雪乃と過ごす一日
千鶴とキスをしてから一週間が経過した。
あれから、俺と千鶴の関係は至って普通だ。照れて互いを避ける訳でもなく、いい雰囲気になるでもなく普通だ。
千鶴と言えば、舞の助けもあってか両親に条件付きではあるが歌手を目指しオーディションを受けることを認めて貰えた。
その事を俺に報告をする千鶴の喜びようといったら――。
「おはようございます、勇気くん」
俺が千鶴の事を考えていると、隣の席でアイドルでもある有沢雪乃が話しかけてきた。
「おはおう、雪乃」
「千鶴ちゃん、今日学校お休みみたいですね。熱が出てしまったとか」
雪乃の言葉に俺はそうだねと答える。
そう、千鶴は今日は熱が出てしまい学校を休むとメッセージアプリで連絡があった。
きっと季節の変わり目だから体調を崩したのだろう、お見舞いに行ってもいいのだろうか。
「せっかく今日は仕事が休みで一日学校に居られるのに残念です。でも、勇気くんとこうやって二人きりで過ごすのは初めてですね」
確かに、常に俺達の傍には千鶴がいた。
「そうだね、もしよかったら俺は放課後に千鶴の家に行ってみようと思うんだけど雪乃も一緒にどう?」
「お見舞いですね。一緒に行きたいです」
「うん、俺の方から千鶴にお見舞いに行っていいか聞いてみるよ」
俺は千鶴にお見舞いに行っていいかメッセージを送る、するとすぐに返信があった。
千鶴からのメッセージを確認して内容を雪乃に伝える。
「うーん、風邪をうつしたら悪いからお見舞いは大丈夫だって。確かに雪乃は今忙しい時期だし風邪になったら大変だもんな」
「そうですか……残念ですが仕方ないですね」
雪乃はしょんぼりして本当に残念と言った雰囲気だ。
「あー……会えないかもしれないけど、今日のプリントとか渡す物があったら放課後一緒に行ってみる?」
「えっ、はい、一緒に行きます!」
◇ ◇ ◇
そして、放課後。
千鶴の家に学校のプリントを持っていたがやはり、千鶴本人にあう事は出来なかった。
今はプリントを千鶴の家の使用人に渡した帰りで雪乃と二人並んで歩いている。
「千鶴ちゃん、早くよくなるといいですね」
「そうだね、雪乃はこれからどうする? 帰る?」
今日一日は休みだと雪乃は言っていたのでこれからどうするか聞いてみる。
「そうですね……せっかくだしどこか遊びに行きませんか?」
「うん、いいよ。でも、雪乃ってアイドルだから目立たない?」
「大丈夫です、髪型を少し変えて……この伊達メガネをかければ意外と気付かれません」
雪乃は鞄から眼鏡を取り出しかける。
眼鏡と髪型を変えただけでだいぶ雰囲気が違う。
「それなら平気そうだね。それでどこか行きたい所はある?」
「はい、私、友達とゲームセンターに行ってみたかったんです」
雪乃は目を輝かせながら言う。
「いいね、俺も久しぶりだから楽しみ」
「はい、そうと決まれば早く行きましょう!」
雪乃は俺の手を取って駆け出す。
「ちょ、ちょっと雪乃、引っ張らないで」
「ダメです、休みは今日一日だけなんですよ! 短いんです」
雪乃はそのままゲームセンターまで俺の手を引いていくのであった。
◇ ◇ ◇
雪乃とゲームセンターで色々なゲームをする事となった。
手始めにガンシューティングで協力プレイを。
「痛っ! このっ! 勇気くん、ゾンビが、ゾンビが迫ってきます!」
「うん、そう言うゲームだからね。雪乃玉切れしてるよ! リロードしないと」
「あれ? リロードってどうやるんですか?」
「画面の外を撃って! あー、やばい」
「あー、囲まれました! 痛いっ! 噛みつかれてます、勇気くん助けて!」
「ごめん、俺もう死んでる」
「早い?!」
その次は、メダルゲームを。
「勇気くん、ジャックポットです!」
雪乃は運がいいのか、コインが全く減らない。
これはいつ帰れるか分からないぞ。
「すごいな、雪乃は。全然コインが減らないぞ」
「えへへっ、今日は遊び倒しちゃいますよ!」
普段、学校では見れない燥ぐ雪乃をみて俺も嬉しくなる。
――雪乃ってちょっと暗い所があったけど最近は本当に明るくなったな。
「ん? どうしたんですか、勇気くん? 私の顔をじっと見て」
「いや、最近の雪乃は良いなって思って」
「えっ? そ、そうですか……?」
「うん、前の雪乃も好きだったけど、今の雪乃は明るくて楽しそうって感じがしていいよ」
雪乃は俺の言葉に頬を人差し指で掻きながらお礼を言う。
「ありがとうございます。でも、私が変われたのはきっと名無しさんのお蔭なんです。……あっ、名無しさんって言うのは私の曲を作曲してくれた人で――」
雪乃はノーネームの話を本当に楽しそうにする。……でも、少し話しすぎな気もする。それからしばらくはノーネームの話を聞かされる羽目になった。
「さて、そろそろ良い時間だし帰ろうか」
「あっと言う間でしたね」
雪乃と話しながらゲームセンターの店先まで行くとUFOキャッチャーの前で雪乃が足を止める。
「ん? もしかして、このぬいぐるみが欲しいの?」
雪乃はイルカのぬいぐるみが気になるらしく、じっと見つめている。
――普段、友達とあまり遊べない雪乃にぬいぐるみをプレゼントしたいな。
「取ってあげるよ」
俺は100円玉を投入する。
そして、意外とアームが強かったようで簡単にイルカのぬいぐるみを取る事が出来た。
それを雪乃に渡してあげる。
「はい、大切にしてくれると嬉しいな」
「あっ、ありがとうございます。お金は払いますから」
「いいって。雪乃にプレゼント。これからもよろしくって事で」
「はい! 本当にありがとうございます、大切にします」
雪乃はイルカのぬいぐるみを抱きしめる。
女の子にぬいぐるみは良く似合うな。
そして、いざ帰ろうとゲームセンターの外にでると雲は真っ黒で、雷の音が聞こえてきた。
「うわぁ、夕立が降りそうだよ」
「駅までもつでしょうか? 勇気くんの家も駅の近くでしたよね? 走りますよ!」
「えっ? ちょっと無理じゃないかな? 雪乃? 話を聞いて!」
雪乃は俺の話を聞かず再び俺の手を引いて走り出す。
意外と強引な所があるな、雪乃は。彼女の意外な一面を発見した。
◇ ◇ ◇
そして今、俺と雪乃は俺の自宅に来ている。
結局途中で雨に降られ二人ともびしょ濡れになった。
雪乃をびしょ濡れのまま電車で帰らせる訳にもいかず、俺の家に呼んだのだ。
「す、すみません、勇気くんの言う通り雨宿りしていれば……」
「まぁ、しょうがないよ。それより、カバンまでびしょ濡れだね」
雪乃は制服が肌に張り付いているし、うっすらと透けていて……。
俺は慌てて雪乃から視線を外す。
「雪乃はお風呂に入っちゃってよ」
「いえ、勇気くんを差し置いてそんな……」
「俺は着替えがあるけど、雪乃の制服は乾燥機に入れるとダメになるから……着替えは俺のジャージでいいかな? 悪いけどお風呂に入ってる間に用意しておくよ」
雪乃を脱衣所に無理やり押し込む。彼女は俺に何度も謝っていた。
俺の中学の時に着ていたジャージで悪いけれど着替えとして置いて置く。
雪乃がお風呂に入っている間に俺も自分の部屋に戻って着替える。
彼女がお風呂から出るまで部屋でおとなしくしておこう。
今日、雪乃と遊んだことで曲のインスピレーションが沸いた。
それを、楽譜に忘れないうちに書いていく。
「~♪」
しばらくの間、集中していたのだろう。お風呂から出た雪乃が俺を呼ぶ声がした。
俺は慌てて、椅子から立ち上がりドアを開け、雪乃の元へと行く。
「お風呂と着替えありがとうございました」
そこにはサイズが合わず、少しダボダボなジャージを着た雪乃がいた。
「うん、雷は大分おさまったけどまだ雨がやまないね。付いてきて、俺の部屋で少し話そう」
雪乃を俺の部屋に案内する。
そして部屋の前まで行き、気付く。
「あっ、ごめん。お風呂上りだから喉乾いてるよね、飲み物持ってくるよ。この部屋が俺の部屋だから中で待っててくれる?」
「あっ、気を使わせてしまってすみません」
雪乃は俺に頭を下げた。
俺は部屋のドアを開けて雪乃を中に入れてから飲み物を取りに行くのだった。
◇ ◇ ◇
雪乃は勇気の部屋の中をぐるっと見回す。
「男の人の部屋……初めて入りました」
勇気の部屋は綺麗に整理整頓されており掃除も行き届いているようだった。
雪乃は立っているのも何なので座って待っていようと思った。
そしてまずベッドを見る。
――いやいや、ベッドはダメです。
すぐに机と椅子を発見しそこに座って待たせてもらう事にした。
そして、机の上を見ると楽譜が置いてあった。
――楽譜? 途中まで書いてありますね、これって勇気くんが作曲したって事なんでしょうか。
雪乃は勝手に楽譜を見るのはいけないと思ったが好奇心には勝てなかった。
そして楽譜を手に取り、読んでいく。そして頭の中でメロディーを再生した。
「これって……」
雪乃はそのメロディーを思い浮かべながら顔をしかめる。
「うーん、凄くいい曲な気がしますけれど楽譜だけだと上手く音がイメージ出来ないです。ここからがサビですかね。~♪」
雪乃はそのメロディを口ずさむ。
――やっぱり、綺麗なメロディ。でも、これってまるで……。
色々と思考を巡らせるていると、雪乃のいる部屋に近づいてくる足音が聞こえた。
雪乃は慌てて机に楽譜を置いた。
「ごめん、ドア開けてもらえるかな? 両手が塞がってて」
ドアの外から勇気の声が聞こえる。
雪乃は慌ててドアを空ける。そしてキラキラとした瞳で勇気をじっと見つめた。
もし彼が、雪乃がずっと会いたかった人物だとすれば雪乃は自分を抑えられるだろうかと期待に胸を膨らませながら。
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