二人の音楽
俺はあの日から彼女が路上ライブを止めてしまった理由、そして約束した日に来れなかった事などを聞いた。
「ゆう……じゃなくって、小田君、今更になってしまいますが本当にすみませんでした」
「気にしないでいいよ。雛田さんには事情があったんだし。それに今から聴かせてくれるんでしょ?」
「はい、私、あれから頑張っていっぱい練習しました。小田君の曲は私にとって特別です」
「ありがとう、よかったらピアノは俺が弾いてもいいかな? 雛田さんのギターに合わせるから」
「いいんですか? 小田君と一緒に演奏できるなら嬉しいです」
もちろん、と俺は答えてピアノの椅子に腰かける。少しだけ高さを調整して千鶴に視線を送ると彼女の方も準備が出来たようで軽く頷いた。……のだが、急に彼女は頬を染めて目をそらした。
「えっと、どうかした?」
「すみません、その……なんだか部屋で二人きりで見つめ合っていたら照れ臭くなってしまいまして……」
そう言われると俺の方も気恥しくなってくる。
「そ、そうだな。でも、雛田さんは凄い美人だから中学の頃とかモテたんじゃないか?」
「そんな事ないです、中学は私立の女子校でしたから……本当は男性慣れしていないので私のお話とかつまらなくないか心配なくらいで……」
「そうなんだ。俺は雛田さんと話すの凄い楽しいよ。それに男性慣れしてなくて逆に安心したかも……なんて」
俺は照れ笑い気味に自分の気持ちを正直に話す。
「安心ですか? も、もしかして、それは男性慣れしてない私を小田くんが自分色に染めたいとか、そう言う事なんのでしょうか、そ、それは、ひょっとすると、私もチャンスと言いますか、希望を持っても良いという事なのでしょうか……いえ、むしろ小田くんが望んでいるなら私もやぶさかではないと言いますか、望むところなのですが、でも、もっとお互いを知ってから――」
「ひ、雛田さん……?」
「ひ、ひゃいっ!」
ぶつぶつと呟くように喋っていた雛田を呼ぶと、彼女は顔を真っ赤にしながら背筋がピンとまっすぐ伸びた。その様子が面白くて思わず笑ってしまう。
「わ、私何か可笑しかったですか?」
「ごめん、普段はお淑やかでしっかり者の雛田さんでもテンパる事もあるんだって思ったら可笑しくて」
「そ、それは私にだってありますよ。気になる男の子と一緒なんだからしょうがないじゃないですか」
気になる男の子か……。
それは言っていい単語なのか? まぁ、先ほどのブツブツもすべて聞こえていたので今更だけれど。雛田も言ってから自分で気が付いたのか顔を真っ赤にしてアワアワとしだした。
「い、今のは違くて、その、気になるのは確かなんですけど! 違うって言うか! あーでも、違わないって言うか!」
今日一日だけでだいぶ彼女の印象が変わってしまった。
それはもちろん、悪い方向にではなくだ。学校での雛田は美人で目立つが、物静かで心に芯のある女性と言うイメージだったが今の雛田も可愛らしく自然体でいいと思う。
「ありがとう。俺も雛田さんは気になる女の子だから一緒だよ。もっと雛田さんの事を教えてよ、どんな音楽が好きとか、どんな演奏をするのかとかも」
「は、はい……私ももっと小田くんを知りたいです。だから一緒に演奏しましょう」
「うん、それじゃぁ、いくよ。せーのっ」
俺の掛け声により二人の演奏が始まる。
その瞬間世界に二人しかいないような錯覚すら覚える。
甘い二人だけの音楽が部屋を満たしていく。
◇
演奏を終えて雛田とお互いに楽しく感想を言い合ってから、少しお手洗い借りる事にした。
手を洗い、雛田の部屋に帰ろうと思っていたら廊下で雛田の妹が立っていた。
どうやら、俺を待っていた様子だ。
「ねぇ、あんた……あの曲作った人なの?」
あまりにも突然な物言いに俺は少し戸惑ってしまう。
俺は千鶴の妹の問いには答えず、演奏聞いてたんだと答えた。
「……あの曲、お姉ちゃんが家族……私以外で一番に聞かせるのは、曲を作ってくれた人がいいって言ってたから……あんたなのね」
俺は何も答えず、千鶴の妹を黙って見つめる。
「私、音楽って嫌い。どこがいいのか分からないし……お姉ちゃんは昔から歌手になるのを夢見てるけど、正直下手だって思ってた。でも、今日あんたの曲を歌ってるお姉ちゃんは凄いと思ったし、曲もなんかいいなって思えた」
「雛田さん……は分かりにくいか、千鶴さんは凄いよ。歌声も音程もしっかりしてる、きっと昔から努力してきたんだろうね」
「お姉ちゃんはそうだね、お母さんに反対されても、中学の頃の連中に否定されてもずっと頑張って来たよ。……私は音楽の事とか全然分からないけれど、あんたと一緒に演奏した曲は本当にすごいって思った。だから、音楽が好きな連中が聞けばきっと、ほっとかないと思う。だから……その……」
「えっと、ありがとう? でも、感想なら千鶴さんにも直接言ってあげた方が喜ぶと思うよ」
俺がそう言うと、千鶴の妹は目をぱちくりさせてから少し頬を赤らめて俺を睨んだ。
「そうじゃなくって! ネットに、インターネットにアップしたらいいんじゃないかって思っただけ。友達がそう言うの流行ってるって言ってたから」
「なるほど、ネットか……」
俺は自分の曲を、好きを広めたい。
有沢雪乃みたいなアイドルとかにだけじゃなく、ネットにも曲をアップする。それはとてもいい考えだと思えた。
「よし、行こう」
俺は千鶴の妹の手を取って、千鶴の部屋へと引っ張っていく。
「ちょ、ちょっと!! 行くって何処に?! それに手っ!!」
「やっぱり、直接本人に言った方がいいよ。善は急げだ、千鶴さんの部屋に戻るよ」
俺は千鶴の妹を手を引いてそのまま連行するのだった。




