表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
今夜、キミは歌姫になる  作者: 臆病丸(ごん丸)
9/25

運命

 俺が母さんと話してから既に数日がたっていた。


 この前、入学式をしたばかりだと思ったが既に5月になっておりクラスの雰囲気も大分落ち着いている。

 教室に入るとクラスメートの女子達が挨拶をしてくれるので、それに軽く答えながら自分の席に座る。

 クラスの男子達とは相変わらずで少し話す程度の奴はいるがそこまで仲のいいやつはいない。


 自分の席に鞄を置いて、隣の席をチラリとみるがその席に本来いる筈の少女、有沢雪乃の姿はない。


「おはようございます、小田君」


 突如、そんな俺に声をかけてくれたのは同じクラスで有沢雪乃とも仲良しである雛田千鶴だ。

 彼女は最近忙しくて学校を休むことが多くなった雪乃の為にノートを二冊用意していたりする心優しい人だ。あと、可愛い。

 俺がこの女子ばかりのクラスで孤立しないのも彼女が気にかけてくれているからかもしれない。


「おはよう、雛田さん」


「有沢さんだけれど今日も休みみたいですね」


 どうやら雛田千鶴は俺が有沢雪乃の席を見ていたことに気が付いていた様だ。


「そうか……忙しいみたいだな、いい事なんだろうけど少し寂しいよな」


「そうですね、でも、私は小田君を独占できて少し得した気分ですよ」


 雛田はそう言って曇りなく笑う。

 そんな彼女の様子に少しだけ照れてしまう。


「なんだよ、独占って……。そう言えばデビュー曲の配信日が決まったんだっけ」


「はい、昨日少し電話でお話したんですけどお元気そうでしたよ。それに楽曲が車のCMで使われることも決まったと、とても嬉しそうでした」


「そうか、ならよかった。でも、CMに使われるって話をここで俺にしてよかったの?」


「はい、大丈夫ですよ、その辺も確認済みです」


「そうなんだ」


「本当にすごいですよね、有沢さんの曲ってまだフルでは配信前なのにネットとかで既に話題になってるんです。ショートバージョンが動画投稿サイトにあるのですけれど、私も聴いたとき感動しちゃいました。世界にはまだこんな音楽があるなんてって」


 雛田千鶴は目をキラキラさせてとても興奮した様子だ。

 

「そっか、誰かを感動させられる音楽か。……人の心を動かし続ける音楽を作らないとな」


「小田君?」


「ごめん、ちょっと俺も音楽で感動した時の事を思い出しちゃって」


「そうなんですね、それで……話は変わるのですが、今日の放課後小田君にご予定はありますか?」


 雛田千鶴は視線を斜め下に向け、人差し指で自分の髪の毛を遊びながら、やや顔を赤らめている。

 やっぱり雛田はすごい美人で可愛い。


「放課後か……特に予定はないかな。もしかして、デートのお誘いかな?」


 俺は冗談半分で雛田にそんな言葉を投げかかる。


「は、はい……有沢さんの代わりにはなれないですけれど。私と、デートは嫌ですか……?」


 雛田千鶴は顔を真っ赤にさせて、その透き通った瞳を不安に揺らしながらも真っすぐ俺を見つめた。

 彼女の様な美少女に見つめられ動揺してしまう。


「あ、いや、嫌じゃない……です」


「ほ、本当ですかっ?! えっと、では放課後約束ですよ。一人で帰っちゃダメですからね」


 そう言うと彼女は嬉しそうに綺麗で長い髪を揺らしながら自分の席に戻っていった。

 小さく鼻歌まで歌っていたのは聞かなかったことにした。


 それにしても、初めて女子からデートに誘われたなぁ。自分の顔が赤くなってないか不安になる。

 でも、雛田はどういう意図で俺をデートに誘ったのだろうか? なんか勘違いしてしまいそうだ……。


◇ ◇ ◇


 雛田千鶴にとって小田勇気と同じクラスになれたのは本当に幸運だった。

 あれは忘れもしない、中学三年の冬の事。千鶴はシンガーを目指して路上でライブをしていた。


 千鶴は自分の容姿がとても良いことを自覚している。しかし路上ライブをするときは歌だけで勝負したかったので眼鏡と帽子をかぶり、服装を地味にして変装をしていた。

 正直、活動の方はあまり上手くいかずチラホラと足を止めてくれる人はいたがすぐに何処かに行ってしまうそんな日々だ。そんな中、一人の男の子だけは週一くらいで千鶴の歌を聴きに来てくれているのを知っていた。


 本当なら高校も音楽学校に通いたかったが名家の出であるため親に反対されていた。

 それでも、受験を控えた中学三年に路上ライブを許されていたのは千鶴の成績が良かったのと、家族が千鶴に夢を諦めさせるためだったのではないだろうか。

 

 そんなある日のこと。あれは雪の降っている日の出来事だった。

 その日も千鶴は路上ライブをするためにいつもの場所へと向かう。


 そして、何時ものように歌っていた時の事だった。


「下手くそが! 止めろっ!!」


 突然、サラリーマンと思われる男性が数人の女性を連れて千鶴に向かって暴言とゴミを投げつけてきたのだ。

 投げられたゴミは千鶴にあたり小さく悲鳴を上げる。


 それを見た男性と女性たちは笑い、更に暴言を浴びせる。


「耳が腐るだろーが、かす」

「地味な女は歌も下手くそなのね」

「あはは、ゴミ女、臭いからさっさと消えてよねー」


 など散々だった。そして言いたいことを言った彼らは笑いながらそのまま去っていく。


 千鶴はとても悲しい気持ちになったが、彼らの言ってることも正しいと思った。なぜなら、千鶴は自分の歌が曲に合っていない事を分かっていたからだ。

 もう、今日で路上ライブは止めよう。やっぱり家族の言った通り自分に歌手は向いていなかったのだと思った時だった。


「大丈夫?」


 千鶴が顔を上げると毎週歌を聴きに来てくれていた、同い年くらいの男の子がそこにいた。


「えっ……?」


 千鶴は優しく声をかけられたことにより思わず涙が零れてしまう。


「ご、ごめんなさい、私……」


「ううん、ごめん。俺も近くにいたのに何もできなかった」


 その少年はとても申し訳なさそうにそう言った。


「そんな事ないです。こうやって心配して声をかけてくれました。それに私は歌手に向いていないようです」


 そう言って千鶴は今できる精一杯の笑顔を作る。


「……そんな事ないよ」


「えっ?」


「君の声は芯があって良く通る。それに、とても繊細で美しい声だと思う」


 少年は千鶴の目を真っすぐに見つめながら真剣な表情でそう言った。

 きっと彼は千鶴の為に感想を言ってくれたのだろう、その優しさがとても嬉しかった。


「実はずっと前から聞いていたんだ、キミの歌。一年以上前から毎週……俺は作曲が趣味でね、キミに歌って欲しいって思ってずっと前から曲を作ってたんだ。でも勇気が無くて渡せなかった。俺の名前は勇気って言うのにね」


 そう言って苦笑いを浮かべる少年――勇気は数枚の紙の束を鞄から取り出し千鶴へと差し出す。

 それは楽譜だった。


「これは……」


 呆気に取られてる千鶴に勇気は更に声をかける。


「うん……俺が作った曲。良かったら歌って欲しい」


 そう言って千鶴に楽譜を押し付ける勇気。

 楽譜からその曲がとても難しい曲だとすぐに分かった。


「ら、来週までには歌えるように練習してきます! だから、来週この時間にもう一度きてくれませんか?!」


 千鶴は楽譜を受け取り勇気にそう答える。

 そして、勇気はその答えに満足したのか笑顔で帰っていった。


 千鶴は嬉しさから駆け足で自宅に帰ると、玩具を与えられ待ちきれない子供のようにすぐに楽譜の曲をギターで演奏しながら歌唱する。


 ――すごい、こんな曲聴いたことない。でも、とても複雑なメロディ。一週間でこれを弾けるようにするのは少し難しいかもしれない、けど、やらなくちゃ!

 

 千鶴の為だけに作られたその曲は千鶴が今まで生きてきた中で一番大切な物になる。そしてその曲は他の曲と比べられない程、素晴らしいメロディだった。だから、千鶴は思った。この曲に釣り合う歌手になりたいと。


「勇気くんか……すごいなぁ。それにカッコよかった……」


 千鶴はその日から少年との約束の日に向けて猛練習をした。

 そして、約束の日。路上ライブに行こうとする千鶴を母親が呼び止めた。


「千鶴さん、最近勉学を疎かにしていませんか?」


 千鶴は母親のその問いに答えることが出来なかった。曲の練習に必死だった千鶴の成績は一週間で明らかに下がっていたからだ。

 その事を理由に千鶴は路上ライブを禁止されてしまう。それでも、千鶴は母親に食い下がったが終ぞ許可が下りる事は無かった。


 約束の時間に千鶴は一人暗い部屋の中ベッドの上で涙を流す。

 彼は、勇気はこの寒い中、外でずっと自分を待ち続けているのではないかそう考えるととても怖かった。


 そして、千鶴は高校受験を終え、高校に合格してからも約束を破ってしまったという後ろめたい思いから路上ライブを一度も行っていなかった。正直に言うなら、勇気に会うのが怖くてできなかったのだ。

 そのまま時は過ぎてとうとう高校に入学する日がやって来た。


 そして、千鶴は高校で再び彼に出会う。

 教室の中に入った瞬間にすぐに彼だと分かった。


「勇気……くん」


 小さいその呟きは誰にも聞こえていなかった。

 それでも、雛田千鶴は確かに運命を感じた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ