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33話 ユアン兄様

 逃げられないと察したカーヴェル公爵は、執務机の背後にある絵画の後ろに手を差し入れ隠し扉を開く。


「っ! カーヴェル公爵っ!!」


 テオドールの一瞬の隙をついてカーヴェル公爵はその中に逃げ込み姿を消し、入れ替わりで私兵の騎士たちがルシアンとテオドールの背後に迫る。第五騎士団の騎士たちの手をすり抜けてきた猛者のようだ。


「まったく小賢しいな。テオドール、全力で叩き潰そう」


 そう言って、ルシアンは背後の私兵たちへ振り向き剣を構える。


 主人を逃すため構える騎士たちに向かい、ルシアンは一歩踏み出した。


「ええ、俺も同感です。もう遠慮はしません」


 その言葉を皮切りに、テオドールの全身に青い雷がバチバチと音を立てて走った。

 その異様な空気に、私兵の騎士たちもルシアンでさえも動きを止める。


 触れるだけで、全てを吹き飛ばすような衝撃を与える青雷の剣。それこそがテオドールの最大の武器だ。


 剣を構えたテオドールが神経を集中させると、一段と青く輝く雷が剣身に巻きついた。その光景は誰も寄せつけないほど孤高で、目が離せないほど美しい。


 アマリリスは青い雷から、テオドールから目が離せなかった。


「青き竜よ、逃亡者を喰らい尽くせ!」


 テオドールが剣をひと振りすると、竜に姿を変えた青い雷がカーヴェル公爵の後をうように隠し通路へ消える。


「ぎょええええええええっ!!」


 それからほんの数秒後、どこからともなくカエルが潰されたような叫び声が聞こえてきた。


「対象確保。これにて任務完了です」


 さも当然というような素振りで、テオドールは剣を収める。


 圧倒的な力の前に私兵の騎士たちは青ざめ、一瞬で戦意を失ってしまったようだ。第五騎士団の騎士たちに促され、おとなしく連行されていった。


 カーヴェル公爵家は今回の件で断絶になるだろうから、使用人や騎士たちから事情聴取が済めば、その後の身の振り方について話をされるだろう。


 四人だけになった執務室でルシアンが心底嫌そうに呟いた。


「なんだよ、そのえげつない魔法剣。僕の出番がなかった」

「ルシアン殿下を危険な目に遭わせるわけにはいきませんので、少々本気を出しました」

「はあ? だったら昨夜も本気を出してもらいたかったんだけど。絶対にリリスの前だからいいカッコしたかっただけだろ」


 ぶつぶつ言うルシアンをスルーして、テオドールはアマリリスに微笑みかける。


「これで片がついた。リリスの仇は取れたな」

「テオ兄様……!」


 テオドールに優しく抱きしめられ、アマリリスがつけているブレスレットが薔薇のような濃いピンクの光を放った。今までにないほど色鮮やかな光に、ルシアンが思いっ切り眉を寄せる。


「恨みっこなしですよ」


 ニヤリと笑うテオドールを、ルシアンはきつく睨みつけた。




 その後、アンネは第五騎士団と共に王都へ行き、裏の顔があったイクシオ商会の情報と引き換えに恩赦を受けた。


 裏社会からの信用をなくしたイクシオ商会は大きなダメージを受け、商売を続けることは難しい状況となっている。


 カーヴェル公爵についても王太子暗殺未遂事件の黒幕として捕まり、これから先カーヴェル家に明るい未来はない。

 アンネが暴露した情報は機密事項として扱われ、第五騎士団はしばらく忙殺されることになった。


 王都に戻ってきたアマリリスたちはいつもの日常を取り戻し、穏やかに過ごしている。今度はユアンとの再会を待つだけだ。


「ルシアン様、ユアン兄様の情報はなにか入りましたか?」

「あー、うん。それなんだけどね、そろそろ再会できると思う」

「っ! 本当ですか!? ようやくユアン兄様に会えるのですね!?」

「うん……近々、ね」


 アマリリスはユアンと会えると聞いただけで、ブレスレットがピンク色の光を放つくらい喜んでいる。苦々しい気持ちでそれを見つめるルシアンは、再び書類に視線を落とした。


 それから二カ月後、アンネがルシアンの執務室を訪ねてきた。


 第五騎士団の調査に協力していたテオドールも、この日は予定を開けて同席している。四人が集まったのは都市グラティム以来だ。


 久々の再会ということもあって、心ゆくまで話ができるようにルシアンが人払いをしてくれた。


「そうそうカーヴェル公爵家だけど、取りつぶしが決まったよ。これまで植物の研究一筋だったラングリッジ侯爵家が後釜になる」

「ラングリッジ侯爵なら適任ですね。バックマン公爵の縁戚ですし、不器用ですが真面目な方でしたわ」


 ルシアンの報告にアマリリスは大きく納得した。研究に夢中になりすぎてあまり社交に出ていないが、ラングリッジ侯爵なら信用できる。


「アルマンド・カーヴェルの処刑も先日執り行われたから、もう脅威はない。妻子や孫たちは貴族籍を剥奪されたから、恨んでいようとなにもできないだろう」

「ふうん、一家丸ごと殲滅すればよかったのに。どうせ同じ思考の持ち主じゃない」


 アンネの言いたいこともわかる。領民の暮らしを見てもカーヴェル公爵家の一同は贅沢をやめなかったし、私財を確保することに執心していたのだ。


「王太子暗殺未遂にはかかわっていなかったから、平民に落とすのが妥当だ」


 テオドールはこういうところでも誠実で、感情に振り回されることがない。そんな兄を誇らしく思いながら、アマリリスはアンネに声をかけた。


「アンネさんは、もう大丈夫なのですか?」

「ええ、おかげさまで。全部暴露してやったから、もうあたしのことまで気が回らないはずよ。これからはのんびり暮らすわ」


 アンネはイクシオ商会でもかなり重要なポジションだったらしく、辞めたくても許されなかったと話す。


 自由のない暮らしがどんなものか、アマリリスは骨身に染みてわかっている。だからこそ、心からアンネの恩赦を喜んだ。 


「恩人であるアンネさんがこうして自由を得られて、私も嬉しいです」

「……恩人ねえ。本当に気付いてないんだ?」

「気付いていないとは……?」


 突然、アンネの声が低くなる。アマリリスはアンネの声が女性にしてはハスキーだと思っていた。しかし、それよりもさらに低くまるで男性のようだ。


 ルシアンとテオドールは揃って機嫌が急降下し、この空気の変化にアマリリスだけがついていけない。


 すると、徐にアンネが立ち上がり、今まで決して外すことがなかったストールを剥ぎ取った。青緑の瞳はそのままに、薄茶色の長い髪をひとつにまとめた美麗な顔立ちが顕になる。


 首には女性にはない喉仏があった。さらにロングワンピースを脱ぎ去ると、程よくフィットした黒い衣装の下に、ガッチリとした身体が隠れていた。


「リリス。やっとこの姿で会えた」

「――まさか、そんなこと……」


 アマリリスに向ける穏やかな青緑の瞳は、テオドールと同じで。


 さらりと揺れる薄茶の髪は、アマリリスの記憶と寸分違わず。


 細身でスラリとした長身の青年は、あの時、アマリリスの大粒の涙を拭ってくれたユアンの面影がありありと残っていた。


「……本当に? 本当にユアン兄様?」





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