奴隷少女は主に殺されかけている。
「ぼくのために死んで?」
驚いた。
主にこのようなことを言われたのは初めてだった。
わたしはこの方の奴隷なのに甘やかされて、奴隷としての自覚を失っていたのかもしれない。本来、こうして同じ卓に座ることすら許されていない身なのに。
僅かに感じた胸の痛みを、見て見ぬふりをして応答する。
「死に様はどのようなものがよろしいでしょうか」
主は片方の口角を少しだけ上げて笑う。この笑い方は彼が何か企んでいる時の笑みだ。
「うーん、そうだな、笑っていてほしい」
「左様ですか、他にお望みは御座いますか?」
わたしのことが邪魔になったのだろうか、何が失礼をしてしまっただろうか。
不安に思うけれど、主に対して彼が求める以上の会話はできない。
「あとは、ぼくの隣にいてほしいかな」
「?もとよりそのつもりではないのですかっ......出過ぎた発言を致しました、お許しを」
無礼だと取られ、処分されてもおかしくはなかった。
死にたくはない。けれど、この国で身分制度は絶対だ。
「構わないよ。こんなこと突然言われて驚くのは仕方ない。他に質問はあるかい?」
お咎めはなく、ホッと胸を撫で下ろす。
許可が出たのでわたしはおずおずと口を開いた。
「手段はどのようなものが?」
「老衰が好ましいかなあ」
老衰とは主も難しいことを言う。だけれど、わたしは彼の奴隷なのだ。
願いを叶えるために思案を巡らせた。
「自然衰弱という形でありましたら、数ヶ月はかかりますがよろしいでしょうか?」
これが彼のお気に召さなかったらどうしようか。
彼の性格なら手打ちにするよりも放逐だろう。また昔みたいになるくらいなら主自身の手で殺して欲しい、そう身勝手な願いが生まれてしまう。
「それじゃあ短すぎる」
そう言って彼はわたしの方に身を乗り出した、かと思うと抗う暇もないほど一瞬でわたしのことを膝の上で横抱きにする。
主の予想外の行動にわたしは目を丸くした。
「ど、どうされたのですか主?」
極度の緊張のために声が裏返った。
「んー、いや、こんだけ言ってもまだ伝わらないのかなって」
これは理解できないわたしが悪いのか。勿論主が悪かったことはないので、わたしに落ち度がある。
「あ、あるじ......恐縮ですが、おっしゃっている意味がよく......」
「要はね、ぼくたち結婚しようってこと」
頭の中が混乱状態になる。
今にもショートしそうな頭をどうにか回転させて結論を導き出した。
「潜入調査でしょうか?それならば適した者が他にも......」
「そのままの意味だよ」
その短い言葉を告げた刹那、主の綺麗な顔が近付いてきて反射的に目を瞑る。
口になにか柔らかいものが触れた気がした。
数秒ほど経って、やっとそれが主の形の良い唇だと気がつく。
瞬間、脳が沸騰し顔が赤くなった。
「この反応、少しは期待しても良いのかな」
主が何かおっしゃったが、わたしは自分のことで手一杯になっており耳に入らない。
「あ、るじ、今何と......」
応答はなかった、代わりに額にキスをされた。
「これで分かったかい?」
分からない、分かるはずがない、分かってはいけない。
「ルリ、君を愛しているよ。だから諦めてぼくと結婚してほしい」
彼の言っていることは半分も理解していなかった、けれど反射的に応えていた。
「......は、いっ」
自然と涙が溢れる。
それを拭ってくれるのは、あのときも、今も、彼だけだ。
「君が死んだらぼくもすぐに後を追うし、ぼくが先に死んだ場合もそうしてね」
彼は狂っているのだろう。
けれど、そんな言葉を嬉しいと思ってしまうわたしがいちばん狂っている。
「貴方様に拾って頂いたときより、その心算でございました。あと、それと」
「うん?」
主は小首を傾げる様も非常に絵になる。
「あと、それと、わたしも貴方を愛しております」
そして、わたしは初めて自分から彼に触れた。
彼が先程触れたのと同じとこに、同じ場所で。