言えない言葉
雪乃が出ている生放送の音楽番組を見終わった俺は、彼女にNonameとしてノートパソコンのメールアドレスからメッセージを送る。
内容は、最高の演奏だった、キミに楽曲を託して本当によかった。
「これでよし」
もちろん、スマホから学校の友人としても感想を送っておく。
それから、今日の雪乃の演奏がsnsやネットの掲示板で、どんな評価を貰っているか気になり確認していく。
そこには、有沢雪乃のパフォーマンスを賞賛するコメントで溢れていた。コメントの中は曲の事だけじゃなく雪乃の歌声やダンスを褒めるものが多かったのも嬉しかった。
しかし、トップアイドルと言われていた星野聖華には逆に酷評するコメントが多かった。中には地に落ちた元トップアイドルなどと書かれていたりもした。
スマホをテーブルに置いてソファーに深く座り込み、先ほどまで放送されていた番組を目をつぶって振り返る。
雪乃の曲のメロディが口から零れる。
「~♪ やっぱり彼女を選んでよかったなぁ」
雪乃の曲の余韻に浸っているとスマホが鳴り出した。
どうやらメールを受信したようだ。もしかして、雪乃からもう返事が返ってきたのだろうか。
慌ててスマホを確認すると、母さんから短い短文が送られてきた。
「もうすぐ帰る……か」
再びスマホをテーブルに置いて、母さんが帰ってくるまでに、作っておいた夕飯を温めておこう。
電子レンジでおかずを温めながら、雪乃のこれからを考える。
雪乃は今日の放送で、今までより注目を浴びて人気者になるだろう。もしかすると彼女が頂点に立つ日も近いかもしれない。
彼女に提供した曲もCMにも使われるくらい評判がいいみたいで俺も鼻が高い。
そんな事を考えていると、玄関の鍵がガシャリと開く音がした。
どうやら、母さんが帰って来たようだ。
「おかえり、母さん」
母さんを出迎える為、玄関が見える廊下に顔を出すと母さんともう一人、すらっとした綺麗な女性がいた。
「ただいま、勇気」
母さんが俺にそう言うが俺は見慣れない少女を見つめたまま固まってしまう。
「えっと……お邪魔します」
すごく顔立ちの整った少女はそう言うと俺に会釈をする。
「二人が会うのは初めてだったね。そこでキミを見て固まっているのが私の自慢の息子の勇気だ。勇気、こちらは、私が作曲を担当していた星野聖華くんだ。星野くんが綺麗な娘だからといってそんなに見つめてはダメだぞ」
俺は母さんの言葉に我に返る。
さっきテレビに出演していた、星野聖華だ。テレビで見るより可愛いな。
「いや、確かに可愛い人だとは思ったけれど。いきなり人を連れてきたことに驚いてるんだよ」
「か、かわ……っ、その、ありがとう。それと突然、お邪魔してしまってごめんなさい」
星野は顔を赤らめながら遠慮がちにお辞儀をした。
「遠慮する事ないさ、さぁ、あがってくれ」
母さんは無理やり星野をリビングへと引っ張っていく。
俺も母さんと星野に続いてリビングに戻る。
母さんが家に人を連れてくるなんて珍しい、というか初めてな気がする。
「二人とも夕飯はまだだよね? 簡単な物で申し訳ないけど食べて行ってよ」
それを聞いた母さんは満足そうに頷く。
「中々出来た息子だろ?」
「は、はい……その、こんなご飯時に急に押しかけてしまい本当に申し訳ないです」
「気にすることはないさ。それと勇気、お腹は空いているがその前に少し話してもいいかな?」
俺は首を傾げながら母さんと星野を交互に見る。
星野は母さんが3年前から作曲を担当しているアイドルだ、その星野は目が赤く泣きはらしたような跡がある。
先ほどまで彼女の出演していた番組を見ていたので、何となく事情を察する事はできる。
母さんの隣の椅子に星野が座っているので俺はテーブルを挟んで母さんの正面の椅子に座る。
「あぁ、大丈夫だけど……」
「勇気……実は、私は星野くんの作曲を降りようと思うんだ」
その発言に俺は時間が止まったかのように固まってしまう。
「えっ? なんで? 三年もの間、ずっと母さんの曲でやって来たじゃないか、なんで今更……」
俺は思わず星野を見つめてしまう。
星野は俺の視線に申し訳なさそうに俯いた。
「以前から、そうだな、ずっと前から私の中で決めていたんだ。勇気が作曲家としてデビューしたら星野くんの作曲を譲りたいと」
母さんのその発言に、俺と星野から同時に声が漏れる。
「「えっ?」」
「星野くん、勇気が君に会わせたかった作曲家のNonameなんだ。勇気、正体をばらしてしまって申し訳ないが星野くんの作曲家を引き受けてくれないか?」
「なっ、正体なんてどうだっていいよ。それより、なんで星野さんの作曲を降りるのさ、理由を教えてよ」
俺は椅子から立ち上がって母さんに食って掛かる。
「勇気、少し落ち着て。前から考えていたんだ、私は……ポップ音楽界から身を引こうと」
「身を引くって、そんな……母さんのお蔭で星野さんはトップアイドルと呼ばれるまでになったのに。星野さんもそれでいいの?」
俺の質問に星野は俯いていたが少し間をおいてから、顔を上げ俺を見た。
そして、決意のこもった視線と声色ではっきり言った。
「私は有沢雪乃に勝ちたいっ」
俺はその発言に思わず首を傾げた。
――有沢さんに勝ちたい?
「勇気、私の力ではもう星野くんを有沢くんに勝たせてあげる事は出来ない。……私は星野くんを自分の娘だ思っている。むろん、私の一番は勇気、キミだ。だが、どうか星野くんを助けてあげてくれないだろうか」
そう言って母さんは俺に頭を下げた。
それを見た、星野も椅子から立ち上がり床に両膝をついてから頭を下げた。
「小田先生には本当に申し訳ないと思っています。それでも……それでも私には貴方の力が必要なのです、お願いしますどうか、私に曲をください」
星野は土下座をした。そしてその声と体は小さく震えていた。
ずっと一緒にやって来た二人だ、本当に母さんに申し訳ない気持ちでいっぱいなのだろう。それでも、その気持ちに蓋をしてでも俺に頭を下げている。
母さんが息子の俺にどれ程の思いで頭を下げたのかも、ずっと作曲を担当していた星野を託したのかも分からない。
でも、作曲家としての力なのなさ、不甲斐なさを呪ったに違いない。
「母さん……星野さんも頭を上げてくれ。星野さん……曲は作ってはみる、けど有沢さんには……」
――勝てない。
俺にはその言葉を言う事が出来なかった。
星野はしばらく俺の言葉の続きを待ってくれていたが、やがてゆっくりと顔を上げた。そんな彼女の瞳からは涙がこぼれ落ちる。
「あり……ありがとう、本当にありがとう。私は今度こそ全力で彼女と勝負をしたい、そして、今度こそ彼女にライバルだと認められたいっ!」
そんな星野を母さんが優しく抱きしめる。
「星野くん……よかった。勇気、本当にありがとう」
母さんの目には涙が浮かんでいる。俺は母さんが泣いているのを初めて見た。
俺は喜び抱きしめ合う二人を見つめながら不安に思う。
はっきり言うべきだったかもしれない。
俺の曲でも雪乃には絶対に勝てないと。素質が、才能が違いすぎると。




