ゲオル、竜が如し
オルタリアは嬉々として挑みにかかる。
蝶のように舞い蜂のように刺すという言葉があるが、彼女のはそれよりずっと過激で熱がこもっていた。
────まるで容赦がない。
ふたつの形態で断ち斬ることに、斬り裂くことに。
自由自在の攻撃は地面もろともゲオルの両親を赤く染めていく。
目の前に息子がいても、周囲の村人たちが恐怖におののこうとお構いなしだ。
「クソがぁぁあああああッ!!」
ゲオルは歯を食い縛って、拳を振り抜き、足を振り回した。
隻腕とはいえその格闘能力は並み以上だ。
殴られても持ちこたえ、噛みつかれそうになったり爪で引き裂かれそうになったりしたときは、俊敏な動きで回避する。
これまでの鬱憤と怒りが合わさり、右の拳撃による衝撃波と蹴り技による乱風が周囲の家々を大きく震わせた。
特に我流の胴回し回転蹴りが炸裂したときには、ほんの一瞬空間が歪んだほどだ。
(なにこの子……、こんな強いの!?)
オルタリアはゲオルの内側から溢れる力に武者震いを起こした。
眠りから目を覚ました凶悪なドラゴンのような勢いにも関わらず、見ず知らずのオルタリアと息を合わせながら攻撃する。
ゲオルの鬼のような形相、しかしその目尻からは一縷の涙。
攻撃のたびに想起する、おぼろげながらも温かい思い出。
無念、回顧、そして怒り。
長年抱え込んだ思いは拳となり、もう止まれなかった。
それを読み取ったオルタリアは一気に踏み込み、ふたりに止めを刺す。
彼女なりの慈悲だった。
この幕引きに、ゲオルはようやく止まる。
「ハァ、ハァ……、オヤジ、オフクロ……」
やるせなさとともに、亡骸となったかつての両親を見下ろす。
……終わった、と心の中で重荷が取れる声となにかが崩れた音がした。
しかしずっと立ちすくんでいた村長の罵声が響き渡る。
「お前たちは一体なんてことをしてくれた! これがどれほどの重罪かわかっているのか!」
普段は温厚な村長は、今回ばかりはと声を張り上げる。
青ざめた表情の中には、そう遠くない未来に来るだろう恐怖が渦巻いていた。
「教団が定めたルールを忘れたか! なのにお前たちときたら……。こんなことが知られたら……この村は終わりだぞ!!」
「……ハッハッハ。そのルール様がなにしてくれた? え? 周り見ろよ。たくさん死んだ。傷付いた……あぁわかってる俺のせいだ! だけど、そんな言い方ってあるか!?」
「言い訳するな! ほかにもっとやり方があったはずだ! それを、お前たちの短慮な行いのせいで」
「ほかのやり方ってなんだよ言ってみろ!!」
これまで溜め込んできたものを一気に吐き出すようにゲオルも食い下がる。
すべてから解き放たれると同時に、居場所を失った。
彼自身、内心では理解していたが感情が抑えられない。
勿論殺すことはよくないかもしれないが、それまで誰も助けてくれなかったのだから。
望まない自己犠牲の日々にうんざりしていたゲオルの怒りは有頂天だ。
しかし、村長はそんな彼の意志を激しく拒絶する。
「この世で自分だけが救われていないとでも思っているのか! 皆耐えているんだ! なのにお前だけ勝手な行動を……ッ。出て行け、ここにお前の居場所はない。────アンタもだ旅の人よ。とんだ疫病神め!」
「こりゃ聞ける雰囲気じゃなくなったわね。……さ、疫病神は退散よ~」
そう言いながらも堂々とし、家の中から覗く恐怖の入り混じった視線を浴びながら村の出入り口へと歩いていく。
……ゲオルもここを出て行くことに。
長年一緒に暮らしてきた村の人々の視線が、彼の歯軋りを加速させる。
そんなゲオルの背中を睨みながら呼吸を荒くしている村長。
お互いに一定の憎しみはあれど、それ以上にお互いに対しての申し訳なさがその目に密かに宿っていた。
ゲオルは両親を守れず、村長はゲオルを含む村の者を守れなかった。
そればかりか村の存続の危機に直面するものであり、ゲオルはその発端となってしまったのだ。
(ゲオル……私が、憎いか? ずっと孤独に耐えてきたお前を切り捨てる私が……)
(村長、すまねぇ。俺ぁ……────世界一の大バカ野郎だ)
ゲオル・ヨアヒムはこの日、村を追放された。
一度家へ戻って少ない金子を懐に、村を出る。
「ゲオル!」
「ゲオルよぅ……」
途中、ゲオルの友人たちが来てわずかだが金を握らそうとしたが、彼はそれを断った。
友人たちもなんと声をかけてよいかわからず、そのまま見送るしかなかった。
あとはもう路頭に迷うだけの運命、かと思いきやだ。
「ハァイ、ゲオル」
「うお! ……オルタリア。アンタここでなにしてんだ。旅してんだろ」
「それもそうなんだけど、ちょっと聞きたいことがあるの」
ホラ最初に言ったじゃない、とオルタリアが手を広げておどけるようにするが、ゲオルの頭からは完全に抜けていた。
そういえばそんなことを言っていた気がするというような程度で、鼻から他人事だ。
しかし、今となってはどうでもいい。
すべてを失った自分から得られる情報なんでものは、と思ったが若干の興味が湧いた。
お返しと言わんばかりに、ヤケクソ気味にゲオルもおどけてみせ、芝居染みたジェスチャーをする。
「俺に言ってるんだよな? ……あぁ、俺しかおらん。とうとうおかしくなって幻が見えちまったかと思ったよ」
「そんなわけないでしょ。私は目的があってあの村に行ったの。聞きたいことがあったから。でも追い出されちゃったでしょ? じゃあ、アナタに聞くしかないじゃない」
「あぁ、確かそんなこと言ってたな。なにが聞きたかったんだ? デートスポット? それともナンパ?」
「んん~魅力的ねぇイイ男結構いたし。だけど違う。私が聞きたいのは、あの村の近くに存在する"ある場所"のことよ」
「ある場所ってのは引っ掛かる言い方だな。……面倒だろうが俺もたった今聞きたいことができたよ。てかまぁ、出会ってすぐに気になったこととか?」
「あら、なにかしら? 俄然アナタに興味湧いてきちゃった」
オルタリアは余裕の笑みをこぼしながら彼の隣に歩み寄り、右肩を艶かしい動きで撫でた。
若干ゲオルのほうが身長が高いため、少し顎を上げるように見つめるオルタリアの視線は蛇のように絡み付く。
彼女は恐らく普通にフレンドリーに接しているのだろうが、滲み出る色香はゲオルの心を包み込んだ。
こんなオルタリアを見てか追放されたあとだというのに、ゲオルは不思議と悪い気はしなかった。
むしろどこか懐かしく思うようで少しばかりの心地よさを感じるくらいだ。
「……第二形態ってなんだ? そんなのになるなんて今まで聞いたことねぇぞ。あと、村の近くにある"ある場所"って、なんのことなんだ?」
「いっぺんに聞いちゃうんだぁ。まぁいいわ。そうねぇ~、立ち話もなんだしまずは落ち着ける場所に移動しましょ」
小さくウインクしたオルタリアはゲオルを引き連れて、ここから少し離れた丘の上にある小さな木の下まで移動した。




