リオンは彼を突き放した。


「ありがとうございます、リオンさん。おかげでボクは生きています!」

「はぁ、勘違いしないでよ、うっとうしい。俺様はお前の命なんてどうでもいい。ただ、人形の完成の前に、勝手に死なれると困るんだよ」

「それでも、ありがとうございます! さっきまではリオンさんになんてもう二度と会いたくなくて、このまま逃げてやろうって思ってましたけど、今はリオンさんにまた会えて感激の極みですよ!」


 コゴロウは嬉しいあまり、不要なことまで言ってしまったと気づく。


「へぇ。なら、早く帰って俺様のために働いてくれよ。完成するまで、食事は抜きね」

「い、今のは冗談ですよ。ボクがリオンさんから逃げるわけないじゃないですか。いやだなぁ」


 コゴロウは頭をかいた。

 そんな二人の会話がおかしかったのか、シシーニョたちに殴られていた青少年は笑い声を漏らした。


「何、笑ってんの? 気色悪い」


 リオンはそんな青少年を冷ややかな目で見た。


「はは、すみません。なんだか、お二人の会話がおもしろくって。あなたが、かの有名なリオンさんですよね?」

「あたりまえでしょ? 俺様がリオン・キャニオン以外の何に見えるわけ?」

「なんてクールなお方なんだ。助けていただいて、ありがとうございます! あなたも」


 青少年はコゴロウの方にも向いて、深く頭を下げた。


「ボクは何もしてないですよ。喧嘩慣れしてないので、シシさんには敵いませんでした……」

「いえいえ。庇ってくれただけでも、嬉しかった。それにカッコよかったです!」


 お礼を言われて気恥ずかしくなり、頭をかく。


「で、あそこにいる女は?」


 リオンは、ローブをまとった女性を指さした。コゴロウたちの方から離れたところに立っている。

 すっかり、彼女の存在を忘れていた。慌てて追いかけて、彼女に謝罪する。


「ホントにすみません。お待たせしちゃって」

「……高級街に行くの?」

「いえ、やっぱりいいです。ボクは帰らないといけませんからね」


 リオンはいぶかしげにこちらを見ていた。勝手に逃げだそうとしていたことがバレてしまいそうだ。


「ふぅん……」

「ここまで案内してくれたのに、ホントにすみません」


 コゴロウはもう一度、頭を下げた。


「ねぇ……」


 彼女は小さな声で言った。


「なんです?」

「……どうして、あの人を助けたの?」


 シシーニョに殴られていた青少年の方に、彼女は目を向けた。


「ボク、昔はいじめられっ子だったんです。だから、なんだか他人事には思えなくって」

「……あのままじゃ……死んでいた」


 彼女の言うとおり、リオンが来なければ、シシーニョに撃ち殺されていたかもしれない。


「そうですね。まさか、銃まで出してくるとは思いませんでしたよ」


 今、思い出しても寒気が止まらない。だが、後悔はしていなかった。


「でも、ボクと同じ苦しみを彼には味わってほしくないですから」


 考えるよりも先に体が動いていた。子供の頃はいじめっ子たちに立ち向かう勇気はなかった。

 だが、コゴロウはもう大人だ。いじめられている人を見て見ぬふりをして通り過ぎる大人にはなりたくなかった。


「そう……。変なの……」


 その言葉を最後に、彼女は立ち去った。


 あの人はどうしてあんなに暗い目をしていたのだろうか。コゴロウは妙にそれが気になった。

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