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ここが私の運命の分岐点だったのかもしれない

 オルタリアの仕事はなにも傭兵でだけではない。

 殺し屋、ボディーガード、果ては運び屋など、自分の持てるすべてを駆使して世界を駆け回っている。


 請け負う仕事のほとんどが通常の仕事人が味わうそれを越えた危険性を孕む難易度ばかりであり、曰く「スリルがあって丁度いい」とのこと。


 大抵は行きつけのとある酒場に設けられてある『マドグチ』と言われるところからの紹介だ。

 たまに城からの正式な募集や依頼主が使いを寄越して依頼されることもある。


 ある日オルタリアはそんな行きつけの酒場へと赴いた。

 先日の城攻めからまだ間もないが、あの獣法オーム使いとの戦闘もあって、もっと楽しみたいと思ったのか、それまでぼんやりと考えていたバカンスの計画を中止し仕事を探しに来たのだ。


「ようオルタリア。いつものかい?」


「うんおねが~い」


 酒と木の薫りが漂う。

 カウンターに座ると、彼女は決まって一杯口に含むのだ。


「またマドグチへ行くのか? 前言ってたバカンスはどうしたよ。あれだろ、海の見えるリゾート地で少しのんびりするって」


「あぁ、あれやめたの。ヤバい仕事に首突っ込んでるほうがずっと楽しめそうだから」


「相変わらず変わってるなお前、……あいよ」


 酒場のマスターが差し出した酒を一息に飲み干すと、代金を投げ渡しながらマドグチのほうへと進む。


 酒場の奥の隅にある鉄のドア。

 まるで尋問部屋のような雰囲気を入る前から醸し出しているのが、マドグチへの入り口だ。


 この部屋の中で紹介される仕事の大半は、高額且つ高難易度のものばかり。


 その分死の危険性は非常に高い。

 如何に不死の能力を持っているとしても、仕事の過程の中で死ぬ羽目になったことはこれまでに何度もある。


 死なないからと言って、それが必ずしも仕事の成功に結び付くわけではない。

 このマドグチから紹介される仕事はそれを体現するかのような悍ましさを孕んでいるのだ。

 

 そんな中、オルタリアは口笛を吹きながら重いドアを軽やかに開いた。


「……また来やがったのか死にたがり女め」


「死にたがりなんて人聞きの悪いわ。私はアブない仕事をしたいだけ。その過程で何度も死んでるだけよ」


「それが異常だってんだよ変態め」


 簡素な部屋の奥には執務机に足を乗っけてだらしなく座る神父がひとり。


 スキンヘッドで筋骨隆々の体躯からは、到底聖職者とは思えないほどの威圧感があり、辺り一面には酒瓶が散らばっている。


 この部屋の続きでもうひとつの部屋からはなにやら断末魔がかすかに響いてきた。

 それだけでもかなり怪しいが、酒とむさ苦しい臭いが充満する中でもオルタリアは顔色ひとつ変えず、彼の執務机に色っぽく座る。


「ねぇなにかイイ仕事なぁい?」


「……あるっちゃあるが、依頼人がなぁ」


「依頼人? ……もしかして」


 マドグチの神父は隣の部屋に合図するように口笛を鳴らす。

 するとふたりの巨漢に連れられた、青い衣で瘦躯そうくの青年が前に出された。


 拷問を受けたのか傷だらけの上半身を晒しているが、酔っ払っているのかヘラヘラと笑っているのが不気味だ。

 そしてオルタリアはこの青年を知っている。


「あ~ら、アンゲルスおっひさ~」


「あぁ、オルタリア……今日も綺麗だねウへへ」


「ありがとね。で、今度はなにやらかしたの?」


 この人物は元騎士であったが、色々あって今では盗賊に身をやつしている。

 それでいて情報屋でもあり、オルタリアだけでなく、様々な人脈に情報を売り歩いているのだが。


「この野郎……、またガセネタ売り付けてきやがったんだ」


「ガセネタとは手厳しいな……。これでも信憑性の高いの仕入れてきたんだぜ?」


「やっかましい!! こないだテメェが仕入れた情報はなんだった!! え!? 天空の城だと? ふざけるな! 今どきガキでもつかねぇ嘘を平然と垂らしやがって!!」


「あ、あれは……その……」


「えぇいもういい! 今度ガセネタ仕入れてきやがったらこんなもんじゃ済まねぇぞわかったな!! 失せろ!!」


 そう言ってマドグチの神父が机の上にある飲みかけの酒を手に取ろうとしたときだった。

 オルタリアが素早く酒を横取りしそれをラッパ飲みしながら机を降りる。


 そしてアンゲルスに近付いてしゃがみ込むと、にこやかな表情で彼の顔を覗き込むように。


「ねぇアンゲルス。もしかして依頼出したのってアンタ?」


「え、あ、あぁそうだけど? まぁでも見ての通りさ。別の仕事受けなよ」


「まぁいいじゃない。聞くだけ聞くだけ。────で、なに依頼したの?」


「おいおいオルタリアやめとけ。バカが移るぞ」


 神父が溜め息を漏らす中、オルタリアはジッとアンゲルスと目を合わす。


「あ~、言わせてもらうとね。『勇者伝説』なんだ」


 勇者伝説。

 それはかつてこの世界を魔物と魔王から救った勇者とその仲間たちの物語だ。

 実在の人物としてこの世に名を残し、現在でも語り伝えられている。


 だが、そのワードが出た瞬間、ふたりの巨漢が噴き出すように笑った。

 アンゲルスは咳払いをしてオルタリアにまるで子供のように語り掛けた。


「勇者伝説に出てくる幻の宝、『聖盃』だよ。神々の王の娘であり勇者の母でもある『聖母』が持っていたとされている。そう、聖遺物だ! それがある場所がわかったんだ! どうだいオルタリア、受けてみないか? もし聖盃を見つけたなら、僕は君にそれを捧げよう」


「いいわよ」


「そうこなくっちゃ!」


「待て待て色々待て待て待て! なぁにふたつ返事でオーケーしてんだよバカ! 聖盃の噂なんざそこら中にあるだろうが! ゼロだよ信憑性なんざ!」


 神父の言葉は至極真っ当である。

 古今東西、聖遺物を含むあらゆる宝の情報にはガセネタが多く、骨折り損のくたびれ儲けに終わることが多々あるのだ。


 特に聖盃だが、これに関する情報が実はあまりにも少なかったりする。

 伝説の記述された書物はいくつか世界中にあるが、聖盃の名とその効果は記載されていても、実際に使われた記録はまったくない。


 むしろ本当にそんなものが存在したかどうかすら不明なのだ。

 ただ聖母が持っていたという記録しかない。


 ゆえに世界中に飛び交う偽の情報、デマの奔流。


 このことからアンゲルスの情報を裏付ける証拠は恐らく一切ないだろう。

 だがオルタリアは快く引き受けてしまった。


「面白そうじゃない。『うしなったものを甦らせる至高の聖遺物』ってね。俄然興味湧いてきたわ」


「お前なぁ……」


 そしてオルタリアはアンゲルスから場所を聞き出した。

 依頼受注、マドグチの依頼にしては珍しい宝探しではあるが、報酬は望めないに等しい。


 そんな馬鹿げた依頼をオルタリアは面白そうだとか、スリルだとかいう理由で簡単に受ける。

 

「どうせなにもなかったで終わりさ。それよりバカンスに金使えよ。そっちのほうが有意義だぜ」


「トレジャーハンター・オルタリア……どう? カッコよくない?」


「……ホント、いつも全力で楽しんでるって感じだなお前は。こんな腐れた時代に珍しいもんだぜ」


 神父はオルタリアから飲みかけの酒を受け取り、ヤケ染みたラッパ飲みをする。

 過酷な仕事の中でも明るく美しくあり続ける彼女に、神父は勿論この酒場にいる誰もが敬意を評していた。


 そしてオルタリアはいつもこう答えるのだ。


「当たり前じゃない。私は今が大好きよ。刺激たっぷりだし、それにアンタたちと美味しいお酒飲めるしね」


「……ふん」


 いつもどんな日も人生最高の日と言わんばかりの笑顔に、神父はなにも言えなくなる。

 アンゲルスから目的地を聞き出したオルタリアは軽やかな足取りで仕事へ向かった。


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