有沢雪乃:困惑
音楽番組の生放送がとうとうスタートし、まずはオープニングでステージ裏からアーティスト達が続々と歌う順番で紹介されながら登場していく。
雪乃の前に歌う星野聖華がステージ裏でチラリと雪乃の事を見たが、特に何も言う事もなく煌びやかなステージに出ていく。
そして、星野の紹介が終わると、とうとう次は雪乃の出番だ。
雪乃は目をつぶって深呼吸をする。
「見ててください名無しさん、私頑張ります」
そう呟き、自分自身に気合を入れる。
スタッフのゴーサインを受けてとうとう雪乃も舞台へ上がる。
沢山の煌びやかなライトに照らされながらも雪乃は堂々とステージ中央に歩いていく、会場に来てる一般のお客さん、そして他のアーティストや司会に拍手で迎えられながら。
「さぁ、そして最後のアーティストの紹介になります。今! 超話題のスーパーガール、有沢雪乃さんです!!」
雪乃はカメラに笑顔で手を振り、お辞儀をした。
「赤羽ないかさんと同じでデビューしたての新人ながら、異例な速さでこの番組に出演することになりました! デビュー曲が発表されるやいなや、その曲の完成度の高さからネットで話題沸騰。若い世代にも圧倒的な支持を受け、その歌唱力と魅力的な歌声が特徴のシンデレラガールとは彼女の事です! 今夜も名だたるアーティスト達にのまれずシンデレラガールは、華麗に階段を駆け上がれるか?!」
司会の女性が雪乃の紹介をしてくれる、そしてゲストで呼ばれている大物芸能人の女性もコメントする。
「いやー実は私、彼女の曲のファンなんですよ、今夜はいい歌声を聴かせてほしいですねっ! 彼女の出番が楽しみです」
「えぇ、きっと我々の期待に応えてくれる事でしょう! さぁ、これで今夜のアーティストの皆さんの紹介が終わりました。それでは、いったんCMですっ!」
アーティスト達はCMの間に予め言われていた自分の座席につく。
雪乃はまだ新人なので目立たない端っこの方の席だ。
そうなると当然隣の席になるのは、同じ新人アイドルの赤羽ないかだ。彼女は嫌そうにしながら雪乃の隣の席に座った。
そして、小さな声で話しかけてきた。
「ねぇ、あんたの曲作ったの、なんて名前の作曲家だっけ? 名無しの権兵衛だっけ?」
「……Nonameさんです」
雪乃は一瞬答えるか悩んだがCM明けまで少し時間がるので仕方なく答えた。
「ふーん、まぁ何でも良いんだけどね。私に紹介してよ。もう曲をよこせなんて言わないからさ」
「無理です、私も名無しさんの連絡先は知らないので」
「はぁ? あんた自分の曲作った人の連絡先も知らないの? 使えないわねー」
赤羽ないかの言葉に雪乃は思わず顔をしかめる。
「でも、あんたの所の社長は知ってるんでしょ? あんたのプロデューサーみたいな事もしてるんだし」
「はい、知ってると思います。……でも、赤羽さんには教えません」
「はぁ? 何でよ? もしかして、曲を頂戴って言った事まだ根に持ってるの? 器ちっさ」
「……違います、名無しさんとの契約で社長は名無しさんの事を教えられないんです」
「何よそれ……じゃぁどうやって曲の依頼を出せばいいのよ?」
「知りません」
「ちっ……こうなったらヒナ鶴の方にも連絡しても無駄かもしれないわね」
「ヒナ鶴……?」
雪乃は赤羽ないかの言葉に思わず疑問の声をあげてしまう。
それを聞いた赤羽ないかは一瞬呆けたような表情をしたが、すぐにニヤニヤとした粘着くような笑顔を雪乃に向けた。
「なに? もしかして、あんた知らないの? あっ、もしかしてノーネームが自分だけ特別に曲を作ってくれてるとでも思ってた?」
「……どういう意味ですか?」
「仕方ないから教えてあげる、ヒナ鶴は歌手にもなれないような、歌い手って呼ばれる――」
「歌い手さんの事は知っています。それに、そう言う人を馬鹿にするような発言は良くないと思います」
雪乃は赤羽ないかの言葉を遮る。
歌い手の中にも歌手を本気で目指している人だっているはず、雪乃はそう言う人を馬鹿にする発言が許せなかった。
「はいはい、悪かったわよ」
赤羽ないかは肩を竦めた。
「それで、その歌い手のヒナ鶴さんに名無しさんが……?」
「そういうことー。全くの無名の新人のそれも歌手でもない奴に曲を提供した訳よ。そしたら、あっと言う間に投稿サイトのランキング一位にまで上り詰めちゃって。私もさっき聴いたのだけれど曲の力がデカすぎるわね、ありゃ」
「名無しさんが楽曲を……」
雪乃の瞳が動揺で揺れるのを赤羽ないかは見逃さなかった。
――案外、ここをつけば本番で有沢雪乃を崩せるんじゃない?
赤羽ないかは内心でほくそ笑んだ。
「残念だったわねー、貴女だけが特別じゃなくって。レコーディングの時にあの小田とか言うオバサンがアンタは選ばれたとか言ってたけどやっぱり勘違いだったわね。そうよ、ノーネームはこれからあんた以外の人に曲を書く事にしたに違いないわ。そして、いずれは必ず私に……」
そういって、赤羽ないかは得意げに笑った。
自己評価の低い雪乃はその言葉にありえないという事が出来なかった。その心にはなぜ、ノーネームは何も教えてくれなかったのかと言う思いが渦巻いた。
見る見る表情が暗くなっていく雪乃。それを見た赤羽ないかは――。
「まぁ――それが本当にNonameかなんて分からないけどね」
雪乃の調子を崩してやろうとは思わなかった。
「えっ?」
下を向きかけていた雪乃は思わず顔を上げて赤羽ないかの顔を見てしまう。
「だって、本当に本人かなんて私には分からないもの。ただ、それっぽいって話よ。それより、今はこの番組に全力をかける事ね」
赤羽ないかの意外な気づかいとも思える言葉に雪乃は困惑する。
「えっと、それはそうなんですけど……赤羽さんは軽く流すのでは?」
「はぁ? あんなの相手を油断させる為のウソに決まってるでしょ? だいたいNonameが見てるかもしれないのに手を抜くわけないじゃない。はぁ……私って本当にいい女ね。嫌いな相手でも励ましちゃうんだから」
「あ、ありがとうございます……」
「まぁ、しょうがないわね。私は優しくて嘘の付けない性格だから。本当に損な性格だわ」
雪乃はさっき盛大に嘘ついてたよねという言葉を何とか飲み込みもう一度赤羽ないかにお礼を言っておいた。
◇
生放送という、緊張感のある時間はあっという間に過ぎていく。
そしていよいよ、雪乃の前のアーティストである星野聖華の出番がやって来た。
生放送番組であるため星野の曲の準備ができるまでの間は司会と雪乃がトークで場を繋がなくてはならない。
「いやー、有沢さん。今日のアーティストの曲を聴いてどうでしたか?」
「えっ、は、はい、皆さんとても上手で……えっと、すごかったです」
「あははっ、少し緊張しているようですね。次はいよいよトップアイドルと言われている星野さんの演奏ですが同じアイドルとしてどうですか?」
「星野さんは本当にすごいと思います。今日も自分を支えてくれた人たちの為にも全力で頑張るって仰っていましたし」
「ほぉー、彼女がそんな事を? やはり、有沢さんにとっても星野さんは憧れですか?」
「はい、私達アイドルに取って星野さんは本当に尊敬できる方だと思います」
雪乃がチラリと会場にあるモニターを見ると、snsにリアルタイムで書き込まれた番組の感想が表示されていた。
大体は雪乃やこれから演奏する星野聖華に関する物だったが、その中にいくつかノーネームに関する質問もある事に気付いた。
「なるほど。ネットでも有沢さんに興味深々みたいですね、次は有沢さんの曲に関する事を質問させてください。有沢さんの曲は前もって聴かせてもらっていますが、何と言うか今までの曲とは違いとても斬新ですね。それでいて、メロディラインがとても綺麗で素敵だと思います。他の皆さんも気になっている様なのでズバリお聞きしますが作曲家のNoname先生とはどうやって知り合ったのか聞いてもよろしいですか?」
「は、はい、私がオーディション……他局のオーディション番組に落ちてしまいましてその後、私の所属している事務所で楽曲を募集していたんです。そしたら、そこに名無しさん……Noname先生が楽曲を送ってくれたのが始まりです」
「おぉー、それはすごいですね。あれ程の名曲を送ってくれるなんて……。きっと、有沢さんは見所があると思われたのでしょう。もしもの話ですがNoname先生に楽曲を依頼したい場合は……?」
「えっと、すみません、先生の連絡先は社長しかしらないので分かりません……」
「そうですか、すみませんね、私も今は司会なんてやっていますが一応歌手としてもやってきたものでして、どうしても先生の楽曲に興味がでてしまい、あはは。でも、有沢さんの所属している事務所の社長さんなら連絡がとれるんですね、これは後で聞いてみなくてはっ!!……なんて、私だけ連絡を取ったら他のアーティストの皆さんにも恨まれそうですね」
司会をやっている大御所歌手は冗談ぽく言っているが後で絶対に雪乃の事務所の社長に問い合わせようと考えいた。
「おっと、それでは星野さんの曲の準備が出来たようです。……それでは、星野聖華さんで『I am the best』です!」
司会がそう言った所でカメラが切り替わりモニターに星野の姿が映し出される。
雪乃はなんとか星野の出番まで場を繋いだことに胸を撫で下ろし、次は自分の番だと気合を入れる。
――星野さんは私と全力で勝負してくれる。まずは、星野さんのパフォーマンスを集中して見る、そして私も全力を出すんだ。
雪乃は星野の一挙手一投足を見逃さない様に集中するのだった。
そして、曲が始まり踊り始める星野聖華。雪乃はその様子をじっと見ていた。
モニターの星野が息を吸い込み、次の瞬間には彼女の歌声がスタジオ全体に響いていく。
星野のパフォーマンスは今日来ているゲストアーティスト達の中では抜きんでていた。
それなのに、そのはずなのに……雪乃は困惑していた。
何故かは分からないが全く、ワクワクもドキドキもしないのだ。
もちろん、緊張しているとかではない、ただ心が全く動かないのだ。それどころか、寧ろどこか落胆すらしている自分に気が付いた。
――星野さんのパフォーマンスはすごい、凄いはずなのに、なんで私なにも感じないの……?
雪乃は自分の胸に手を当ててもう一度よく考える。
そう、そうだ、何も感じてないんじゃない。雪乃は心の中に渦巻いている思いに自分自身で驚いてしまう。
雪乃の心に浮かんだその言葉は――。
――トップアイドルってこの程度なの……?
この日の為に、雪乃は歌の練習を頑張った。寝る間を惜しんでダンスの振り付けを覚えた。苦手なダンスも諦めずに出来ない所を何度も練習した。
必死だった、雪乃にはノーネームがくれたこの曲しかなかったから。自分の全てを捧げ頑張ってきた。
だからこそ、雪乃は自分の力を、パフォーマンスを理解していた。
それと比べてしまうと、星野のパフォーマンスは……。
雪乃は頭を振って自分の気持ちを無理やりに追い出そうとする。
それでもどうしても思ってしまうのだ。
この程度が、こんなレベルのパフォーマンスがトップと言われる存在の全力なのかと。




