有沢雪乃:宣戦布告
雪乃は音楽の生放送番組に出演するためにテレビスタジオに来ていた。
その番組はゴールデンタイムに放送される。そして、複数のアーティストたちが出演し、曲を生演奏で披露する番組だ。
ちょうど今は番組の放送時刻まであと30分を切った所だった。
「雪乃、デビューしたばかりで行き成りこの番組からオファーが来るなんて本当にすごいわ」
雪乃に声をかけたのは彼女の所属するプロダクションの社長である音無だ。
「社長……でも、すごい緊張します。私なんかが本当に出演しても大丈夫なんでしょうか? しかもトリを務めるなんて……」
音無は雪乃の肩を叩きながら彼女を励ます。
「大丈夫に決まってるでしょ! 雪乃の才能は私とノーネーム先生が認めるほどすごいんだから自信を持って! それと……」
音無はポケットからスマホを取り出し、雪乃に見せる。
「じゃーん、ノーネーム先生から応援のメッセージが届いてまーす!」
「名無しさんから?! 見せてくださいっ!!」
「ちょ、ちょっと雪乃落ち着いて……」
雪乃は音無の声など聞こえていない様子で音無からスマホを引っ手繰る。
メールを開くとそこには雪乃にとって恩人であるノーネームから短いがメッセージが来ていた。
「キミの歌を楽しみにしている、楽しんで……か」
雪乃がメールを読み上げると音無はくすくすと笑う。
「まるで恋する乙女ね、気持ちは分かるけれど。……でも、雪乃、気を付けるのよ。今日はあのレコーディングの時にいた赤羽ないかも出演するみたいだし」
赤羽ないかは雪乃のレコーディングの日に雪乃の曲をよこせと要求してきた、とんでもない少女である。
そして、雪乃が落ちたオーディションの合格者でもあった。
「はい、でも大丈夫ですよ。他の出演者もいますから変な事にはならないと思います」
「ならいいけど……まぁ、心配しても仕方ないわね。あっ、そういえば、今日はあのトップアイドルの星野聖華も出演するのよね。あとでサイン貰えないかしら?」
星野聖華は雪乃の二つ上の学年で17歳。今現在トップアイドルと言われている少女の事だ。
「星野さんですか……なんで星野さんがトリじゃないんでしょうか。ちょっと憂鬱です……」
音無は本当に憂鬱そうな雪乃を見て思わず苦笑いを浮かべる。
「まぁ、でも今日の主役は間違いなく雪乃よ、貴女の雄姿、ノーネーム先生に見せるんでしょ、頑張りなさい。と、そろそろ時間みたいね。行ってらっしゃい雪乃」
「はい!」
音無に見送られ雪乃は控室からステージ裏へと移動する。
この歌番組の出演者たちは一度全員ステージ裏に集められ、番組のオープニングに一人一人登場する演出になっている。
ステージ裏には既に他の出演者が既にスタンバイしていた。その中には赤羽ないかの姿もあった。
雪乃の姿に気が付くと彼女は近寄ってくる。
「貴女もやっぱり出演するのね……。全く嫌になるわね、貴女の前座をやらされるなんて」
赤羽ないかは心底うんざりと言った様子で言い捨てる。
「前座なんて……そんな……」
「別にいい子ちゃんぶらなくても良いわよ。全く運がいいわね、貴女。たまたまいい曲を貰えてこの番組のトリまで務めるのだから。それにしても、今日の出演者は皆かわいそうよねー、だって貴女の曲と比較されちゃうんだから」
赤羽ないかは大きな声で話すので他の出演者もちらちらと雪乃たちを見ていた。
そして、雪乃をみるその瞳には赤羽ないかの言う通り嫉妬の感情が含まれていた。
「特に可哀そうなのは、貴女の直前に歌う星野聖華さんよね。トップアイドルなんて言われてるのに本当に可愛そう。貴女の曲と一番比べられるのは彼女の曲なんだから。どんなに実力で勝っていても本当に嫌になるわー」
「……私がなんだって?」
雪乃と赤羽ないかの話に入ってきたのは星野聖華、本人だった。
ちなみに、星野の口調は自身の作曲担当である小田京子に憧れて似せていると業界では有名だ。
「星野さんも嫌ですよね。こんな曲と運だけでここにいる様な子の前座をやらされるなんて」
星野はアイドルとは思えないムスッとした表情で赤羽ないかを睨みつける。
「別に私は、自分が前座なんて思っていないし、彼女の事も曲と運だけでここに呼ばれたとも思っていない」
「えぇっ? それ本気で言ってます? 失礼ですけれど、有沢さんの曲と星野さんの曲どちらが優れてるかなんて一目瞭然ですよー」
「……君は私の為に小田先生が作ってくれた曲が彼女の曲に劣ってるといいたいのか?」
「そう言ってるんですけど伝わりにくかったですか?」
「……そうか、キミの感想は分かった。だが、私はやはり、自分の歌う曲が有沢さんの曲に負けているとは思っていない」
「ふーん、まぁ、小田とかいうオバサンの曲なんてどうでもいいんですけど。精々頑張って恥をかいてくださいね、そしてこの番組が終わった後に同じことが言えるか是非教えてください」
「おば――っ! キミは私たちの為に曲を作ってくれる人達に敬意を払う事もできないのか?」
「はぁ? 敬意ってなんです? ダサい曲しか作れない人に払う敬意なんてあるんですか?」
「ダサいだと?! いいだろう……小田先生の曲がいかにすごいか分からせてやる、私と勝負しろ」
「はぁ……勝負? 言っておきますけど私は今日軽く流すつもりで来てますので遠慮しておきます。全力を出して馬鹿を見るのは嫌なので」
「なんだと……? キミは私たちの為に一生懸命、作曲してくれた人やこの番組のスタッフ、それに出演するために尽力してくれた人達に申し訳ないと思わないのか? その人達に恥じない様に全力を出して歌おうとも思わないのか?」
「思いませんけど? あっ、そろそろ時間みたいですね。それじゃぁ御互いてきとーに頑張りましょうね」
言いたい事をいった赤羽ないかは雪乃と星野の傍を離れていった。
「くそっ……。有沢さん」
星野は雪乃に向き直り、鋭い視線を向ける。
「は、はい……」
「キミの曲は聞かせてもらっている、リハーサルは忙しくて見てはいないが、それでも私は今日キミに勝つつもりで歌う」
星野は強い意志のこもった瞳で雪乃を見つめ言い放った。
「キミには絶対に負けない」
「私も……私も負けません。どうしても聴いて欲しい人がいるから……私を選んでよかったって思って欲しいから、だから、私が勝ちます、私の方が良かったって思わせます」
普段の気弱な雪乃からは想像も出来ない程強い決意のこもった瞳で星野を見つめ返す。
一歩も引かない、雪乃には本気を出す理由があるから。
「そうか……なら、お互い正々堂々と全力を出して勝負しよう」
星野は雪乃に手を差し出し不敵に笑った。




