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29話 懐かしい人物

 都市グラティムの外れにある古びた穀倉の一室で、数人の男たちが鮮やかな模様が描かれたストールを被るロングワンピースの人物を取り囲んでいる。その中にはテオドールの姿もあった。


 カーヴェル公爵領での調査は極秘裏進められ、テオドールとその部下たちが任務にあたり重要参考人としてひとりの商人を捕らえたのだ。


 わずかに入る日の光が、肌寒い倉庫内に舞う埃をキラキラと照らしている。テオドールは静かに目の前の人物に問いかけた。


「アンネ、といったか。いつまで黙っているつもりだ?」

「…………」

「お前がカーヴェル公爵に出入りしていた商団の人間だと掴んでいるんだ。隠しても無駄だぞ」

「…………」


 アンネは目を伏せたまま反応すらしない。ストールからこぼれ落ちた髪の毛がふわりと揺れて、喉元にテオドールの切っ先が突きつけられる。


「これでも話す気にならないか?」

「……あんたは私を殺せない」


 アンネの青緑の瞳は真っ直ぐにテオドールを捉えた。ようやく口を開いたと思ったら、反発する言葉でテオドールはため息をつく。


(たしかに俺には殺せない……だが、コイツの態度が悪すぎる。アマリリスに頼るのは気が引けるが、そろそろ着く頃か)


 剣を鞘に収めると、背後の扉がギィーッと音を立てて開かれた。


 テオドールが振り返ると逆光の中に寄り添うふたりの影が見える。


「やあ、ずいぶん苦戦しているみたいだね」

「……面目ありません」


 愉快そうに笑うルシアンを見て、テオドールは苦々しい気持ちになった。口を割らせるために、時には非情な手段も用いるが今回はその必要がないと判断している。


「遅くなりました。こちらの方が例の――」


 アマリリスも建物内に入り、重要参考人を見た瞬間、言葉が途切れた。


「ア、アンネさん!?」

「アマリリス、久しぶりね。ふふふ、黙ってたらきっと貴女に会えると思っていたのよ」


 先ほどまでの態度とは打って変わって、アマリリスが来た途端にアンネはふんわりと微笑み話し出す。


 同席していた騎士たちもあんぐりとした様子でふたりのやりとりを見ていた。


(ど、どうしてアンネさんがここに……!?)


 アンネはアマリリスがクレバリー侯爵家にいた頃によく出入りしていた、異国の商人だ。綺麗な青緑の瞳が印象的でスラリとした長身の美しい人で、民族衣装をまといストールで顔半分を隠すように巻きつけている。


 でも、目元だけでも優しく微笑んでいるのはわかっていたし、こっそりとアマリリスにお土産を渡してくれていた。


『これはおまけよ。東方の国の食べ物で〝金平糖〟というの。甘いから疲れた時に食べるといいわ』


 アンネの少し低めの声は耳に心地よく、ささくれだったアマリリスの心をいつも穏やかにしてくれた。


 アマリリスは彼女の存在にもたくさん救われた。食事を取れない時は、お土産としてもらった金平糖という異国のお菓子で空腹を紛らわせたこともある。


『国に残してきた妹と同じ年頃だから、勝手に妹のように感じているのよ』


 と言って、アマリリスをかわいがってくれた、恩人のような存在だ。


「うふふ、アマリリスになら質問に答えるわ。そのために黙秘を続けていたんだから」

「え……? そうなのですか?」


 アンネの言葉に、アマリリスはどうしてそこまで信用されているのかと疑問を抱く。


「……なんか釈然としない」

「俺も同感です」


 珍しくルシアンとテオドールの意見が合致して、凍りつくような冷たい視線をアンネに向ける。だが、アンネはまったく気にせずアマリリスと話を続けた。


「そうよ。言ったでしょう? アマリリスは私にとって妹みたいだって」


(アンネさんの言葉に嘘は……ないみたい)


 アンネは嬉しそうに目を細めている。ストールの下の微細な表情は読み取れないが、これまでの経験からその言葉に嘘はないとアマリリスは判断したのだが。


(でも屈強な騎士たちに囲まれて取り調べを受けているのに、怯えや恐怖の微差な仕草はまったくない。女性がこんな環境で平常心を保っていられるかしら……? それとも、特別な訓練を受けている……?)


 この状況とそぐわないアンネの反応に、アマリリスは少しだけ違和感を覚えた。


「ねえ、アマリリスはなにを聞きたい?」

「……まずは、アンネさんとカーヴェル公爵の関係を聞かせてください」


 アンネの話では、彼女が所属するイルシオ商会がカーヴェル公爵にさまざまな商品を卸しているという。その中にルシアンの暗殺未遂に使われた毒薬もあった。


「あの薬は飲み物に混ぜでも色も変わらないし、無味無臭で即効性があるように特殊配合しているの。他にはない毒薬だから解毒剤もなかったでしょう?」

「まあ、たしかにね。おかげで酷い目にあったよ」

「お褒めの言葉と受け止めるわ。私もまさかアマリリスに使われるとは思っていなかったのよ。だからルシアン殿下が身代わりになってくださってホッとしているの」


 アマリリスたちは重要参考人には身分を隠すつもりでいたが、すでに身元が知られているのでそのまま話を進める。


「それが商会やカーヴェル公爵の情報を流す理由ですか……?」

「そうよ。カーヴェル公爵には毒薬を三包売ったわ。きっとまだ持っているから、物証を押さえたら?」


 アンネの言葉で騎士たちの顔つきが変わった。この情報が正しければ、確実にカーヴェル公爵を追い詰めることができる。


 しかし、アマリリスはアンネへの疑惑がますます膨れ上がった。


「……アンネさんはいつ、どこで私に毒物が使われたと知ったのですか?」


 アマリリスに毒が盛られたことは調査段階で公にされてはいない。あくまでも王太子暗殺未遂として国王は調査を進めたのだ。


「イルシオ商会では情報だって商品なのよ」


 華麗なウィンクをしてみせるアンネに、アマリリスは先ほどから感じていた違和感の理由はここにあったのかと納得する。


(なるほどね……毒薬や情報を扱う商会ということは、裏社会にも通じる組織ということになる。何度も修羅場を潜ってきたから、落ち着き払っているわけね)


 それにアンネの顔半分が隠れていることで、相手に感情を読み取らせない意図があるのかもしれない。

 アマリリスにとっては優しい商人だと思っていたが、ほんの一面しか見せてなかったようだ。


「ではカーヴェル公爵が持つという毒薬を確保しましょう。ルシアン様、用意していただきたいものがありますので、カッシュ様に連絡をとっていただけますか?」

「もちろん、リリスが望むままに」


 恭しく手の甲にキスと落とすルシアンに、アマリリスの心臓が跳ねた。ごまかすようにコホンと咳払いをして、今度はアンネとテオドールへ視線を向ける。


「テオ兄様、アンネさんの拘束を解いてください」

「……許可できない」

「カーヴェル公爵の物証を抑えるために、アンネさんの協力が必要です」

「あら、アマリリスのためなら、どんなことでも協力するわよ。必要なら追跡の魔道具でもつけたらいいじゃない」


 テオドールの眉間にグッと深い皺が寄る。せっかく捕らえた重要参考人を逃したくないのだろうと、アマリリスは察した。


「テオ兄様、アンネさんが逃亡する危険性はほぼないと思います。ここまでの言葉に嘘はありません」

「……はあ、わかった。だが追跡の魔道具は付けてもらうぞ」

「ええ、それでいいわよ」


 こうしてカーヴェル公爵を捕えるため、アマリリスたちは水面下で行動を起こした。




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