プロローグ2
オーディション番組のコメンテーターと思われる40歳くらいのオバサンが少女に言った。
『残念だけどキミは合格の可能性はないかな、もう帰っていいよ。お疲れさま』
『ま、まってください、もう一度、もう一度チャンスを!』
『しつこいわね、スタッフつまみ出しちゃって!まったく弱小プロダクションのひよっこが……』
必死に懇願する少女をスタッフが力ずくで退場させる。
『お願いします。ずっと! ずっとこの日のために頑張ってきたんです! 私のために社長も無理して頑張ってくれたんです、だから――』
少女の声は最後まで聞こえなかったが彼女がどれだけ努力してきたのかは十分に分かった。彼女には才能がある、それを生かせる曲さえあれば……。
俺は、テレビを消して母さんの仕事部屋へ移動する。
俺の今世の母親は作曲家で結構有名な人だったりする。父親はいない、と思う……。俺の意識がこの世界で覚醒してからは少なくとも見た事がない。
まぁ、その話は今はいいか。俺は母さんの部屋で白紙の楽譜を手に取り彼女、有沢雪乃が一番輝ける曲、歌いやすい曲、魅力を引き出せる曲――そんな、曲を作曲したいと思ったがすぐに躊躇してしまう。
「俺程度の作曲家が彼女を輝かせられるなんて、うぬぼれるな……」
前世では何曲も作曲していたが、プロになる前に死亡してしまった。
自分で言うのもなんだけれど、動画サイトなどではそこそこ人気もあった……。
『お前程度の作曲家など何人もいる自惚れるな、カスがっ!』
それが俺の前世で聞いた最後の言葉だった。
「はぁ……それでも、彼女に合う曲を作ってみたい。うん、彼女に送る訳じゃないんだ。そう、作るだけ、作るだけなら……」
前世最後を思い出したせいで落ちたテンションを無理やり上げる。
作曲するのは本当に久しぶりだ。この世界にきてから作曲したのは数えるほど。
正確には小学校の低学年の時に母親に本当の音楽を聴いて欲しくて作った時と、中三の頃、路上ライブをやっている少女に楽曲を提供した時以来か。
あの時の、母さんは本当に喜んでくれたっけ。今から考えると本当の音楽ってなんだよって感じだけれど……。
そして路上ライブの少女の方は楽曲を渡した所までは良かったけれど、その楽曲を渡した日を境に路上ライブを止めてしまったらしく会っていない。
迷惑だったって事かなぁ。またテンションが下がる。
それでも白紙の譜面と向き合い作曲を始める、有沢雪乃が人を笑顔にしたいといった。そのための曲を。
アップテンポで元気の出る曲、落ち着いてリラックスできる曲、大切な誰かと聴きたい曲……いくつも候補がある、その中でも最も彼女にあうメロディを選ぶ。
このメロディなら彼女の美しい声によく合う。彼女の事を考えると自然と歌詞も浮かんでくる。
「~♪」
俺は歌詞を口ずさむながら作業に没頭する。
多少、前世の曲を参考にした部分もあるがいい曲が出来たのではないだろうか。
十分に曲として誇ることが出来る。
時計をチラリとみると、母さんが家に帰ってくるまでまだ時間がある。
PCに電源を入れて音源を作成していく。
残念ながらこの世界に合成音声ソフトはないので歌声は自分の声を入れる事になるだろう。
PCを使いドラム、ギター、ベースなどをソフトを使い一つに纏め曲が完成する。
「今日はここまでか……」
流石に数時間では完成しないのでPCからusbメモリにデータを移し、PC内のデータは削除する。
さらに机の引き出しから数枚の白紙の楽譜を取って自分の部屋に戻る。一曲では終わらない、彼女に歌って欲しいメロディが溢れてくる。こんな事は久しぶりだ。それを忘れないうちに楽譜に書いておかなくては。
全てを満足するまで書きおえた所で最後に残ったのは作詞と作曲者名。
「ここは後で書けばいいか……どうせ、誰かに見せる訳でもない」
そう呟いて楽譜とusbメモリを机の引き出しに仕舞った。