ゲオルのけじめ、オルタリアとの出会い
「やめろぉ!! やめろオヤジ、オフクロォォオッ!!」
ゲオルは身を挺して止めにかかるが、殴り飛ばされて壁に叩きつけられる。
ただでさえとんでもないパワーであるのに、隻腕ではどうしようもない。
「ゲオルッ! くそ、こうなったら……」
「やめろ弓矢を納めるんだ! 魔獣症候群を殺してはいけない!」
「じゃあどうするんだ!? このままだと……────あぁ!」
そうこうしている内にまた犠牲者が出た。
縄を使ってなんとか動きを封じようとした男が、腹を蹴り飛ばされ吐血する。
さらには叫ばれる呪詛に誰もが心を抉られるような嫌悪感を抱き、動けなくなった。
「クソ……待てよ、オヤジィ……オフクロォ」
顔をしかめながら立ち上がるゲオル。
誰も打つ手がない中、彼はもう一度立ち向かおうとする。
その間にも、ゲオルは自身の死を予感した。
もしかしたら今日が自分の命日になるかもしれないと。
(チクショウ……これが俺の人生かよ……!)
ここまでくればもう法度など関係はない。
たとえ刺し違えても、止めなくてはならなくなった。
久々の喧嘩だ、身体が鈍っているかもしれない。
だがゲオルに迷いはなかった。
人生最期の大喧嘩だ。
せめてこの喧嘩だけでも悔いの残らない結果にしようと、気合を入れようとしたそのとき、奥のほうでこの空気を揺れ動かすようなざわめきが起こった。
「おい、誰だ?」
「な、なんて格好をしているの……ッ」
「なんだよあの武器は!」
人混みの中から、それはもう美しい女戦士が現れたのだ。
エキゾチックな肉体を露出度の高い衣装で包んだ、紫がかった赤い瞳の女性、オルタリア・グレートヘェンだ。
凄惨な現場にも関わらず微笑みを絶やさずに近寄る様は、神聖な雰囲気を醸し出す。
だが、その神聖さを背負った巨大なハサミが否定していた。
彼女の美しさ以上に、その得物に誰もがゾッとして青ざめる。
オルタリアの登場に、両親のほうも唸り声を上げるだけでジリジリと間合いを測るのみとなっていた。
その身体から涌き出る闘気めいたオーラに気圧されているのだ。
「お取り込み中ごめんなさいね」
「……あ、アンタは」
「私のこと気にしてていいの? まぁいいわ、私はオルタリア・グレートヒェン。ピンチなんでしょう? 手伝って上げましょうか?」
「な、なに?」
「あとで聞きたいことがあるからそれに答えてくれたら、お姉さん頑張っちゃうわよ」
オルタリアは目を闘気で輝かせながらゲオルの両親と向き合う。
たったひとりで魔獣症候群に挑むつもりなのかと、ゲオルが息を飲んだ直後、彼女の背後から声が上がった。
「やめなさい! 武器の使用は禁じられている! それは魔獣症候群に対する敵対行動だ!」
村長だった。
騒ぎを聞き付け、顔面蒼白でオルタリアに訴える。
もしもここでゲオルの両親が死ぬようなことがあれば、村は終わりだ。
教皇庁の目が光っているこの地域で、勝手なことをされては困るといった感じに村長は必死になってオルタリアを説得していた。
その光景をみたゲオルは異様なまでに腹が立つ。
すでに怪我人は勿論、死人まで出ているのだ。
ゲオル自身の管理ミスが原因とはいえ、ここまで被害が甚大になっているにも関わらず、まるで犠牲になれと言われているようで彼は気が狂いそうになった。
だが、そんな彼の狂気をひっくり返すようにオルタリアが迫り来るゲオルの両親に対応する。
殴れば石壁すら打ち破りかねないその拳を、彼女は難なく掌で受け止めたのだ。
「えーっと、魔獣症候群は保護対象で絶対傷付けたり殺したりしちゃダメってやつだっけ? 悪いけど、それ守ったせいで2回くらい死んじゃったことあるから、もう絶対守らないって決めたの。運が悪かったと嘆きなさい。私に襲いかかってきたのなら、────ブッ殺す」
「な、なにを言って……コラよせぇえッ!!」
オルタリアの拳と回し蹴りがふたりに直撃する。
高速で吹っ飛ばされて砂埃を上げながら壁に激突するふたりを横目に、ゲオルは彼女の力に唖然とした。
自身の腕より細そうに見えながらも、その腕力と脚力は圧倒的に常人を越えている。
恐れはない、あるのはちょっとした憧れだ。
「……30人同時に相手にしたことあるけど、ふたりならまだ楽勝ね。これなら気絶程度で……ありゃ?」
オルタリアもゲオルも異変に気付く。
ゲオルの両親が立ち上がり、ボコボコとその肉体を波打たせ始めた。
そして一気に内側から爆発するような咆哮とともに、3mほどの異形の姿となって顕現する。
「あらあら、"第二形態"なんて珍しい」
「だ、第二形態だぁ!? おいなんだよどういうことだよ!!」
ゲオルは変わり果てた両親を見上げ、後退りをしながらも拳を構える。
オルタリアはまた新しい楽しみができたというような笑みを見せながら、巨大なハサミを構えた。
背後からは悲鳴と走り去っていく無数の足音が交差し、場が一気にガランとする。
残っているのは、ゲオルとオルタリア、そして化け物が2匹。
完全に戦場となった村に、恐怖と緊張がほとばしる。
だがゲオルは眼光にかつて喧嘩に明け暮れていたころの闘志を宿して、自身に気合を入れる。
それを読み取ったオルタリアは彼を横目に、戦闘を始める気でいた。
「説明はあとで。ボーヤ、名前は?」
「……ゲオルだ」
「そ、じゃあゲオル。ちょっとどいてなさい。もうこうなったら、確実に息の根を止めるしかないわ。一般人のアンタがいても足手まといよ。それとも親殺しがしたいのかしら?」
親殺しと聞いてゲオルの身体は震え、瞳は二、三度左右に動く。
しかし呼吸を整え、拳をしっかりと握りしめる。
両親がこうなってしまった以上、もう後戻りはできないのは目に見えていた。
まるで勇者伝説に出てきた『魔物』のように変化してしまった両親とついに相対する。
「後悔しないでね。あとで私を責めるとかもなしよ」
「あぁしねぇ。……もう、覚悟は決めた!」
ゲオルの決死の覚悟を受け取ったのか、オルタリアは彼が戦闘に加わることを許可した。
おどろおどろしい咆哮を上げる目の前の分厚い壁に、ゲオルは一直線に向かって行った。