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今夜、キミは歌姫になる  作者: 臆病丸(ごん丸)
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作曲家として

 有沢雪乃の暗い表情を気にしながらも、それ以降特に学校でこれといった事は無く入学式とホームルームだけをやって今日は下校する事になった。

 

「ただいま」

 

「おかえり、勇気。学校はどうだった?」

 

 家に帰ると母さんが出迎えてくれた。

 

「別に普通だよ。それより今から母さんの仕事部屋使っていい?」

 

 俺が問いかけると母さんは少し驚いた顔をした。

 

「あら、珍しい。久しぶりにピアノでも弾きたくなったの?」

 

「まぁ、そんな感じ……」

 

 曖昧にボカシておく、俺の母さんの仕事は作曲家だ。

 主にクラシックなどの作曲をしているが、たまにアイドルなどの曲も担当している。

 

「勇気はピアノやギターがすごく上手だからね、久しぶりに母さんにも聞かせてよ。いい刺激になるから」

 

「ごめん、今日は一人でやりたい気分なんだ」

 

「そう、分かったわ」

 

 母さんは優しい笑顔でそう言ったが、少しだけ罪悪感を感じた。

 自分の部屋に行き机の引き出しからusbメモリと楽譜を取り出し母さんの仕事部屋へと移動する。

 そして、前回の続きから曲を作成していく。

 まだ曲が完成したら彼女のプロダクションに送ると決めたわけではない。

 ただ、何となく、有沢雪乃の暗い顔はあまり見たくないと感じた。

 

 

 曲を作り始めて数日、学校にもクラスにも慣れてきた所で曲が完成した。

 あとはこれを音無プロダクションへ送るかだけど……。

 

 チラリと隣の席の有沢雪乃を見る。

 あれから数日、彼女の悲壮感は増すばかりでアイドル活動がうまく行って無いのが伺える。

 また、学校生活もあまりぱっとせずに友達も少なそうだ。まぁ、友達に関しては俺も人の事は言えない。

 しかし、有沢雪乃はあれだけテレビ番組で扱き下ろされれば仕方ないのかもしれない。

 

 ぶっちゃけ美少女なのだから顔だけでアイドルとして売れてもおかしくないと思うかもしれないが、この世界の女性の容姿は前回の世界よりかなりレベルが高いと言える。それに加えて、男性の数も少ない、それゆえに、顔だけでは難しいのが現状だ。

 女性の容姿のレベルと同じくらい音楽のレベルが高かったらよかったのに。

 

 そんな事を考えていると雛田千鶴が有沢雪乃の所にやってくる。

 

「有沢さん、一緒にお弁当食べませんか?」

 

「はい、雛田さん」

 

まだ少し硬いが二人は普段からとても仲が良さそうだ。

 

「よかったら小田君も一緒にどうですか?」

 

 雛田千鶴が俺を誘ってくるが正直悩む。 

 雛田という綺麗系美少女と、有沢という可愛い系の美少女の二人を相手に両手に花だな、なんて喜んでばかりもいられない。このクラスの男子から少しだけ嫉妬の視線を感じる。

 どうやら、クラスメートの男子は雛田千鶴に気があるようで、この前なんて「俺が付き合ってやろうか?」なんて雛田に声をかけている男子もいた。

 雛田は結構ですと笑顔で断っていたが……。


 有沢にも声をかける男子がいたが彼女の方も委縮しながらも断っていた。

 正直、有沢雪乃の方はともかく雛田千鶴は俺を気に掛ける理由があるのだろうかと思う程、俺に構ってくる。

 嬉しいが理由が分からないからなんか怖い。


 そして、別に悲しくなんてないけれどこの男女比1:5と偏った世界なのにも関わらず、他のクラスメートの女子が俺に話しかけてくれる様子がないのは何故なのか。


 そんな感じで俺は男子からも女子からも距離を取られる不思議な存在として少し浮いている。

 ボッチ飯は寂しいので雛田と有沢の迷惑にならないならぜひ一緒にお昼を過ごしたい。

 

「二人の迷惑じゃないならよろしく頼むよ」

 

「迷惑な訳ないですよ、有沢さんもいいですよね?」

 

「う、うん」

 

 雛田がニコニコと明るく答える。

 うーん、可愛い。普通の男子なら惚れてしまうに違いない。


 三人で近くの席をくっ付け鞄からお弁当を取り出す。

 

「小田君は普段、テレビは何をご覧になっているのですか?」

 

「テレビ? まぁ、色々だよ、たまにアニメとかも見るし……」

 

「アニメですか。何をご覧になってるかお聞きしても?」

 

「恥ずかしいから秘密……。有沢さんはアニメとか見る?」


 雛田の真っすぐな視線に気恥しくなり有沢に話題を振る。

 

「アニメですか、私はプリティアが好きです」

 

「アイドルって売れれば声優とか、出来るんじゃないの?」

 

「そうですね、売れれば出来るかもしれません……売れれば……ははっ……」

 

 有沢雪乃がネガティブモードに入ってしまった。

 売れてないアイドル、今まさに崖っぷちなのである。

 

 落ち込む有沢を俺と雛田は必死で励ますのだった。

 そんなこんなで昼休みは過ぎていく――。

 

◇ 

 

 俺は家に帰るとすぐに音無プロダクションのホームページを見に行く。

 

「作曲家、作詞家募集中……まだやってるか」

 

 まだ期限内なので当然なのだが一応確認しておく。

 

「送るべきか、送らないべきか……」

 

 送った場合を考える。

 恐らくだがよっぽどのことがない限り、俺の曲は売れるだろう。

 俺が作曲した中でもかなりいい出来だと自負しているし、この曲なら有沢雪乃の魅力を十二分に引き出せるはずだ。


 逆に送らなかった場合

 有沢雪乃はアイドルとして恐らく終わるだろう。

 これは俺の予想だが音無プロダクションに曲を提供する作曲家なんていないんじゃないと思われる。

 理由としてはこの前のオーディション番組、恐らくだけど何かしらの圧力がかかっていたのではないだろうか。だから、彼女はこのままアイドルとして終わりだ。

 そう、俺が曲を送らなければ……。

 

「答えは出てるんだよな……はぁ」

 

 俺は彼女の力になりたい。作曲家として。

 そして、俺にとってもチャンスでもあった。

 

「俺はこの世界でも作曲家として生きていいって事なのだろうか……」

 何度も考えた、俺の好きな音楽がないこの世界で自分の好きを広めたいと。

 何度も思った、好きな音楽がないこの世界は地獄だと。

 

 引き出しから曲のデータが入ったusbメモリを取り出す。

(いつか、俺の好きな音楽が世に出てくると思って俺は待ち続けた。だけど……もう待ってはいられない)

 

 作詞、作曲の欄は未だに空欄だった。

 そこにキーボードを操作して入力する。

 

 作詞、作曲:No name。

 

 名前は要らない。前世で作曲家として生きた自分の名前も、今の自分の名前も、どちらか一方の名前なんて選びたくないから。

 そして、俺は曲と楽譜のデータを募集ページにアップロードする。

 この曲が彼女、有沢雪乃の翼になると信じて。

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