学校
あれから数日がたったが、音源データ(作りかけ)の入ったusbメモリと楽譜は未だ机の引き出しの中だ。
あの時はただ勢いで彼女、有沢雪乃に合う曲を書き出しただけ。
ただ、気になって何となく彼女の所属する音無プロダクションのホームページを見ている。
「有沢雪乃のデビュー曲の作曲家、作詞家募集……期限は一週間後か」
数日前のテレビ番組を見た限りでは厳しいだろう。
でも、それは俺には関係のない事だ。
「さて学校行くか」
季節は春、今年度から高校一年生になったのだ。
◇
教室に行くともう結構な人数が来ていて、俺は教室の前に張り出されてる自分の席を確認する。
俺の席は一番後ろで窓際から二番目という微妙にいい席だったりする。
とりあえず、既に来ている隣の席の女子に挨拶をしてから席に着く。
「おはよ」
「お、おはようございます」
とてもラッキーな事に隣の席の女の子はツーサイドアップの髪型の可愛らしい子だった。
あれ? 何か見たことある気が……。思わずそのツーサイドアップの少女を二度見してしまう。
(なんか見たことあると思ったらこの人、この前のオーディションに出てた有沢雪乃だよな……)
二度目の高校生活の隣人はアイドル志望の女の子だった。
「はぁ……っ」
思わず、小さくため息をつく。
「あっ……ご、ごめんなさい、私みたいなのが隣の席で……」
どうやら、ため息をついたことで勘違いされてしまったらしい。
新学期そうそう隣から漂う悲壮感がすごい。
ここは声を掛けるべきだろうか。
「ごめん、キミにため息をついた訳じゃないんだ」
「そ、そうなんですね、よかったです……」
あまり信用されてない感じだ、困った。
俺がどうするべきか悩んでると一人の少女が有沢雪乃に声をかけてきた。
「あの有沢さん……ですよね? この前のオーディションの番組を拝見させて頂きました。私は有沢さんの歌声良かったと思いました。だからこの前の事は残念だったけどこれからも頑張ってください」
その少女は黒い髪を腰のあたりまで伸ばしたとても美しい女の子だった。今世でも見かけたことのないレベルの美少女に俺は思わず見とれてしまう。
すると、有沢雪乃も一瞬だが彼女に見とれていた様で、少し反応が遅れた様子だったがすぐに笑顔になった。
「ありがとうございます、えっと……」
「申し遅れました、私、雛田千鶴と申します。よろしくお願いいたしますね」
そう言って千鶴は軽く微笑んだ。
どうやら、さっそく友達が出来たようでなにより。
俺も早く高校生活に成れなくちゃな。
「それと、そちらの彼にもご挨拶を」
千鶴は俺にも笑顔で手を振ってくれた。
「あぁ……よろしく」
和服とかすごい似合いそうだな。
しばらく、二人と話しているとチャイムが鳴り雛田は自分の席に戻っていく。
せっかくなので俺も有沢雪乃にこの前のオーディションの正直な感想を伝えておこう。
「俺も有沢さんの歌声良かったと思った」
ぎりぎり有沢にだけ聞こえる声で呟いといた。
「ありがとうございます……でも、もうアイドル活動はお終いかもしれません。なんて、始まってもいないんですけれどね……」
彼女は俯きながら小さな声で応えた。
その日、しばらく彼女の暗い表情が頭を離れなかった。