53.ほんのり甘くてもっと甘い
大きく羽を広げた鷲を刺繍した服が気に入り、ナイジェルは持って帰ると言い出した。問題ないのでエリュもシェンも頷く。すると、遠慮していたリンカも同じ願いを口にした。
「皆、もっと早く言えばいいのに。あげるよ」
用意した侍女達が最初からそのつもりだったと知るエリュは、にこにこと笑顔で許可した。というより、刺繍を担当した侍女やワンピースを縫った侍女にお礼を言うよう、逆にお願いする。ナイジェルもリンカもすぐ頷いた。
あちこち歩き回り、屋台の一つで止まった。初めてみるお菓子に目が釘付けだ。綺麗な飴細工の蝶や花が、綿の上に載せられていた。ふわふわした綿もお菓子だと聞いて目を輝かせる。庶民の間で流行っていても、貴族や王族は知らない物も多い。
それぞれに購入する。すると店の人は、面白い食べ方を見せてくれた。食器の上に綿部分を入れ、上から温かい飲み物を掛けたのだ。ふわふわした雲のような綿が一瞬で溶けて、甘いココアが出来上がった。エリュはそれが気に入ってしまい、チョコを溶かして上にかけると騒ぐ。
近くにある飲食用のテーブルへ移動した。椅子も置かれており、お祭りの間はずっと設置される。
「お願い! シェン」
「いいよ。リンカやナイジェルはどうする?」
「俺はこのままでいいや」
「私は温かい豆茶で試してみる」
リンカは妖精族ということもあり、生活に必要な魔法は使える。自らのお茶を手早く用意するリンカの横で、エリュにコップを持たせた。普段使っているものより大きめにする。自ら綿のお菓子を入れたエリュは、わくわくした顔でシェンを見つめた。
温めたチョコをかけようとしたら、隣から手が出た。
「危ないよ、俺がやる」
シェンが幼女の姿なので、魔法が使えないと思ったらしい。コップを掴むエリュの手に結界を張り、慣れた様子でナイジェルは熱いチョコを注いでいく。そういえば妹がいるとか、そんな話を聞いたな。シェンはくすっと笑って、チョコが溢れないよう風で調整する係を引き受けた。
ついでにエリュが火傷しないよう、少しだけ温度を下げておく。
「ありがとう!」
嬉しそうにお礼を言って、エリュは恐る恐る口をつけた。さっき味見させてもらったのと同じ味がする。そう言って笑顔を見せた。周りも温かくなる。
「いや……」
ナイジェルの頬が赤くなったことに気づいたリンカとシェンは顔を見合わせ、見なかったことにした。ウィンクしたシェンの合図に、リンカも同様の仕草で応える。微笑ましい子どもの頃の初恋は、よい思い出になるだろう。叶うかどうかは……まあ、難しいと言わざるを得ない。
あのベリアルが納得して譲る程の実力が必要で、リリンが頷くだけの優しさも求められる。だが、最後はエリュの気持ちひとつだ。そればかりは蛇神であるシェンにも読めなかった。
微笑ましい恋の甘酸っぱさが漂う場で、リンカは無言で甘いお茶を飲み干す。シェンは迷った末、飴細工だけを食べて綿菓子を収納へ入れた。後でまたエリュに分けてやろう、そんなことを考えたら口元が緩んだ。




