56.文字通り締め付けてやりました
突き上げた拳を解き、何かを握り込む所作をする。その動きに合わせ、シェンの後ろに現れた蛇が実体化し始めた。透けていた姿が不透明になっていく。鱗が地面を擦る音が、ずるりと響いた。
巨体がうねるたび、周囲が声を上げる。ほとんどは応援の声や感嘆だった。鋭い牙を剥いて威嚇しても、蛇の瞬きしない目が捉えるのは衛兵達だ。攻撃対象から目を離さない巨蛇は、シャーと甲高い音を放つ。直後、衛兵の一人が走り出した。
逃げる気のようだが、逃すほど優しくはない。シェンの指がわずかに揺れた仕草で、蛇の尻尾がびたんと地面を叩いた。足を叩かれた衛兵が転がる。残る二人も、顔色を変えて逃げ出した背中を叩かれた。
残る衛兵は一人だが、彼は逃げずに立ち向かうと決めたようだ。決意は立派だが……いろいろ間違っている。
「くそっ、舐めやがって」
「それは我の言葉じゃ。立ち向かう勇気は大したものだが、相手が違っておる。民を傷付けるならず者と同じ振る舞いをするなら、神罰が下るのも当然であろう?」
くすくす笑うシェンは、どこまでも幼女の姿だ。しかし彼女の貫禄と威厳は、長く生きた者特有の余裕があった。衛兵は怯えながらも槍の穂先をシェンへ向ける。威嚇する蛇ではなく、操る幼女を標的にした。戦いの順序として間違っていないが、当然周囲は非難の声を上げた。
「子どもに攻撃する気か?」
「最低なやつだ」
「おい、衛兵の詰め所に誰か走ってくれ」
「援護はいるか?」
体の大きな男が現れ加勢しようとするが、周囲に止められた。こそこそと正体を告げられ、苦笑いして手を振る。振り返したシェンは、脇を通過した穂先に目を細めた。続いて繰り出された攻撃は、すべて蛇が防いでいく。硬い鱗は、キンと甲高い音を立てた。
弾かれた穂先を、蛇が叩き折る。
「来るなっ、やめろ」
叫ぶ男を蛇がぐるりと囲んだ。くるりとトグロを巻きながら、武器を失った男を締め上げる。
「やっつけたの?」
「もちろん! リリンに渡すから砕いてないけどね」
本当は処分したいが、ここは蛇神が暮らす地下の穴蔵ではない。エリュという皇帝が支配する地上だった。法があるのだから、無視するわけにいかない。シェンはそう説明して笑った。
蛇は今もぎちぎちと音をさせながら、衛兵を締め上げている。死なないとはいえ、かなり苦しいだろう。呻き声が漏れてきた。
「あの人、平気?」
心配するエリュの純粋さに、可愛いと頬を緩めながらシェンは頷く。
「うん。生きてるよ、もう二度と悪さは出来ないと思うけどね」
手足は不要、呼吸する胸と自白する頭が残っていればいい。そんな意味を丸く伝えて、シェンは結界で守るエリュ達の元へ向かった。後ろで拍手と万歳の声が上がり、照れたエリュが顔を赤くする。それがまた愛らしいと声が増えて、喝采は止まなかった。
エリュと手を繋ぐシェンが、店主のおばさんの前に歩いていく。後ろをナイジェルとリンカが追いかけた。さっと道を開けた人達に手を振って応え、大量の果物の前で立ち止まる。新鮮で色艶の良い果物ばかりで、美味しそうな甘い香りで幼子を誘う。
「助けてくれてありがとうよ、どれを持っていく?」
「買い物を体験させて欲しいな」
銀髪を揺らして「ほわぁ」と喜びの声を上げるエリュを視線で示してウィンクする。店主は豪快に笑って、大きく頷いた。




