91.攫われたけど心配なし
本を収納魔法で片付ければいいのに、なぜか全員が抱えたまま戻った。本屋にいたのは1時間程度だと思ったが、外に出たら夕暮れが近い。固定された空間の中で、時間軸が歪んでいるのか。
「早く読みたいな」
「先にご飯を食べないと」
「お風呂入ってからにしない? それでリビングで読むといい」
エリュの呟きに、ナイジェルやリンカがもっともな意見を返す。ふかふかの巨大ソファベッドや、素足で楽しめる絨毯が敷かれた部屋を思い浮かべ、自然と表情が和らいだ。
「集まれる部屋があるっていいね」
「違うことをしていても、同じ部屋で過ごすのは憧れだったんだ」
それぞれに王族であり皇族だ。家族で一家団欒はなかった。騎士や侍女の話で憧れはしても、実現不可能だと知っている。だからこそ、家族以上に親しい友人との時間が楽しみだった。
「その神話、読み終えたら貸して」
「もちろん」
ナイジェルは神話も興味があるようだ。約束しながら歩く子ども達に、ベリアルは穏やかな笑みを浮かべて付き従った。特に口を挟む必要はないし、邪魔をする気もない。活発に発言して笑顔を見せるエリュが幸せであるなら、ベリアルにとって喜ばしいことだった。
あと僅かで街を抜ける。その先で人目につかないよう転移を使う予定でいた。その僅かな油断をつくように、後ろから駆けてきた男がエリュに手を伸ばす。咄嗟に庇う位置に立ったシェンが、代わりに連れ去られた。
路地に用意された魔法陣は、男とシェンをどこかへ飛ばす。
「え?」
「何、今の……」
「シェン様!?」
それぞれに混乱の声を上げる中、リンカが冷めた声で呟いた。
「よりによって、この中で最強の神様を連れ去るなんて」
馬鹿じゃないの? めちゃくちゃ運が悪い。そう匂わせた彼女に、我に返ったベリアルがひとつ溜め息を吐いた。
「先に戻りましょう、シェン様の無事は確実ですから」
「ベル、助けに行くの?」
「リリンと相談します。駆け付けても邪魔だとお叱りを受ける気がしますよ」
「そうだね」
納得してしまうエリュを筆頭に、誰もシェンが傷付けられる心配はしない。先に帰ってから将軍と対策を検討する、宰相がそう決めたら誰も反論しなかった。
路地裏で、シェンの代わりにベリアルが転移魔法を展開する。青宮殿の玄関ホールに着いた子ども達は、すたすたとリビングへ向かった。本を置いて、各自の部屋に戻る。それを見届け、食事と風呂の支度を侍女達に言い付けたベリアルは、リリンがいる訓練所へ向かった。
「やれやれ。相手が無事ならいいですが」
相手の心配をしてしまう。ベリアルの心配は、蛇神シェーシャの実力ゆえだ。神という生き物は、己の欲に忠実で身内以外に冷たい。あの場でエリュを狙ったのは、一番外側にいたせいだろう。それが位置を入れ替えたシェンに狙いを変えた。
間違いなくボコボコにされていますね。後始末のことを考えながら、ベリアルは闘技場を見回す。訓練所の闘技場では、複数の騎士が剣を交えていた。
「リリン、少しいいですか」
「ええ。何かあったの?」
汗を拭きながら近づく友人に、さて……なんと説明するべきか。ベリアルは言葉を選び始めた。




