レコーディング2
あの後すぐに、音無が戻ってきて小田と赤羽という見学者が出来たことに驚いていたが快く見学を承諾した。
雪乃はその事で顔を青くしていたが音無は雪乃の舞台度胸をつける為にも頑張ってもらう事にした。
そして、雪乃はレコーディングするためにマイクの前に立つ。
その様子をガラス越しから見学する、赤羽ないかは雪乃の事を完全に見下していた。
雪乃が歌うしょぼい曲を聞いて馬鹿にしてやろうと考えていた。
しかし、雪乃の曲のイントロが流れた瞬間にその認識を改めることになる。
それは、赤羽ないかが今まで生きてきて聞いたことがないほどに独創的で心に響くメロディであった。
「な、なによこれ……」
赤羽ないかの思わず漏れた呟きを近くで聞いていた音無は得意げな顔をした。
「この曲は……」
作曲家である小田京子もある事に驚いていた。
そして、イントロが終わり曲の歌い出しにさしかかる。
雪乃の透き通る綺麗な歌声がスタジオ内を満たしていく。
それを聞いていた人々は全身に鳥肌が立つのを感じた。
特に、雪乃の事を見下していた赤羽ないかは寒気すら覚えるほどだった。
――なによこれ?! なんなの?! こんなレベルの曲なんて聴いたことない……。この曲をなんで私じゃなくてこの女が歌ってるの?
赤羽ないかの心は醜い嫉妬心で一杯になる。
――こんな曲が私の曲と同時期に出されたらきっと……私の曲が、私自身が埋もれてしまう。ううん、そうはならないにしても絶対に比較はされるはず。オーディションに合格したのは私なのに! この曲を私の物にしたい……。いいえ、私にこそ相応しい曲だわ。
ゆえに赤羽ないかは気付かなかった。
雪乃のこれまでの努力と歌唱力、そして才能に。
◇
無事にレコーディングが終了し雪乃は息をゆっくりと吐き出した。
「あの、上手くできたと思うのですがどうでしたか?」
その問いにディレクターが応える。
「あぁ、バッチリだったよ!」
雪乃は今の自分の全てを出し切れたことに安堵する。
「いや、驚いたよ。素晴らしい曲と歌声だった」
小田は拍手をしながら雪乃を称える。
「本当に素晴らしかったわ、雪乃!」
音無も涙を流し何度も頷きながら言う。
そんな時だった、赤羽ないかが声をあげたのは。
「ね、ねぇ、この曲、私に頂戴」
その言葉の意味をスタジオ内の誰もがすぐには理解できなかった。
「だって、私はあの大きなオーディションに合格したのよ? 私の方がこの子より才能があるわ! 不合格どころかつまみ出されたアンタみたいなのより私が歌った方が作曲者も喜ぶに決まってるわ!!」
「何を言ってるんだキミは」
赤羽ないかの言葉に最初に反応したのは小田だった。
「だって、おかしいじゃない! こんな曲……こんなにすごい曲を私じゃなく、こんな女に提供するなんて、どう考えても間違ってるわ!」
「キミは彼女の歌声を聞いてなかったのか?」
「聴いていたわ! 聴いていたからこそ言っているのよ、私の方が上手く歌えるわ! その曲があれば私はもっと、もっと上に行くことが出来る! それこそトップにだってっ!!」
その言葉で雪乃は酷く動揺する。
自分では全てを出し切ったはずなのにそれより上手く歌えると言われ、もともとオーディションなどでも不合格で馬鹿にされつづけていた雪乃の自己評価は恐ろしく低かった。
「その曲を渡すか、私にその名無しって作曲者を紹介しなさいよ! 私が歌ってあげるって言えばきっと喜んで楽曲を提供するに違いないわ」
「な、何を言ってるんですか?! そんな事出来る訳ないじゃないですか」
音無もやっと我に返りないかに反論する。
「もちろん、タダじゃないわ。代わりに私がCDを出す予定だった曲をあげるわよ」
ないかの提案に一同が唖然とする。そんな、なか一人小田だけが大声で笑いだす。
「全く、笑わせてくれる。キミのデビュー曲がどれ程の物か知らないけれど、この曲には遠く及ばないよ。キミだって分かってて言ってるんだろ?」
「だからっ! この曲を私に渡しなさいよ。あんた達みたいな弱小事務所とは違って、うちの事務所の方が大きいし番組スポンサーだってついてる私の方がこの曲を活かせるって言ってるの!」
「弱小事務所ね……そんな弱小だった音無社長と有沢くんがどんな思いでこの曲を掴み取ったかも知らないで良く言えたものだ。……相当な苦悩と苦労があったはずだ。そんな曲を簡単に渡せるわけがないだろう」
「苦悩と苦労? はっ、知らないわよそんな事っ!! ただ運よく曲に恵まれただけじゃない」
「運じゃない、実力だよ。彼女は実力でこの曲を手にしたんだ。……そう言ってもキミは納得しないだろうが」
「当たり前よっ! 言うに事欠いて実力? そっちこそ笑わせないでよ。実力ならオーディションに合格した私の方が上に決まってるでしょ!」
「全く……おそらく作曲者のNonameはキミと有沢くんが出ていた、そのオーディションを見ていたのではないか? そしてNonameはキミではなく、有沢くんを選んだ、そう言う事だよ。さて……もう話しはお終い、キミは騒ぎ過ぎだ。これ以上は音無社長と有沢くんの迷惑になる。彼女をつまみ出してくれ」
「なっ、まだ話は終わって――っ!」
未だに喚き散らす赤羽ないかを小田の指示を受けたスタッフが外につまみ出すのだった。