魅かれ始める心
千鶴から俺に話があるという事で放課後になり、俺と千鶴は今一緒に下校している。しかし、特に会話もなくお互いに無言で歩いている状態だ。
ちょっとだけ気まずい。
ちなみに、雪乃は少しだけ恨めしそうに千鶴を睨み帰っていった。
「あの……今日のお昼はすみませんでした」
千鶴は俺の顔を見ないで俯きながら呟くように言った。
「あぁ……なんか俺のせいで二人が喧嘩しちゃって、俺の方こそこめん」
「いえ、勇気くんは悪くありません。それより、私の方こそ……雪乃ちゃんが言っていた勇気くんがクラスで浮いていたのは……」
「あぁ、分かってるよ。千鶴に悪意が無いってことくらい」
「でも、結果的に勇気くんを孤立させていたのは事実です……」
「まぁ、俺も元々人とコミュニケーションを取るのはあまり得意じゃないから、千鶴の責任じゃないよ」
俺の言葉でも千鶴の表情は晴れない。
千鶴は故意ではなかったとしても、俺を孤立させてしまったと雪乃に指摘されて気にしているのかもしれない。
彼女を元気づける事が出来る何かがないかと考えながら歩いていると、クレープ屋さんが目に飛び込んできた。
「そうだ、ちょっと待ってて」
千鶴にそう告げてからクレープを二つ買いに走る。味は適当に別々の物を二つ買う。
そして、千鶴の元へと駆け足で戻ってクレープを差し出すと、千鶴はとても驚いた表情で俺を見た。
「はい、どっちの味がいいかな?」
「えっ、いいんですか? お、金を払います」
そう言って、千鶴は慌てて財布を取り出す。
「あはは、俺のおごりだよ。あそこの公園のベンチに座って食べよう」
千鶴にクレープを渡して公園のベンチに並んで座ってクレープを食べる。
「あの、ありがとうございます」
千鶴はいただきますと言った後、クレープに口を付けて美味しいと笑顔をみせてくれた。
俺も彼女に微笑んでから自分のクレープを一口食べる。
「うん、甘くておいしい」
「勇気くんは、甘いのがお好きなんですか?」
「そうだね、クレープは甘いのしか食べないかも。千鶴は?」
「私もそうです、おいしいですよね」
「よかったら、こっちの味も一口食べてみる?」
冗談っぽく千鶴に尋ねた。
「はい、では、先に私の分も一口どうぞ」
千鶴は自分のクレープを俺に差し出した。
「えっと……いいの?」
「はい、勇気君がおごってくれた物なので遠慮なくどうぞ」
そう言われてしまうと、今更間接キスになるからとも言いずらい。
俺は千鶴が手に持っているクレープを一口食べた。
「うん……そっちの味もおいしいね」
「ですよね! では、勇気君のクレープをください」
俺は千鶴に自分の手に持っているクレープを千鶴へと差し出す。
千鶴はその小さな口でクレープをパクリと一口食べた。
「……うん、おいしいです」
何となく照れ臭くなって指で頬を掻く。
「ふふっ、間接キスですね」
千鶴のその魅力的な笑顔にドキリとしてしまう。
「気付いてたんだ……嫌じゃなかった?」
「全然……勇気くんならいつでも大丈夫っていうか、歓迎というか、私は何を言ってるんですかね、あははっ……」
千鶴のそんな言葉にちょっとだけ嬉しくなってしまう俺がいる。
そして、照れたように笑う千鶴もやっぱり魅力的で可愛いと感じた。普段は大人びて見える千鶴だが、その美しさと時たま見え隠れする女性らしい色気に俺は、いつの間にか自分が彼女に魅かれ始めている事に気付いた。
「あの、そんなに見つめられるとちょっと恥ずかしいです……」
千鶴はクレープを手に持ったまま顔を両手で隠してしまう。
どうやら千鶴を見つめすぎたらしい。
「えっと……その、ごめん」
「い、いえ……」
また、何となく気まずい雰囲気になり急いで話題を変える。
「それで、まだ時間あるけどこの後どうしようか。このままここで少し話をしていく?」
俺はクレープを食べ終え、ベンチに座ったまま千鶴に尋ねた。
「そう……ですね」
「それで、学校で話があるって言っていたけど今聞いても大丈夫?」
俺から千鶴に話を振る。
「はい、実は歌手のオーディションが今週の休みの日に決まったんです」
「そっか、いよいよだね。……何か心配事?」
「そうではないのですが……まだ実感がわかないんです。私なんかが大手の歌手のオーディションを受けられるなんてって……」
俺は横に座る千鶴の手を取る。
「大丈夫、千鶴は絶対合格できるよ」
そう言って微笑んだ。
「勇気くん……あの、嫌じゃなければ勇気のでるおまじないをしてくれませんか?」
「それって……また――」
千鶴とキスをしたことを思い出し大きく心臓が跳ねた。
「い、いえ、今日は外ですし。ただ、頑張れって言って欲しいんです」
千鶴は顔を赤くしてそう答える。
今までの俺なら言われた通り頑張れと伝えるだけだっただろう。
だけど、少しだけ勇気を出して、緊張するけど隣に座る千鶴の華奢な体を抱きしめた。
千鶴は一瞬だけ体を震わせたが、嫌がるそぶりはせず俺の胸に頬を寄せ、擦りつけるようなしぐさをする。
きっと、俺の心臓がすごく早く動いてるのが伝わっているだろう。それでも、俺は千鶴の体温をもっと感じたかった。
「千鶴……頑張れ」
「……はいっ」
千鶴も俺の背中に手を回して、更に俺の胸に顔を埋めようとする。
「頑張ります、私。絶対に合格して歌手になって……デビューして、私が勇気くんの――」
千鶴の声に決意が込められていたのを感じた。
千鶴の話はそこで終わったが、俺たちはもう少しの間だけ互いを抱き合って過ごした。




