歌ってほしい
「それで、どうして舞と小田君が手を繋いでいたのですか?」
千鶴の部屋に妹と戻ると、顔は笑顔なのにとても恐ろしい雰囲気の千鶴が出迎えてくれた。
そして千鶴の妹の名前が舞という事が判明した。
俺が舞の手を離すと彼女からあっと小さく声が漏れた。
なんだか、少しだけ名残惜しい気もした。
「まぁ、手を繋いでたのは成り行きで? それより、ほら、言いたい事があるんだろ? ちゃんと言った方がいいよ」
俺は舞の背中をポンと軽く押してやる。
舞は恥ずかしいのか千鶴の目を真っすぐ見れず顔をそらしたままだ。
「その……さっきの曲すごくよかった。だから、ネットにアップしたら人気出ると思う……多分」
そんな舞の様子に微笑みながら千鶴は答える。
「演奏聴いていたんですね……ありがとう、舞。でも、これは小田君の曲だから勝手にネットには載せられないのよ」
「俺は雛田さ……千鶴さん、さえ良ければ載せたいって思ってるんだけれど、どうかな?」
「名前呼び……」
「あっ、ごめん。嫌だった?」
「い、いえ、名前で呼んで欲しいです。むしろ呼び捨てでお願いしますっ!」
「ふーん、まぁ、私の事も特別に名前で呼ぶことを許してあげるわ」
「あぁ、よろしくな舞」
「ちょっと! なんでいきなり呼び捨てなのよ!」
「いや……お前はさんをつけて呼ばれるキャラじゃないだろ」
俺と舞がわーわーやっていると千鶴が恐ろしい笑みを浮かべて私より仲良さそうですねと言った。
◇ ◇ ◇
「それで、ネットに載せるならイメージイラストも必要だと思うんです」
千鶴のそんな一言で部屋は静まり返る。
「悪いけど、俺が絵心がないからイラストは描けないぞ」
「ふんっ、誰もあんたなんかに期待してないわよ」
千鶴は俺に突っかかってくる舞の名前を呼んで嗜めてくれた。
そして、少しだけ誇らしげに言った。
「大丈夫です、イラストなら舞が描けますから」
「えっ、舞が?!」
「何よ、私が絵を描けたら何か問題があるの?」
「いや、無いけど……。描いてくれるか?」
「仕方ないから描いてあげるわ。まぁ、コンクールで賞を貰えるくらいの実力はあるから安心しなさい」
「へーっ、見かけによらず凄いんだな舞って」
「なっ! 見かけによらずって何よ?!」
「す、すまん、つい本音が――」
「むきー!!」
「……二人とも」
千鶴が再びあの笑顔を浮かべる。
「「すみませんでした」」
舞は頬を膨らませてチラリと俺を睨んでくる。言いたい事は分かる、あんたが悪いんだからねだろう。
確かに今のは俺が悪かったので目を逸らす。
「アップするのは私が前から使っていた動画投稿サイトのアカウントでいいですか? ……チャンネル登録者とか殆どいないんですけれど」
「殆どって言うかゼロよね、ゼロ」
舞は姉に対しても意外と容赦ないな。というか、ゼロって……舞も登録してやってないのかよ。
「うぅ……っ、昔のカバー曲は消します。黒歴史です……」
「いっその事、新規でアカウント作ったら?」
「でも、複数アカウントはなんかダメだった気がします」
「確かに、グループで活動するならともかく、千鶴のソロだからな」
「勇気、あんた作曲家なんでしょ? あんた過去に作った曲とかネットにアップしてなかったの?」
前世ではアップしてたけど、この世界ではそう言うのはやってなかったんだよなぁ。
「呼び捨てかよ……まぁ、いいけど。曲をネットにアップしたことはないな」
「ふーん、まぁそうよね。あんたが曲を載せてたらもっと有名になってるはずだし……」
「……二人とも名前で呼び合ってずるい」
千鶴が俺と舞をじとーっとした目で見てくる。
「お姉ちゃんも呼べばいいじゃない」
「そ、そんな私が、小田君を名前で呼ぶなんて……」
「千鶴さえ良ければ、呼んでよ」
「いいんですか?! え、えっと、じゃぁ勇気……くん」
一瞬呼び捨てにしようとして千鶴はヘタレたようだ。
まぁその方が千鶴らしいし、なんか初々しい。
「こ、これからよろしくお願いします、勇気くん……」
そう言って千鶴は俺に手を差し出してきた。
「あぁっ、はい……」
俺はその手を取って二人で無言で握手をする。
何となく千鶴の手を離しにくくてしばらく握ったままだった。
千鶴が俺の目を見てニコリと微笑んだので俺も笑顔を返す。
「ねぇ……何やってるの?」
「「へっ?!」」
舞にそう言われて俺と千鶴は同時に手を離す。
「あははっ、そ、それで曲は私のアカウントでアップするって事でいいんですよね?!」
千鶴が少し慌てた様子で確認してくる。
「あ、あぁ……そうだな」
「勇気くん、その……本当にあの曲を歌うのは私でいいんですか?」
「うん、あの曲は千鶴の為に書いたんだからキミじゃなきゃダメだ」
「私、一生懸命歌います、歌いますけど……私のせいで人気が出なかったらすみません」
「もし人気が出なくても気にする事ないよ。そしたら、また次の曲を頑張ろう」
「次……次も私に曲を作ってくれますか?」
「もちろん、千鶴さえ良ければ何度だって」
「勇気くん……」
数秒俺と千鶴は見つめ合う。
「ごほんっ、……私もいるんですけれどー」
「「――っ」」
付き合いたてのカップルじゃないんだぞと、言いたげな舞の視線になんとか耐える。
千鶴をチラリとみて気恥しくなり目を背けた、それでも、もう一度、彼女を見ると千鶴の方も同じような感じで目が合った。それが可笑しくて二人で笑い合う。
「ぷくくっ……千鶴、俺の曲、やっぱり千鶴に歌ってほしい」
千鶴はその目を一瞬だけ見開いたあと、その綺麗な瞳をキラキラさせる。
そして、真っすぐに俺を見つめて言った。
「私、歌いますっ!」
世界が雛田千鶴の歌声を知るまでもう少し。




