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帰還

 俺は、やっと日本に帰ってきた。まあまあ色々あったけど帰ってきた。あの世界とは違って、夜がある世界だ。通い慣れたはずの学校の一室は黒に覆われて、月明かりは雲の天幕をかけられていた。中学二年生の春、唐突に展開された転移魔法陣は俺を異世界に連れて行った。そこからは戦いの日々だ。

 俺が連れて行かれた世界は、戦争の真っ最中だった。連れて行かれたその日から、俺は剣を握らされ杖を取らされた。転移魔法陣を通った人間は、分解され、その際に一度生物ではなくなるために、様々な能力を有するようになるらしい。俺達は生き神と呼ばれていた。その神に隷属の首輪を付けて、言うことを聞かせるのはどこの国でもやっている手口だ。俺達と言ったからには、俺以外にも異世界から連れてこられたやつはいる。錦木、方橋、シューベリック、名前を知っている生き神は俺と同じ国に隷属させられた三人くらいだが、他にも何人かの生き神を戦闘中に見たし、殺した。錦木も同じようなことを言っていたので、そこそこの人数があの世界に飛ばされたのだろう。

 人の肉が焼ける匂いにも、洗っていない体の匂いにも慣れ、戦争が終わると直ぐに俺と方橋は直ぐに元の世界に返された。生き神の力はいらなくなったのだ。死んでいなければ、錦木もシューベリックも帰って来れたのだろうがそれは叶わなかった。

 急に光が当てられて、俺は少しの物思いを中断した。その光の正体は、警備員の持つライトだった。

「ほら、帰りな」

 もうお爺さんと呼ばれる年で事を起こしたくないのか、穏やかな声でそう言ってくれた。

「わかりました、すみません」

 俺はそう言って教室を出た。階段を降り、下駄箱に向かうと俺の姿が映る。俺が人間だった時の姿だ。それも十四のあの時のまま、制服を着ている。異世界での俺の姿は、自分でもどうなっていたかよくわからない。足は三本あったし、手みたいなものは十五本あった。目は体全体についていた。他の生き神達も凡そ人間から離れた見た目をしていて、その中では俺が一番人の形をしていた。異世界の人々は、夜がない分酸素濃度が高いのか、骨格がこっちの世界よりもゴツかったように思えるが違いはそれくらい。異世界に行く過程で一度分解されるため、こちらの世界での自分の形になることはあり得ないそうだ。こちらに帰る時も、姿が不安だったのだがとりあえず一安心だ。多分、俺がいなくなった分の穴のようなものが空いていて俺はそれを金型にして再構成されたのだろう。

 ポケットに入っているスマートフォンを確認すると、日付けがあの日のままだ。時間は進んではいるが、六時間程度、俺の感覚的に十年は異世界にいたのだから大きなズレがある。指紋認証でロックの解除を試みたのだが、失敗、やはりあの時のままというわけではないらしい。諦めてパスワードを打つとトークアプリには、母親から大量のメッセージが届いていたので、早く家に戻ることにした。


 久しぶりの家は、馬鹿みたいにでかい宿舎で過ごしていた俺にはなんだか小さく見えた。母さんの理想を詰め込んだマイホームなんだと、誇らしげに言っていた父さんのことを思うと少し申し訳ない気持ちになる。バックの中を探り、金属の冷たさを感じたのでそのまま引っ張る、そうして鍵を取り出して差し込み、捻る。

 リビングに入ると、母さんはソファーに座ってテレビを見ていた。

「遅かったね、何してたの? 既読も付かなかったし」

「いやちょっと、いろいろあって」

「そ、ただ連絡は入れてね、心配になるから」

「わかった」

 何気ない会話だったが、込み上げるものがあって恥ずかしくなったので、「ちょっと、荷物置いてくる」と言ってリビングを出た。自分の部屋に戻り堅苦しい詰め襟をハンガーに掛けて、パジャマに着替えたところで殺意を感じた。ただ、あの世界でのように自分一人に向けられたというものではなく、無差別な殺意だ。窓の外を見ると道路を二本ほど挟んだ先に、黒いモヤのようなものが蠢いているのが見えた。もう異世界で奇妙なものを見慣れすぎている俺は、特に気にならなかった。ただ、次に目に入ったものは俺の興味を十分に引いた。ゴスロリ衣装の女の子がその黒いモヤに突っ込んで行ったのだ。

 帰って来て直ぐに家を出るところを母さんに見られたら面倒なことになりそうなので、窓を開けて飛び降りた。異世界に行った人間は、基本的に身体強度が格段に上がる。このくらいの高さなら直立不動で落ちてもダメージはない。銃を至近距離で放たれても、薄皮一枚破られなかった。一回の転移でそのレベルなのだから、二回目の転移ではどこまでの身体能力が得られたのかわからない。

 駆け足で現場に向かうと、女の子は戦闘中だった。黒いモヤのように見えたのは何百もありそうな触手が高速で動いていたからだ。その怪物はカタツムリのような見た目をしている。対して、女の子は14の自分と同じくらいの歳だろう、ピンクの髪にハートマークをあしらったステッキ、魔法少女だ。小さい頃にアニメで見るような魔法少女だ。

「おい、あれなんなんだよ」

 俺同様に野次馬をしに来ていた数人が声を上げる。スマートフォンを構え、その様子を撮影している者、あまりの出来事に逃げることを決めた者もいる。

 魔法少女は、劣勢も劣勢で、四方八方から放たれる触手を避けきれず身体には相当な数の裂傷ができていた。

「モッキュー、どうすればいい?」

 純粋そうな、透き通った声がする。可愛らしさの中に正義を持つ、魔法少女にピッタリの声だ。

「ヒカリはまだ自分を信じきれてないモキュ。誰もの心の中に、明かりがあるモキュ、その明かりをもっと強めるモキュ!」

「そんなこと言われたって」

 困惑しながらも、触手の攻撃を回避することができるようになっていっている。

 ヤケになったのか、怪物は全方向に触手を展開して住宅街を破壊し始めようとしたので、俺は直ぐに手を振り下ろして触手を切断した。痛みのためか大きく暴れる怪物を金縛りにかけて動きを止める。

「モキュ?」

 ヒカリと呼ばれている魔法少女も驚いていたが、白毛玉はそれより驚いている。

「何が起こったかわからないモキュが今がチャンスモキュ!」

「わかった」

 魔法少女は、持っていたステッキを槍の形に変えて投擲、そのまま怪物を貫いた。血液と思われる液体が出来た穴から噴水のように出て来ている。怪物は、金縛りのため避けることはできず、俺が心音が聞こえなくなったのを確認して金縛りを解くと、力無く倒れていった。

「やった、やったんだよね、モッキュー」

「やったモキュ、アカリの勝ちモキュ」

 俺は、魔法少女が立ち去っていくのを確認してから、怪物に近づいてから首を切り落とした。放っておいても死んだだろうがあんまり苦しまないで欲しかった。異形には縁がある。すると、怪物の体がスルスルと解けていくように消えて無くなった。俺の疑問が限りなく高まっていく。

「こいつ、生き神か?」


 一度家に戻り、母さんが用意していた親子丼を頬張りながら考える。

 生き神は、この世界の生物ではないため、死んで、魂が消滅すると体も消滅する。俺が殺してきた奴らもそうだった。それに、あの異形性、生物として非対称でありすぎる。俺の異世界での姿もそうだが、生存を拒絶するかのようなアンバランスなデザインだ。

 だが、生き神だと仮定すると、弱すぎる。戦闘向きの能力が与えられなかった方橋でさえ、脚を一振りすれば地形を変える事ができた。ましてや、特別な何かがあるのかも知れないが槍に貫かれるなんてことはあり得ない。

「ご馳走様」

 考えることが面倒になったおれは部屋に戻ってベッドにダイブをした。


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