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31話 悪女の才能

 アマリリスはようやく目的の人物、カーヴェル公爵と対面した。 


 アンネは事前の打ち合わせ通り、捕まった素振りは見せずカーヴェル公爵へ挨拶をする。


「カーヴェル公爵、ご無沙汰しておりますわ。本日は私の提案を受け入れてくださって、ありがとうございます」

「……ふんっ。商人如きが生意気だが、例の物についてと言われたら仕方あるまい」


 カーヴェル公爵はチラリとアマリリスに視線を向けるが、興味なさげに対面のソファーへ腰を下ろした。


「では早速、商談を始めさせていただきます。最初に、この場を設けてほしいと強く希望されたのはこちらのお方です」

「プラジャーク王国の第三王女、アマーリエと申します」


 本当は大商人の娘と自己紹介するはずだったが、アマリリスは急遽王族を名乗る。


 これは賭けだった。


 王族ともなれば名も知られ、顔も知られている可能性が高い。だが、プラジャーク王国はフレデルト王国から遠く離れた地にあり、影響力がほとんどない小国だ。


(だからこそ、計画性のないカーヴェル公爵はきっとそんな小国の情報なんて調べていないはず……)


 もし万が一情報を知っていたとしたら、本当はその国の貴族だと打ち明ければいい。王女の命を受けたと言って、次の段階へ進めるだけだ。


「……王女だと? 遠い異国の小国など知らんが、王族だという証拠はあるのか?」


 アマリリスの読み通り、カーヴェル公爵はプラジャーク王国の詳細を知らなかった。アマリリスはここで悪女の仮面を被り勝負に出る。


 優雅に立ち上がり顔と頭を覆っていたストールを取り払い、太陽のような琥珀の瞳でカーヴェル侯爵を睨みつけた。


「この国の貴族はあまりにも無礼である! 私が王族を語る偽物だと申すのか!? ならばこのアマーリエが王族でないという証を見せよ!」

「あ、いや……」


 承認欲求の強いタイプは自己肯定感が低く、肩書を重視する。失敗を極度に嫌がるから、とんでもない無茶振りをすれば冷静さを欠くのだ。


「アンネ、もうよい。国へ帰って他の方法を見つけよう」


 アマリリスはふんっと鼻を鳴らして身を翻した。アンネは驚きつつも、アマリリスの後を追う。ふたりが扉へ向かって歩き出すと、カーヴェル公爵は慌てて立ち上がった。


「も、申し訳ございません! まさか、まさか本当に王女様と思わず、無礼な態度を取りました……!」


 カーヴェル公爵はアマリリスのはったりにあっさりと引っ掛かる。アンネは口元がストールに隠れているのをいいことにニヤリと笑っていた。


「わかればよい。それでは、話を進めて問題ないな?」

「はい、お願いいたします」


 これ以上カーヴェル公爵を責め続けてもメリットがないため、アマリリスはサッと引き下がり話題を変える。三人は改めてソファーに腰を下ろし、面会を求めた理由について話しはじめた。


「本日、カーヴェル公爵邸を訪問したのは、例の薬についてご相談があったからなのです」

「ああ、手紙にも書いていたな」


 カーヴェル公爵はソファーに浅く腰掛け、目元はピクリとも動かず、腕組みをしている。


(当然だけど、警戒心を強く持たれているわね。さて、ここからどうやって警戒心を取り払っていこうかしら?)


 アマリリスはこれまでのカーヴェル公爵の性格や行動から、最適解を導き出すため思案した。人心を操ることに長けた悪女としての才能が、失敗を許されない場面でも遺憾なく発揮される。


「アンネからカーヴェル公爵は先見の明のあるお方だと聞いている。その才能を見込んでの頼みだ」

「ほう……アマーリエ王女は人日を見抜く目をお持ちのようですな」

「そうだな。この部屋を見てもわかるが、一級品ばかり揃えている審美眼、これだけの物を集める財力、すなわち其方の経営手腕が優れているということだ」

「さすがでございます。この応接室に揃えた品々は、みな特別なものでして――」


 カーヴェル公爵は滔々(とうとう)と自慢話を始めた。アマリリスにとっては退屈でつまらない時間だが、彼の警戒心を解くためなので仕方なく興味深く聞いているふりをする。


 承認欲求の強い人物は往々にして自慢したがりなのだ。その話を真剣に聞く相手に嫌な感情は抱かない。


(これでかなり好意的な印象に変わったはずよ。次は……)


 アマリリスはカーヴェル公爵の心の壁を崩すため、さらに追撃する。


「ふむ。其方がプラジャーク王国の民でないのが口惜しいな。小国とはいえ十分な待遇を約束するから、こちらに来てみないか?」

「私はフレデルト国王に忠誠を誓っております……ですので、少し考える時間をいただきたいですな」

「よかろう。心が決まったならアンネを通して知らせよ。いつでも歓迎するぞ」

「なんと、それほど……! お誘いいただき、ありがたき幸せにございます」


 王族からの賛辞と称賛、さらには承認欲求を満たすような誘い文句。これらの言葉で、カーヴェル公爵はニコニコと満面の笑みを浮かべ浮かれている。


 しっかりと深くソファーに腰掛け、身を乗り出して話をしていた。その中で手のひらをアマリリスに向けて装飾品の説明をしていたし、大きく手を広げてテーブルの上に乗せている。


(――もう私に警戒心はないわ。王族から承認されてよほど嬉しかったのね)


 アマリリスはもっと抵抗されると思っていたが、カーヴェル公爵の態度の変化は実にわかりやすかった。


 今はどう見てもカーヴェル公爵は王女アマーリエに好意的な態度を示している。


(予想より簡単だったけど……ここからが勝負よ)


 アマリリスはすっと瞳を細めて本題を切り出した。


「では、カーヴェル公爵。私の頼みを聞いてくれるか?」

「頼みですか? どのような?」

「先日、アンネが渡した薬を私に譲ってもらいたい」


 その瞬間、ピクッとカーヴェル公爵の目元が動き、表情が固まる。


(しまった、まだ早かった……?)


「先日の薬とは……どの薬のことでしょうか? そこの商人からはさまざまな薬を仕入れておりますが」


 アマリリスはスッと表情が消えたカーヴェル公爵の微細な動きに注視した。


 カーヴェル公爵は背中を反らし、アマリリスと距離を取ろうとている。また膝に乗せた手のひらをギュッと握りしめて、唇を舐めてなだめ行動を取った。


(これは……拒絶のように見えるけど、これまでのやり取りを踏まえると不安の現れだわ。おそらく、私の目的がわからないことが原因ね)


 相手に自分の後ろ暗いところを見せて、カーヴェル公爵の評価が落ちることを心配しているのだ。

 それならば、アマリリスは彼の不安を払拭する言葉を伝えればいい。


「実はな、邪魔な女がいるのだ。私の婚約者に色目を使い、唆そうとしておる」

「そこで私が相談を受けて、例の薬を思い出しました。あの薬は特殊配合のため滅多に材料が揃いませんので、カーヴェル公爵に譲っていただくしかないとお話ししたのです」

「私がどれほど本気で薬を欲しているか、直接伝えたかった。もちろん、相応の代金は支払う」


 ロベリアを思い浮かべながら、アマリリスは半分だけ真実を混ぜ込んで事実のように話し、最後は金を渡すと伝えた。


 今、カーヴェル公爵が欲しがるものを次々と提示したのだ。


 生唾を飲み込んだカーヴェル公爵の喉仏が大きく上下する。気持ちが揺れていることを感じ取ったアマリリスは、もう一押しする。


「薬を譲ってくれるなら、其方の言い値で代金を支払おう。私はどんな手段を使おうとも、確実にあの女を始末したいのだ」


 カーヴェル公爵の瞼がピクピクと痙攣している。このマイクロサインは意識してコントロールできないものなので、彼が葛藤していることがわかる。


(……これ以上追い詰めるより、ほんの少し引いた方がよさそうね)


 アマリリスは深くため息をついて、あきらめの表情を浮かべて言葉を続けた。


「……やはり無理か。ここで話したことは内密にしてくれ。今日はこれで失礼する」


 悲しげに眉尻を下げて目を伏せ、ゆっくりとした動きでソファーから立ち上がる。顔を覆うようにストールを巻きつけて、もう一度カーヴェル公爵に視線を向けた。


「アマーリエ王女」

「なんだ? 慰めの言葉ならいらんぞ」

「絶対に私の名前を出さないと誓っていただけますか」

「もちろんだ。私はこのことを決して口外しない」

「わかりました。薬をお譲りしましょう。こちらへどうぞ」


 そう言って、カーヴェル公爵は執務室へふたりを案内する。アマリリスはストールの下で口角をあげた。


(チャンスが逃げてしまうと思ったら、しがみつきたくなるのが人の性よね)


 アマリリスはカーヴェル公爵に物証を用意させることに成功したのだった。




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